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2021/07/25

このような時のため!

 


ジル・ブリスコー  Jill Briscoe 




Just Between Us誌 2021夏号より



夫のスチュアートは90歳、私は86歳になりました。私たち夫婦は長年、教会や宣教のために世界中を旅する恵みに預かりました。

現在はコロナ禍の中にありますが、それでも出かけ、旅を続けています…違った方法で。テクノロジーを通して、家にいながら旅をして、近くや遠くの方々に届くことができています。

このような時のために、神様はご自身に仕え大宣教命令に向かうための方法を私たちにくださっていたのです。


ところで、外出を制限された中でどのように近所や人々に救い主イエス・キリストの愛を届けることができるでしょうか。

神様は、私たちに他の人々を愛するように命じておられます。「私たちは愛しています。神がまず私たちを愛してくださったからです」(Ⅰヨハネ4:19)。

他の人を愛しイエス様を指し示す最善の方法の一つは、祈ることだと知っています。だって、私たちは皆、どこにいてもひざまずくことができるのですから。

昨年(2020年)の4月、私たちは皆、世界のどこにいてもひざまずくことができる、という事実を実感しました。それは、イギリスにいる義弟からの電話を取った時でした。彼は悲しい知らせがあると言いました。私のただ一人の姉、大好きな姉がコロナウイルスに感染したと話しました。

ショックでした。姉は80代、当時はパンデミックが始まったところで、私がアメリカから姉のところに駆け付ける方法はありませんでした。姉に再び会うことも、会って別れを言うこともできないと思うと、私の心は張り裂けそうでした。絶望し、落胆していた時でした。そうだ、私は祈りによって遠くからでも姉のすぐそばにいることができるのだ、ということを思い出しました。


主は祈った時の会話を思い出させてくださいました。主は「あなたの会話の題名は何ですか」と私に問われました。

「あ、そうですね」と私は答えました。「『ひざまずけば、どこにでも行ける』という題です。」

「ジル、そうだよ」という静かな小さい声を私は聞きました。主は言われました。「では行きなさい。そして覚えておきなさい。あなたはいつでも、どこに行ってもひざまずくことができるのだ」と。


それで、私はそうすることにしました。父なる神様の御手にゆだね、彼女を励まし地上の人生の終わりに近づく時に神様の愛で包んでくださいと祈ることによって、私は姉を愛することができました。人々のために祈ることは神様の愛を示す特別な方法です。


第1コリント13章で、愛について使徒パウロが描写し定義しています。愛の一つの特徴は「すべてを耐える」(Ⅰコリ13:7)ことです。「耐える」とは、コートや上着のようなものです。着る人を包み、覆い、温める、大きな暖かいコートのことです。

愛はちょうど大きな天の毛布のようなものです。私たちの疲れ傷ついた世界が投げ出した、愛を必要とする人を包む毛布です。

私は姉を祈りという愛の毛布で包むことで愛を表すことができました。

姉が召されたのはそれから約1か月後でした。毎日私は電話で愛する姉と話しました。そして毎回、「すぐまた会いましょう、お姉ちゃん、すぐまた会いましょう」と言いました。ええ、本当にすぐまた会えるのです。

皆さん、覚えていてください。私たちはひざまずいて祈ることで、どこにでも行けるのですよ。

愛をこめて、ジル

2020/05/11

孤独な日々は神様に近づく時


ウイルス | 無料のベクター画像、写真、PSDファイルをダウンロード




リサ・エリオット(Lisa Elliott)


皆さん、お変わりありませんか…ソーシャルディスタンス(社会的距離)はうまく保てていますか?
孤独を感じていませんか?

オンラインなどで私が連絡をとった人たちからは、悲喜こもごもの声があがっています。
ある人は、何年も手付かずになっていたことをようやくできる、と喜んでいます。
一方で、ある人は何をしていいか全くわからないと言っています。
必死に計画やできることを見つけようとしている人もいれば、休息の時だと歓迎する人もいます。
できる限りのあらゆるSNSを利用しようとする人もいれば、独りで静まる時を持つ人もいます。

