2010/09/14

ご機嫌取り型、それともブルドーザー型?~紛争への対応

Handling Conflict with Women in Ministry
a People-Pleaser or a Bulldozer?
 Sue Edwards & Kelley Mathews
                                
 私(Sue)は30年間女性へのカウンセリングを行ってきました。その中で、宣教にかかわる女性のほとんどが「ご機嫌取り型」だということがわかりました。

 対立があってもブルドーザーのように突き進み、他者に傷を与えたということに無頓着な方も中に
はいます。けれどもそれ以外の人は、何としても他者の支持を得たいと懸命になっています。
 しかしどちらのタイプも、争いや対立が起きるととても傷つきやすいのです。

グレースとアンジェラのケース
 グレースは法律事務所を経営していました。仕事は順調でしたが、彼女の脳には良性腫瘍があり、手術が必要な状態でした。事務所にはアンジェラという女性が6年間働いていましたが、まじめに仕事をしませんでした。グレースは何度かアンジェラと話し合いを持ち、何とか彼女が真面目に働くように手を尽くしましたが、結局アンジェラは退職してしまいました。

 1年後、グレースはアンジェラからメールをもらいました。そこには、「私もあなたと同じです。今ちょうど病院に行きましたが、脳に腫瘍があると言われました。どうぞ祈ってください」とありました。
 グレースは「祈ります。何か私にできることはありますか」と返信しました。アンジェラが手術室に運ばれる時、グレースはアンジェラのそばに付き添ってあげました。また、術後も彼女を応援しました。
 退院したアンジェラはグレースの事務所を訪ねました。そして1時間もたたないうちに、彼女はキリストを受け入れる祈りをし、グレースを抱きしめ、今までの許しを請うたのです。神はグレースの愛を用いてアンジェラが信仰を持つようにされました。

 グレースはご機嫌取り型でもブルドーザー型でもありません。私たちにとって見習いたい「平和をつくる者」です。グレースはキリストと共に歩んでおり、何よりも自分自身をよく知っていました。

自分自身を知る
 「平和をつくる者」となるためには、情緒面での健康がまず大切です。私たちは誰でも、問題や罪を持っています。肉の親や配偶者や友人から完全な愛を受けるのは不可能なので傷つきます。では、いったい自分自身の欠けにはどう対処してきたでしょうか?まだ未熟だから、と言い訳をしてきたでしょうか?それとも、情緒面で健康を保つために何らかの努力をしてきたでしょうか。情緒面で健康でなければ、対立が起こって個人攻撃を受けたり争いにまきこまれたりした時、よい対応をすることはできないのです。

アイデンティティの問題
 対立が起こったとき、相手は私たちが神経質すぎるとか、傲慢だとか、せっかちすぎるとか言って批判します。あるいは私たちが失敗をしたがゆえに対立が起こってしまうこともあります。非難されると、たとえ私たちの基盤はキリストにあると頭ではわかっていても、自分のことがわからなくなってしまうことがありえます。

 ハーバード・ネゴシエーション・プロジェクト(Harvard Negotiation Project)の研究によれば、紛争の際には3つのアイデンティティに関する問いが人の頭に浮かぶということです。すなわち、①私は適任なのか。②私はよい人なのか。③私には愛される価値があるのか。という3つの問いです。もし自分のアイデンティティが脅かされるなら、紛争の中で適切な対応ができなくなってしまいます。

 また同研究では、私たちが「0か1か思考(all-or-nothing thinking)」に陥ってしまう可能性も指摘しています。ですから、3つの問いへの答えは①「全く適任である」か「全く不適任である」、②「かなりよい人である」か「全くだめな人である」、③「愛される価値がある」か「全く無価値である」、となってしまうのです。でも情緒的に健康ならば、イエス様に基盤を置いた上で、アイデンティティの問題に過敏になっていることをも理解できるのです。

 キリストに根ざした健全なセルフイメージを持つことに加え、情緒面での健康を保つにはプライドから身を守ることも必要です。プライドは罪であり、他者と対立した時に傷つく要因となってしまうからです。

隠れた罪、プライド
 「あの人は高慢だ」という時、どこで判断しますか?高慢な人は自慢ばかりするので、自分の評判を落とすでしょう。自分が勝っているとか、世界が自分の周りを回っていると思っているからです。高慢である場合はすぐにわかるのです。

 けれども、プライドもまた、自分で気づかないうちに生じ、私たちの心の姿勢に影響するのです。クリスチャンのリーダーたちが直面するのはこの種のものです。プライドは様々な形で現れます。自分のやり方を押し通す、自分が神の働きになくてはならない存在だと思い込む、違いがあるのはいけないことだと考える、などです。自分だけが他の人の間違いを正すことができると思うのもプライドです。高慢な人は賞賛を求めますが、それを受けることはめったにありません。プライドとは、神様に頼っていないのに、そのことを表面的にはうまく隠している私たち自身の姿なのです。

