2012/08/28

落ち込んだ時、神に聞く

        ジル・ブリスコー

何カ月もの間、ずっとプレッシャーにさらされたことがありますか?
私たちは、重大な霊的問題や人生の危機にそれほどしばしば直面するわけではありません。
けれどもそれは同時に、自分がどうして落ち込んでいるのか、原因に私たちが気づいていないともいえるのです。

少しの間、今あなたが生活のどういう分野で葛藤を覚えているか考えてみてください。
項目を挙げて、イエス様と一緒にながめてみてください。
不定愁訴、信仰から離れている子供のこと、困難な結婚生活などに直面しているところかもしれませんね。あるいは仕事が見つからなかったり、慈善寄付を無理に頼まれていたりするかもしれません。

私たち夫婦は主に仕えてきましたが、夫は奉仕で留守がちでした。
それでも、日常の仕事は全て普段どおりにこなさなければなりませんでした。
私たちの定期収入は生活していくのに不十分だったので、よく他の人からの献金や寄付に頼らなければならないことがありました。
私は自分がどれほど葛藤を感じているかを自覚していませんでした。

ある日私は青年伝道のためにピアノの献品を募りました。
電話が鳴りました。面識のある、非常に裕福な女性からでした。

「ジル、ピアノが必要だという広告を見ましたよ。」
私はわくわくして、ピアノがもらえる!と思いました。

ところが、その女性は続けて、
「うちでは最近新品のスタインウェイピアノを買いましたの。ですから、これまで使っていた古いピアノをそちらにどうかと思いまして」と言ったのです。
長年使った、古い安物のピアノをくれるというのです。
私はすかさず、「いいえ、結構です」と答えました。
「あなたのその新品ならください!」

沈黙の後、冷たくそっけない返事で電話は切れました。
受話器を握りしめながら、私は何ということをしたのかと思いました。
当然、どちらのピアノも手に入りませんでした。

思い返すと、当時のストレスと人々に頼らなければならないという状況が私にそうした反応をさせたのだと思います。
限界に達するところで、私は燃え尽き寸前だったのです。

日々のストレスの中で肉体的にも霊的にも落ち込んだ時、どのようにして霊性を維持することができるのでしょうか。


睡眠をとる。

時には、質の良い睡眠をとることさえできれば落ち込みが解決することがあります。
休息し、疲れを回復させる時間を持つ必要があります。

リラックスすることは私にとって仕事と同じです。時には文字通りカレンダーに
「木曜4:30、楽しいことをする」
と書いておかなければならないほどです。


神に聞く時を持つ。

私たちは神様の声に耳を傾けなければなりません。
神様の細い御声を聞くことのできる場所に身を置く必要があります。
私たちには独りになれる場所が必要なのです。
あなたにはそのような場所がありますか?

もし物理的に独りになることが難しければ、心の中でそうした場所へ行ってください。
騒音や人の喧騒から離れた場所です。
苦しい状況にああっても、私たちは神に聞くことを学ばなければなりません。


”日々の試練の中でも、いつも私に必要な日々の恵みがある
疲れの中で神様がかぐわしい方法で養ってくださる
緑の牧場と聖霊の流れの川で

日々の試練の中で、自分には関係のない祝福を運んでいると感じる
面白くない働きに疲れ、奴隷のように感じる

もし目をあげて神のくださる杯を飲めば、
神の与えたこれらのことがどれほどいやで辛くても
神は私の態度を変える力を持っておられる

その時私はこの困難こそ神からの贈り物だとわかる
もしこれほど低くされなかったら、どうして今より高くなることができようか”



イエス様を思う。

主イエスは私たちのリビングと同じくらいか、それより狭い家に滞在されました。
だから荒野や丘や美しい園に定期的に出て行かれました。多くの場合群衆に囲まれていたのでどこかに「退かれる」しか選択肢がありませんでした。

 私たちが覚えておくべき一つのことは、私たちは人々に仕えているのでも、会社や組織に仕えているのでもないということです。すなわち、私たちは神様に仕えているのです。
このことを忘れずにいるなら、神様は私たちに力を与えてくださり、日々のトラブルや葛藤をご自身の栄光のために用いてくださるのです。




  
JBU2012秋号より
Copyright 2012 A Note from Jill Briscoe. Translated from Just Between Us, 777 S. Barker Road, Brookfield, WI 53045

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