私自身は、この一連の経験を通して、10年余り前のことを思い出しています。
18歳だった息子のベンが白血病と闘っていた時、私は自主的に隔離された生活をしていました。
彼の免疫力が下がっているとのことで、私は外界との接触を制限しました。
これまでの生活は一変しました。
社会的なつながりはタブーでした。
ブッフェやサラダバーの食事は避けるべきという制限が課されました。
病院で息子のベッドのそばに付き添う時は、入室前に消毒をし、マスク、手袋、ガウンを身に着けました。
自宅まわりは、ばい菌が繁殖しないようできる限りすべてを清潔に保ったことは言うまでもありません。
玄関には、訪問するすべての人が使えるよう消毒液さえ設置しました。
「普通の」生活は突然なくなり、家族と私は「新しい普通」に入りました。
最悪の事態に備えるため、最善の希望を持つことを学びました。

共通点があるなあ、と思われますか?
コロナウイルスの感染防止のために過ごす最近の日々と似ているのです。
あなたは以下のような経験をしているでしょうか。
   
  • 命を脅かし、健康を脅かし、思考に影響を及ぼし、活動を調整させ、関係を断つものに対しすでに知っていると考えて、実際に見ていない状況を何とかしようとしている。
  • 全然いつも通りではないとわかりながらも、落ち着いていつものように仕事をしようとしている。
  • 内心は不確実、無知、不安と恐れがわきあがっていても、外見は平静にしている。
  • 目に見える限界とだんだん増えていく制限があっても、なるべく自由に過ごそうとしている。 
  • 自分の世界の何かがおかしくなってしまったという感覚を覚えつつ、先行きが見えずぼうっとした虚無感の中で日々過ごしている。
  • 本当はほとんど何もコントロールできないと知りつつも、コントロールできるかのようにふるまっている。
  • 本当に目的があるのかな、と思いながら、目的をもって生活することを選んでいる。
  • 書き物をするペンを鉛筆に持ち替え、手にはいつも消しゴムを持っている。
  • 目まぐるしく変わる生活に絶えず順応しようとしている。
昨今は、ヤコブ書のことばを実感することでしょう:
「『今日か明日、これこれの町に行き、そこに一年いて、商売をしてもうけよう』と言っている者たち、よく聞きなさい。あなたがたには、明日のことは分かりません。あなたがたのいのちとは、どのようなものでしょうか。あなたがたは、しばらくの間現れて、それで消えてしまう霧です。あなたがたはむしろ、『主のみこころであれば、私たちは生きて、このこと、あるいは、あのことをしよう』と言うべきです」(ヤコブ4:13~15)。

もし、この想像もしなかった不安と混乱の時が、私たちが目を覚まして本当に大切なことに心を向けるように、と神様が意図されたものだとしたらどうでしょうか。
おそらく、神様はこの歴史上特異な時期を用いて、私たちがこれまで思い込んでいた生活を再調整させてくださっているのかもしれません。
もしかすると、このパンデミックは「私たちが自分自身に頼らず、神に頼る者となるため」(第二コリント1:9)なのかもしれません。
現在の社会的孤独は、私たちがもっと深い次元で神様とつながる特別な機会として与えられていると言いうるのかもしれません。

一つ、確かに言えることは、先行きの見えないこの状況にあって、私たちは離れていても決してひとりぼっちではないということです。
神様は決して私たちを離れたり捨てたりすることはないと約束しておられます(申命記31:6、ヘブル13:5)。
私たちが神様につながり錨を下ろしているなら、神のことばは私たちの不安定な日々にも揺るがない希望を与えてくれるのです。

「神に近づきなさい。そうすれば、神はあなたがたに近づいてくださいます」(ヤコブ4:8)。

2017/02/22

「それを良しとされた」~苦しみの中でも人生を楽しむ (3)




カラ・ティペッツ 
Kara Tippetts




 ←その(1) 

 ←その(2)

  • 弱さの中にある強さ
「 あなたが水の中を過ぎるときも、わたしはあなたとともにおり、
 川を渡るときも、あなたは押し流されない。・・・
 恐れるな。わたしがあなたとともにいるからだ。」
(イザヤ43:2・5、新改訳)

神様が共におられることが、なぜ私たちにとって受け入れがたい概念なのでしょうか。
自分が強いので、神様と距離をおきたいのかもしれません。
その強さがなくなり、取り去られ、あるいは揺らいだ時、私たちは神様に共にいてくださいと願います。
しかしそれまでは、神様とは安全な距離を保ちたいと考えます。
なぜなら、立ち入られたくないし、じゃまをされたくないし、日常生活であれこれ指示されたくないからです。
試練がやってきた時、私たちはイエス様にすぐそばにいてほしいと思います。
しかし試練が去ると、「ありがとうございました、イエス様。もうここからはやっていけます」と言うのです。