 もしイエス様によりよく仕えたいと思うなら、最優先すべきは情緒面での健康を保つのに力を注ぐことです。情緒面の健康を保つために必要なことなら何でも、徹底的にしてみてください。プライドから派生する2つの不健全な性質は、対立や争いの解決を妨げてしまいます。その性質とは、人の機嫌を取ることとブルドーザーのように痛めつけることです。

ご機嫌取り型

 ご機嫌取り型の人々は間違った考えや感じ方、そして行動にとらわれています。ですから「平和をつくる者」としては不十分なのです。ご機嫌取りの人というのは、自分が受け入れられることだけを求めています。ですから、どんな犠牲を払ってでも周りにいる人すべてによい気持ちでいてほしがるのです。

 人々を喜ばせることが間違っているのでしょうか?いいえ、聖書では他の人の必要に応え、あわれみ深く親切であるようにと教えられています。人々に対して、礼儀正しく誠実に、時には勇気を持って接するなら、組織としてはよい働きができます。けれども、他者の顔色をうかがうことには否定的な側面もあります。一見神様の栄光を表すことに心を注いでいるように見えますが、実は自分の関心のあること、人からよく思われること、自分がよい気持ちになることがより高い目標になっているのです。

 ルー・プリオロは、ご機嫌取りは2つの点で「偶像礼拝」だと述べています。一つは神をないがしろにしている点で、そしてもう一つは安っぽい他のことをの位置に置いている点でだといいます。もし私たちが神様より賞賛を求めているなら、あるいはもし神を悲しませることより人からの拒絶を恐れているなら、それはご機嫌取り型だといえます。多くのクリスチャン女性たちは無意識のうちにこの巧妙なプライドのわなにはまってしまっています。

特徴と影響
 ご機嫌取り型の人たちの特徴は次のようなものです。

  • 完ぺき主義である。
 もし私たちが完璧であり仕事も完璧にこなすなら、皆から好かれ、批判する人は誰もいない・・・本当でしょうか?問題は、人間には限界があるということです。自分や他人の現実の姿を受け入れ、完ぺき主義を捨てない限り、宣教の働きをまっとうすることは困難でしょう。
 完ぺき主義の欠点は、自分や周囲の人を不当に高い基準で評価し、満足できなくなることです。完ぺき主義者は他の人に任せることができません。そして細部に目をとらわれて重要なことを忘れてしまいます。これはリーダーシップにおいて致命的なことです。
  • 「ノー」と言えない。
 クリスチャン女性たちは際限なく仕え、それでも十分なことをしたと思えないということがよく知られています。私たちは仕えるように教えられていますが、人々の評価や賞賛を得ることが目的になってしまうとよくありません。もしそれが第一の動機になってしまうと、容易に操作され、虐げられ、ストレスを感じてしまいます。

 私の最近の燃え尽きはひそかにやってきました。ちょうどなべの中に入れられたカエルのように。というのも、カエルは水をはったなべの中に入れられると、そこから飛び出そうとはしません。なべを火にかけ、徐々に水温が上がっていっても、逃げ出そうとしないのです。そしてとうとう、自分でも知らないうちに、熱い湯の中で死んでしまいます。
 私は2つの「非常勤の」立場についていました。一つは神学校で、もう一つは地域教会ででした。初めのうちはうまくいっていました。私はその働きが好きでした。けれども何年かたち、それぞれの働きが大きくなってくると、仕事の量が増えてきました。さらに執筆と学位取得のための研究が重なったとき、私はほとんど沈没しかかった船のようでした。  
 窮地に陥っていると気づくまでは、ストレスは増大し続けます。そして窮地に立たされている時というのは、争いに直面すると極めて傷つきやすいのです。私は「ノー」と言うために苦しい思いをしました。
 ストレスは争いの際に恐ろしい影響をもたらします。ストレスのため、実際に身体を悪くしたり死を招いたりすることもあるのです。どうかあなたもストレスをよく見張ってください。
  • 正直でない。
 ご機嫌取りの人たちは不正直です。道徳的にではなく、社会的に不正直なのです。もし人を喜ばせることにばかり気をつかっていたら、自分が何を考えているか正直に打ち明けることはできないでしょう。自分が拒絶されるのがこわいので、自滅の道をたどろうとしている人々に助けの手をさしのべることができません。「平和をつくる者」には誠実であることが必要です。
  • 防御的で、過敏である。
 私自身の生来の傾向はご機嫌取り型です。長年の間、批判されると過敏になり、なんとか防御しようとしてきました。幸い夫は私を無条件で愛してくれました。彼のおかげでイエス様に信頼し、自分自身を受け入れ、人のご機嫌を取る習性をやめることができました。ご機嫌取り型の人は思いと感情をコントロールし、建設的な解決を受け入れなければなりません。過敏で防御的な人は、「平和をつくる」過程を始めもせずに怠けているといえるでしょう。
  • たやすく操作され、利用される。
 もしあなたがご機嫌取り型だということを強い人に悟られたら、気をつけてください。そういう人はあなたが傷つきやすいということを知っているようです。リーダーは他者を励ましますが、それは権威ある立場ゆえにそうするのであって、弱さからそうするのではありません。対立相手の女性はまるでサメのようです。恐れのにおいを嗅ぎ取ると、かみつきます。もし会議のアジェンダがあるなら、あなたを操作できるかどうか試してきます。もしあなたが間違った思いで人を喜ばせようとするなら、彼女たちはそれに気づき、あなたへの尊敬を失うでしょう。

