2010/09/14

人生におけるレッスン 

    ジル・ブリスコー        




 近頃、私は講演の依頼を受けました。「人生におけるレッスン」というテーマです。もし人生をやり直せるなら違ったやり方をしただろうと思うようなこと、あるいは「長い」人生での後悔やそういった類のことについて話すように頼まれたのは、これが初めてではありませんでした。人々にとっては、普遍のテーマといえるのでしょう。



 私は紅茶を入れ(英国人は大変なことに直面したときこうします)、ロッキングチェアーに座り、私の71年間の人生を振り返って「何か話す素材があるだろうか」と思いをめぐらせました。

 そしてあまり重要でないものは省き、上位5つの事柄にしぼってみました。あなたにも分かち合わせてください!



自己の価値 
~どれだけ年をとっても、神の目には若いときと変わらず価値がある。



 年を重ねると、自分の年齢を認めたくなくなってきます。周りの人がどう思おうと、自分では決して年をとったとは思いません!

少し前のことを思い出します。駐車場が凍っていて転倒してしまったとき、一人の若者が携帯電話で救急車を呼んでくれました。彼はこう言ったのです。「お年寄りが駐車場で転びました!」私は「あら、驚いたわ。私と同時に、だれかほかの人も転んだのね」と思ったのです!

 でも、それでもよいと思うようになってきました。なぜなら、私は今もまだ夢を持っているからです。神様のために登りたい山、渡りたい増水中の川があるからです。80歳になってなお若かったカレブのように、私は「この山を征服させてください」とチャレンジを求めています。

 どういうことがおわかりですか?年齢は関係ありません。私達が神様から与えられた賜物は老いることがありません。主への思いはいつまでも若いままでいることができるのです。そして、私が熱心に愛する神様を、世界の失われた人々が少しでも愛してほしい、という壮大な熱い願いのゆえに、喜びをもって、私は肉体的な衰えを忘れ、ますます高いレベルへと駆り立てられるのです。

神は、人生の終わりまで、私を神の国のために用いることができる価値ある者と見ていてくださいます。



礼拝
~私にできる最善のことは、他の人が私の生き方を見て神を知りたいと思うようになるほど、自分自身が神様を知ることです。



 個人的な礼拝によって、個人的な変化が起こります。私は毎日、「私は神の王座の前にいるだろうか?天使の歌声を聴いただろうか?『悲しんでいます』と言っただろうか」と自問します。「心を探る」のを実践すると、「私は素晴らしいのだ」とは言わなくてよくなります。神様は「自分のことを実際よりえらいと思う」者を用いることができません。・・・これが人生におけるレッスンです。

 「いつまでも祈っていたい」と思ったのはいつのことだっただろうか、と時々恥ずかしくなることがあります。あなたは祈りながらも、時計の針を気にしてはいませんか?私達は意識的に神を求めることが必要です。「私はどこで養われているのだろうか。心をどこに向けているだろうか」と私はいつも自問しています。

 私の人生はいつも神との霊的な親しさから始まります。実際、人生の成功は神との霊的な親しさにかかっているのです。



空き時間  
~「私の」時間というものは存在しない。



 宣教にかかわっているなら、決まった営業時間はありません。オズワルド・チェンバーズは「あなたはあなた自身のものではありません。神は聖徒たちの個人的な生活を分割し、一方の道をこの世のため、他方を神ご自身のためとします。」と言っています。

 それは旅なのです。神様は、世の人々を送り、私たちの家や家族に試練を与えられますが、それはなによりもまず祝福なのです。

 イエス様は何度も「来て少し休みなさい」と言われました。そうすることで、養われ、教えられ、癒され、助けられる必要のある5000人の人にようやく対応できるのです。

 私達はイエス様のおっしゃった通りに努力して休もうとしますが、「養ってください、教えてください、癒してください、助けてください」と要求する5000人の人々に出会うのです。

 主が「彼らをそのまま返してはいけません。あなたが何か食べるものを与えなさい」とはっきりとおっしゃったのを聞きました。私達は自分のわずかなパンと魚を持って従うことに葛藤を覚えます。そしていやいやながらしぶしぶ従うことと、寛大さに欠けることを恥じるのです。

 自分の計画を手放し、神に私達の人生の予定を明け渡すなら、驚くべき冒険の連続になることでしょう。でも心の中にはいつも「感謝」があります。そしてそれより大きな報いはありえないのです。