試練が神の主権のうちにあるのは、私たちが強い時には神に全き信頼をするのが難しいからです。神様の優しさです。
試練はしばしば強い人のところに起こり、苦い怒りをもって迎えられます。
怒りを引き起こすのは試練そのものよりも、強さをなくしたことについてです。
正直に言いますが、私は最も辛い治療の時、この苦しさがなくなるようにとではなく、
私に力が戻ってくるようにと叫び求めました。
もっと正直にいうと、今でもそれが私の祈りです。
試練の日を少なく、ではなく、強い日々をもっと、と。

私たちは強さを好みます。そのために生きています。
だからそれをなくすと、神様がよい方であることに疑いを抱きます。
しかし、自分自身の歩みを見る時に、強さをなくしたのは恵み、イエス様のそばに近づくための大きな恵みです。
今はまた、よくなること、少しずつでも前進を願って別の治療に入っています。
取り戻した力をどのように用いましょうか。
そしてまた苦しみがやって来た時、私の心は受け入れる準備ができているでしょうか。

「イエス様、この新しい試練の時にあなたに頼ることができて感謝します。
 この中にあって、誠実であらせてください。
 あなたが良い方であることを思い、苦しみをあなたと共に通らせてください」
と祈ることができれば幸いです。


←その(1)      ←その(2) 

「それを良しとされた」~苦しみの中でも人生を楽しむ (2)







カラ・ティペッツ 
Kara Tippetts




 ←その(1)

  • 恵みのドレス

先週の一日は、私の余命を示す記事を読んで、何も手につきませんでした。
記事そのものは愛の心で送られてきましたが、私の狭い心は統計データが示す、私の余命の長さだけしか読み取れませんでした。
それまでは、夫ジェイソンと私は悲嘆し泣きもしましたが、平安に満たされていました。
ところがその夜、私は眠れず、心が沈み、子ども一人ひとりの年齢に私の余命を足してみて、平安を失ってしまったのです。

でも、次の日、それはそれは大きな恵みが訪れました。
起きた時は気分がよくありませんでした。
それで近所の人に、息子のレイクをその日世話してもらえないかと頼みました。
しばらくして一人の友人が、夕食を持っていってあげようかと電話をくれました。
私は、それならうちに来て準備してほしい、そして娘のジェインに本を見せてやってほしいのだが可能だろうか、と尋ねました。
彼女はOKと言って来てくれることになりました。
次いで、散歩で同じ道を歩いている女性に電話をしました。
彼女は午後1時に来て私を散歩に連れ出してくれました。
痛みのただ中にある私の心を彼女は楽しませてくれ、私の人生への麗しい希望を与えてくれました。
そのひと時を通して、私は平安が戻ってくるのを感じました。

帰宅し疲れ切っていたので、昼寝をしてもよいかと夕食を作りに来てくれた親切な友人に尋ねました。
彼女は私を階上まで連れて行き、ベッドに寝かせてくれました。
しばらく休んで目覚めると、私に髪があるうちに最後の家族写真を撮るため、写真家のジェン・リンツが来ていました。
私は目をこすりながら階下に行き、何を着て撮影しようかしらと言いました。
すると、料理をしていた友人が、
「あなたは私の服が素敵と言っていたわね」
と言いました。
彼女は自分の車から着替えをかかえて戻ってきました。
そして文字通り自分の服を脱いで私にプレゼントしてくれたのです。

そうです。
私にはこんな素晴らしい友人たちがいるのです。子どもの世話をしてくれ、掃除をし、夕食を作り、家族写真を撮り、散歩中に励ましを与え、自分の着ている服を差し出してくれる友人たちが。

私はその服を「恵みのドレス」と呼んでいます。
友人がプレゼントしてくれてから、まさしく3日間ずっとそれを着ています。
辛い気持ちの時はそれを着ます。
きっと抗がん治療の初日にも着るでしょう。

昨日は髪を全部切りました。
たとえ髪が抜けても、子どもたちがあまり驚かないですむように。
だからその「恵みのドレス」を着ました。
カットの後、その服のまま眠ることにしました。
髪を切ることはそれほど辛いことではありませんでした。
これまで何度もショートヘアにしたことがありますから。
それよりも、切らなければならない理由が辛かったのです。
短く切ったら、次のステップはすべて抜け落ちることです。
着心地のよいグレーの綿のドレスのように、恵みがその日必要なのです。
きっと恵みが与えられると、私は信じています。

