2011/03/09

整理の行き届いた暮らし Uncluttered Life

  ~ごちゃごちゃの日々から解放されるには

クリスティーヌ・フーヴァー
 我が家のキッチンには、小さな机があります。息子たちの通学かばんからは図工の作品、証明書、図書館で借りた本、遠足のプリント・・・等々が出てきて、机の上に積まれます。
 夕方、夫が帰ってくると、仕事関係の書類がその上に加わります。けれども、実は、机に積まれているもののほとんどは私のものです。雑誌から切り抜いたレシピ、請求書、図書館から借りたままの本、・・・そして紙の切れ端に書いたTo-doリストやメモはその中で行方不明になっています。ちょうど、私の生活のすべてがその机の上に置かれているようです。私はどちらかといえば整理好きな方ですが、その机を片づけるのはどうも苦手です。


 ある時、その机は私の人生の縮図なのだと気付きました。大切なメモやTo-doリストが目立つようにきちんと整理しようとするのですが、なかなか片付かないのです。


整理された暮らし

 私たち女性は忙しいスケジュールで過ごしています。時間がいくらあっても足りず、周囲からの要求はきりがありません。毎日走りまわってあれこれと用事をこなすのはたやすいのですが、一体自分がどこを走っているのか、そもそもなぜ走っているのかを忘れてしまいます。キッチンの机のように、私たちの暮らしも散らかって手がつけられなくなり、燃え尽きたり宣教に疲れ果てたりしてしまいます。神様が与えた優先順位を知り、それを維持するためには、いつも「整理された」暮らしが必要です。


「整理できない人々」から学ぶこと

 「整理できない人々」の様子を聞くと、我が家の部屋の片隅や吹き溜まりをぜひとも掃除したいという思いになります。物理的にも感情的にも、がらくたでいっぱいの家族は、優先順位を見極めることができません。自分たちにとって何が重要かを判断できなくなっているのです。彼らは専門家に依頼して家を片付けてもらいますが、その手順から私たちも「主の働きにおいて『整理できない人』」にならないために学ぶことができます。


1.何を持つべきか

 スケジュールがいっぱいになり過ぎると、自分が何者であり、神様が特に何に召してくださったのかを見失ってしまいがちです。焦点を絞らずより多くのことにかかわれば、自分がより重要な人物となり、より大きな影響力を持ち、主のために大きな働きができると思い込んでしまうのです。けれども、それでは忙しすぎて神様の御声を聴けず、何をしてもうまくいかない「栄光ある『整理できない人』」になってしまいます。

 もし、私たちがいくつかの限られた分野に情熱を傾ける女性だったら?もしそれらに集中して、霊的な賜物を成長させ、主のために素晴らしく用いたら?神様は私たちをもっと的を得た効果的な用い方がおできになるでしょうし、同時に私たちも全ての人の全ての必要に応えなければ、という責任感から解放されるでしょう。自分の召しと情熱を自覚していたら、それに伴って予定表も、To-doリストも、誰と過ごすかも、何を考えるべきかも定まってきます。

 もしあなたが何を続けるべきかわからないのなら、以下の問いに答えてみてください。
・そもそも、神様があなたを宣教の働きに召されたのはなぜですか。
・神様はあなたをどんな分野の働きに召しておられますか。
・あなたは何をするのが好きですか。
・あなたの賜物は何ですか。あなたの予定表や仕事のリストは、それを反映したものになっていますか。

2.何を処分すべきか

 クローゼットを整理すると、使っていないけれど、処分したりあげたりしたくないという物が大抵いくつか出てきます。思い出があったり、あるいは将来使うかもしれないと思ったりするのですが、実際に使うことは滅多にありません。そして次に整理する頃には、たいていごみになっているのです。

 奉仕していて神様が私たちをどう用いたいのかを見分けるのは、整理にたとえれば難しい部類には入りません。難しいのは、思い入れのある働きや仕事からどう手を引くか、なのです。「私がしなければ、だれがこれをするの?」「これは私の賜物ではないけれど、この賜物があればなあと思っていたからやり続けるの」と私たちは考えます。

 こうした考えは暮らしを整理する上でやっかいです。つまり、神様が与えた働きに満足していないから、自分のしたいと思うことに固執しているか、あるいは神様が働きを支えてくださると信頼していないから、このように考えてしまうのです。


 夫と私は現在開拓3年目です。前任の教会では、私は今とはずいぶん違った働きをしていました。以前は大人数の女性を教えたりリードしたりしていました。でも今は個人的な弟子訓練、夕食の交わり、個人カウンセリング、日曜朝の会話、教会学校など、個別の関わりが増えました。以前のように華やかな働きではないので、神様がこのような働きに私を入れられたことに反発し、私のプライドは傷つきました。

 別の時には、全てが私にかかっている気がして責任を負いすぎていました。全ての新来者に対して一人一人声をかけなければならない、全ての働きがうまくいっているか確認するために全てにかかわらなければならない、などです。でも神様はⅠコリント3:6の種まく人の原則を思い出させてくださいました。「 私が植えて、アポロが水を注ぎました。しかし、成長させたのは神です。」

 私たちは全てに召されているわけではありません。全てのこと、全ての人に対して召されているのではないのです。また、誰かの働きや賜物を真似るようにも召されていません。自分自身への期待から解放され、神様が召したところで用いてくださると信じられるなら、ちょうど「すっきりしたクローゼット」のような自由を味わうでしょう。


3.何を譲るべきか

 ようやく整理を終えた人が、再び散らからないようにするにはどうしたらよいでしょうか。やみくもに買い物やコレクションをする代わりに、必要なものとただ欲しいもの、値打ちのある物とない物、よい物と最善の物の違いを学ぶことです。

 神様の優先順位に基づいて与えられた機会を吟味し、今しない方がよいことにはノーと言うことで、私たちも宣教の働きを整理された状態に保つことができます。他人が代わることのできない家庭や宣教の働きがいくつかある一方で、賜物がないまま続けているだけだったり、誰かに任せたりできることも多くあるのです。

 「霊的でない」と感じられるかもしれませんが、宣教において他の人に任せることは重要なことです。使6:1~4にあるように、人々の必要が多くなり、主から与えられた祈りとみことばの働きが後回しになりかねない時、初代教会の使徒たちも他の人に多くの働きを任せました。私たちも、どの働きが不可欠で、どの働きは賜物のある他の人に任せられるかを見分けて、使徒たちに倣わなければなりません。

 開拓伝道の働きでは、神様が与えたこと以外にもいろいろしたいという大きな誘惑がやってきます。開拓だけでなく、どんな宣教の働きであっても、すべき働き以外のことはいろいろあるはずです。ほぼ毎日のように、私は神様が与えてくださった優先順位を思い出す必要があります。それは私にとっては忠実な弟子、愛情に満ちた妻、目標を持った母、家庭の良き管理者、教会に仕えるしもべ、の順です。これらに従順であれば、神様は私の家庭、人間関係、教会、地域において実際に働いてくださるのです。




Christine Hoover(クリスティーヌ・フーヴァー):
開拓伝道の傍ら、フリーランスのライターでもある。彼女と夫の間には3人の男の子がいる。ヴァージニア州シャーロットヴィル在住。ブログ hooverhousehold.blogspot.com 主宰。
 
Copyright 2011 Christine Hoover. Translated from Just Between Us, 777 S. Barker Road, Brookfield, WI 53045 

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