従順
~神への願いについて無条件になる。



 神への従順は無条件でなければなりません。エレミヤ書の言葉が浮かびます。「わたしがあなたを遣わすどんな所へでも行き、わたしがあなたに命じるすべてのことを語れ」(エレミヤ1:7)。こう言われて、私にそれができるなら「はい」と答えます。「もし報酬があるなら」とか、「もし自分の本やCDを売ってもよいなら」とか、「もし家ではなくホテルに滞在できるなら」とか、「もし語るだけでよく、それ以後の人々の必要は気にしないでよいなら」などと言ってはならないのです。「もし」や「でも」と言うべきではありません。

 私達が無意識に人々に印象を与えていくことは、彼らに仕えることと同じだといえるでしょう。私が無意識に人々に印象を与えていくのは、人々に仕えることに自分の生涯を捧げることと同じです。

 そしてキリストは「私がこれらの人々の一人にしたのは、神に対してしたのと同じなのです」と言われました。聖書に書かれているように、私がこれらの人々の一人にしていることは、主にしていることと同じです。

 キリストの香りを放つ人の香りは、少なくとも周りに神の臨在を広める人には感じることができます。キリストの臨在の香りを広めている人は、自分がキリストの香りを放っていることを全く意識せずに行っています。

 私は「神様が私という人間を知ってくださっていることだけで満足すべきである」と学びました。ほかの人がどうあろうと関係ないのです!私が行っていることは、周りの人々が気づいているかどうかに関係なく、ただ主が知っていてくださることに喜びを持つことだと学びました。

 自分が香りを放つか、クリスチャンらしいか、効果的に話したか、CDがたくさん売れたか、人々を笑わせたり泣かしたりしたか、などを気にする必要はありません。聖霊の力によって語るべきことを語ったか、聖霊の力だけによりたのんだか、それのみです。

 大切なことは、主が私に語ってほしいことを聖霊の力によって語ったかどうかであり、また自分が主の邪魔になっていないかということです。

 人々からどう思われたか、人々の心に届いたか、などは関係ないことです。神様からどう思われるかだけが重要なのです。人々が私をどのように感じ受け止めたかは、全く考えなくてよいのです。 ただ神様のためだけに生きるのです。



満たし
~主の満たしは不足することがない。



 富や健康、愛、友人、教会、希望はなくなることがあるかもしれませんが、神様が足りなくなることは決してありません。

 このことについての本を出版して、流し出せば神様が満たしてくださること、決して主の満たしは不足することがないことを改めて思いました。

「小さな油壺(A Little Pot of Oil)」という題の本を出版したことがありますが、自分を注ぎ出せば、主が注ぎ込んでくださり、私達は決して神に不足することがないことをもう一度思い出しました。 神様は聖霊というご人格の中に必要なものをすべて備えておられます。

 いつまでも尽きることなく燃え続ける秘訣は、正しい火を燃やすことです。自分の努力や野心の火によるのではなく、聖霊による火です。

 私は毎日、自分が聖霊を抑え、拒み、悲しませていないか、聖霊に身を任せ、聖霊ご自身の働きによって心を新しく生かしリフレッシュしているか、自分に問うようにしています。 聖霊に満たされ、神の支配のもとにあるなら、私は燃え続けられます。



 これらは私が人生で学んだいくつかのレッスンです。1年たってもう一度問われれば、間違いなく今より深く学び、尋ねる人にもそうでない人にも、より多くを分かち合うことができるでしょう。

さあ、あなたが人生で学んだレッスンは何ですか。そのことを、時間をとって主に尋ねてみてください。



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ジル・ブリスコー(Jill Briscoe):
 講演、執筆による宣教で世界的に活躍している。著書は40冊以上あり、その中には聖書研究の手引き、デボーションガイド、詩集、子ども向きの本もある。Just Between Us のエグゼクティブ・エディター。ワールド・リリーフ(World Relief)およびクリスチャニティー・トゥディ誌(Christianity Today)の理事も務める。


 イギリス・リヴァプール生まれ、18歳でクリスチャンになって以来、若者への宣教に従事。1958年にスチュアート(Stuart)と結婚、以後夫婦で国を越えてクリスチャンの集会やセミナーで奉仕する。アメリカに渡りウィスコンシン州ミルウォーキー郊外のエルムブルック・チャーチ(Elmbrook Church)でスチュアートは30年にわたり主任牧師として働く。現在、スチュアートとジルは同教会の大衆伝道者として仕えている。3人の子どもと13人の孫がいる。







Copyright 2007 Jill Briscoe. Translated from Just Between Us, 777 S. Barker Road, Brookfield, WI 53045.

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