私はとても愛されていると感じます。
私たち一家は守られ、祈られています。
奇蹟のような平安がまさしく現実に表されています。
私はただがんだけに向き合っているわけではないと知っています。
知っています。
(続く)


←その(1)      その(3)→

「それを良しとされた」~苦しみの中でも人生を楽しむ (1)






カラ・ティペッツ 
Kara Tippetts




4人の子の若い母親であり、妻であるカラは2013年に乳がんと宣告されました。
それ以来、彼女は肉体的・精神的な痛みと闘いながらも、人生の希望を持ち続けることを学ぶ過程を歩き始めました。

彼女は「日々誠実に歩む(Mundane Faithfulness)」というブログを始めました。それは、葛藤の中にある人たちに、苦しみの中での真理を伝えたいと願ってのことでした。
ブログと彼女の3冊の著書は、辛い時を信仰の力によりいかに過ごすかという知恵を記したものです。それらは多くの人に感動を与えました。

カラは2015年3月に生涯を終えました。
以下はカラの最後の著書「それを良しとされた(And It Was Beautiful、未邦訳)」からのいくつかの抜粋です。同書には、日々神様だけが与えることのできる力によって、よく生きよく死ぬことが書かれています。

カラはこう述べています。
「私はただよく生きようとしているだけです。
私はがんを憎みません。・・・ええ、時々はいやだなあと思います。
がんが私の先生のようだと思える前にはいやでした。
神様は良い方で、私の生涯の日数や髪の毛の数まで数えることのできる全能のお方です。試練を許すだけでなく、共に試練を通ってくださる方です。」

カラの文章を通して、日々の何気ない瞬間であれ暗い日々であれその真中にいつもイエス様がおられること、人生が驚くほど美しいものであること、そして神様は常に良い方であることに励ましを受けることでしょう。



  • やりたいことリストのない人生


私は、この地上の人生のうちにやりたいこと、見たいこと、達成したいことはそれほど多くないと自信を持って言えます。
長い間、自分の農場を持ちたいと夢見ていました。
自然の土地と四季のリズムが作り出す普通の日々が想像できました。
けれども、それ以上にやりたいことリストを作って達成度をチェックすることは望みませんでした。
私は中古車に満足し、少ないワードローブに満足し、素敵な持ち物や休みがないことにも満足しています。
誤解しないでください。
もちろん私は素晴らしいコンサートが好きですが、同時に台所で有機食材を並べたパーティーも大好きです。
ごちそうは好きですが、同時に裏庭で焼いたホットドッグも大好きです。
山登りは好きですが、同時に友人たちと近所を散歩するのも大好きです。

先週、この人生の旅路が長く違った道になるかもしれないと聞いたとき、私は夫の方を向いて泣きました。
彼に、一日、一日とこの地上への執着がなくなってきたと話しています。
車で道を走っていても、落ち込んだり、心よりもお金が大事だと思わせることに出会います。
看板広告は何を買い、何を考え、誰に投票するべきかを訴えてきます。
しかし、地上で私を結びつけているつながりは人間関係です。
病気によって、このつながりがさらに実体を持った大切なものになりました。
私の心を支えているのは人々なのです。

試練を通し、私たちが神について信じていることがこの世の考え方とぶつかることが明らかになります。
ある人は私の病気のことを聞き、神が良い方であるということに疑問を感じ始めたと言いますが、それを聞くと少し悲しくなります。
私は苦しみを通して信仰が幼子のようにより素直になったと感じています。
試練を通して、神がより大きくなったり素晴らしく思えたりするとは限りません。
けれども、先が見えない歩みの中で神様への思いがよりシンプルになります。

先週、これからどうなるかわからない中で、私は息子レイクを抱っこしていました。
すると、私は彼の最初の失恋の時にそばにいてやることができないのだ、という思いに打ちのめされました。
その瞬間、恐れが心を支配し、もう少しで倒れてしまいそうでした。
上の娘を見て、この子たちの思春期を誰が支えてやれるのだろうと考えると、窒息してしまいそうでした。

なぜ私が?どうしてこんなことに?
子どもたちが私を必要とするとき、私は共にいてやれないのだろうか?