ご機嫌取り型の人と争い
 ほとんどのご機嫌取り型の人は、争いを避けようとします。そういう人にとっては、意見の不一致や違いを生じる全ての争いや対立はよくないものだと思われるのです。
 新婚当時、私は何とかして完ぺきなクリスチャンの妻になろうとしました。しかし苛立ちや無神経に思える行動をその都度押し殺していると、夫が私の我慢の限度を超える言動を少しでもすると、私は爆発して何ヶ月も押し込めてきたものを吐き出してしまいました。
 聖書を学び、賢明な女性のメンタリングを受けるに従って、私は自分の不満や苛立ちを小出しに、また適切に表現することを学びました。これは結婚生活でも宣教の働きでも大変役立っています。

ご機嫌取り型の人への処方箋
 これは単純なことです。ただ一人のお方のためだけに動けばよいのです。Carly Fiopは次のように書いています。「人間でなく神様を喜ばせることを学ぶのが、人の顔色を伺うという問題に対する最善の治療薬だ・・・何よりも人間を喜ばせたいという思いは、何よりも神様を喜ばせたいという思いとすりかえられてしまう・・・人の評価を愛することは神様からの評価をないがしろにすることだ。」
 神様を喜ばせることを第一にするなら、実際にはその時より多くの人を喜ばせることになるのです。あなたの内面の強さと神にある真実な歩みを見て、人々はあなたを尊敬することでしょう。

ブルドーザー型
 ご機嫌取り型の対極にあるのがブルドーザー型です。このタイプの人はタフですが、時に強靭すぎるのです。ある人が集会のための祈りが足りないとか、ポテトサラダの味がよくないとか、バスの運転手が礼儀知らずだとか不平を言うと、このタイプの人は「いい加減にしろ!」と反応します。

ブルドーザー型の落とし穴
 ブルドーザー型の人は争いがあっても無視しようとします。そんなものに時間やエネルギーをつぎ込む価値はないと考えるからです。ブルドーザー型は、お人よしだけれど大きな問題を起こす人の格好の餌食です。主のための大切な仕事を中断しいかにもささいな問題を扱うのは、確かに腹立たしいものです。でもそれをしないと、争いはおそらくもっと大きくなって、やがて後悔することでしょう。

「ベルベットに包まれたレンガ」
 ジョン・マクスウェルは最も優れたリーダーのことを「ベルベットに包まれたレンガのようだ」と言います。ご機嫌取り型でもブルドーザー型でもなく、内面は強いけれども人あたりは柔らかい人のことです。
 「ベルベットに包まれたレンガ」型のリーダーは、不健康な状態を解決するための争いや対立を恐れません。積極的に問題を挙げ、「平和を維持する」のではなく「平和をつくり出す」のです。同時に、そうしたリーダーは他者の考えにも耳を傾けます。賢明なリーダーは自信を持ってはいますが、自分にも間違いがありうることを知っており、意見の異なる人の話もよく聞くのです。
 これこそ女性が模範にしたい姿です!ご機嫌取り型やブルドーザー型のあり方をやめ、「ベルベットに包まれたレンガ」型を目指しましょう。

実践、実践、また実践
 あなたはご機嫌取り型ですか、それともブルドーザー型ですか?もしどちらかのタイプにあてはまったら、その傾向をやめて新たな考え方と行動様式を学ぶ必要があります。争いや対立が起きた時だけではなく、日々そうするのです。家族、友人、同僚との日々の関係で「平和をつくる者」となるのです。

 徐々にその技術を身につけてください。呼び止められて厳しい批判の言葉を受けるまで待っていてはいけません。カッとなると理性がどこかに行ってしまい、不適切な対応をしてしまいます。賢明な女性、影響力のあるリーダーは「平和をつくる」技術と、相手への適切な対応を日々の人間関係の中で実践しています。それゆえ穏やかで「平和を作り出す」対応が自然にできるようになっていくのです。
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「傷ついた女性たち~効果的なミニストリーのために~(Women Who Wound: Strategies for an Effective Ministry)」(Moody Publishers)からの抜粋。

Copyright 2009 Sue Edwards & Kelley Mathews. Translated from Just Between Us, 777 S. Barker Road, Brookfield, WI 53045.

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