真理はこうです。
私たちのだれも、自分の生涯の長さがわからないのです。
だから、日々の糧が与えられるよう祈り、与えられて感謝をささげるのです。
今日、私には部屋を走って抱きついてくれる幼い息子がいます。
「5回キスして」というと10回もキスしてくれる幼い娘がいます。
外出して友達に会っても、私と手をつないでいてくれる10代初めの娘がいます。
その日にあったことを事細かに喜んで話してくれる二番目の娘がいます。
私の好みの味のコーヒーを入れてくれる夫がいます。

やりたいことリスト?いいえ、私には必要ありません。
私はとても豊かです。
人とのつながりこそが必要なことなのです。
そして、今日一日のすばらしい贈り物に目を止めるのが、私のリストにある唯一のことです。 
(続く)


2016/03/01

感情的に健康であるとは~専門家が答える

Q:否定的な感情を、どう扱ったらよいのでしょうか。


                    


答える人:ジェニー・ヘックマン
(国家認定カウンセラー、MS, LPC, NCC)


感情のない人生がどんなものだと思いますか?

この世界に造られた美しいものを見ても感動せず、
不正がはびこっても怒りを感じず、
大切な人を失っても悲しまず、
友人と笑う楽しさもなく、
苦しんでいる人を見ても何の同情も感じない・・・

様々な場面での豊かさがなくなり、平板で何の変化もない人生になってしまうでしょう。




感情的に健康であるとは、次の3つの側面があります。

  • 私たちが内面で経験する感情を正確にとらえることができる。
  • 他者に尊敬を払いつつ、その感情を分かち合うことができる。
  • 他者の感情を理解することができる。
また、自分の不完全さや傷、これまでの経験が、感情を過度に抑えたり、逆に噴出させたりすることがあるというのをわきまえていることです。

思春期の頃、私は肯定的な感情以外は感じないことにしよう、と決心したことがあります。
子どもの頃から不安症、心配症だったので、内面はできるだけ平静でいようとしたのでした。
否定的な感情をどう扱うかについて、家庭でもそのように教えられてきました。





ところが、うまくいきませんでした。
「傷つく心の力(The Power of Vulnerability、TEDはこちら)」のブレネー・ブラウンによれば、
自分の意志で特定の感情だけを麻痺させることはできないのです。
否定的な感情が抑圧されたら、肯定的な感情も同時に抑圧されるのです。

これを知ってから、私は神様がデザインされた人間の感情の豊かさをきちんと理解し、味わおうと思いました。
そうするようになって、以前ほど恐れを感じなくなりました。
また、感情が豊かになりました。
他の人にも自分の思いを出すようになりました
そして、周りの人々に対しての共感力が高まりました。

これは感情的に健康であることの第一の側面がいかに大切か、ということです。
第一の側面は、第二・第三の側面に直接影響を及ぼします。

あなたは、自分の感情をとらえ、受け入れることが難しいですか?
以下は、その原因になりうるいくつかです。



・ 恐れ

怒りや悲しみを感じると、その感情に飲み込まれてしまうか、あるいは感情がずっと続くのではないか、と恐れてしまうことです。

George Bonannoの「悲しみのもう一つの側面」という本で、感情そのものは一時的であると述べられています。
ある原因によって感情は現れますが、目的を果たしたら消えていくのです。
もちろん再び同じ感情が現れることがありますが、
私たちが感情がなぜ生まれたか、その目的を正しく理解するなら、
ひたすら耐えるだけではなく、
その感情を通して自分が成長し、決断し、人間関係を築き守っていくことができるのです。

素晴らしいですね。



・ 恥意識

恥意識は、その人の弱いところや、霊的な欠けの部分を示唆することがあります。
特定の分野である感情が引き起こされると、恥意識がその感情に伴って、直ちに現れます。

恥意識によって本来の感情が抑えられてしまうのです。
私たちは家族、共同体、文化などによって形作られてきましたが、
それらは私たちの感情や信念に非常に強い影響を与えます。

でも、恥意識は正しく直面すれば解決できます。
そうして、感情も神様に造られた姿へと自由で柔軟な現れ方をするようになります。



・医療が必要なケース

気分障害や人格障害が影響している場合もあります。
脳内物質や神経系が「楽しいこと」を伝達しない時、あるいはずっと「張り切りすぎ」た時、
感情は上向きになるか下向きになるかのどちらかです。

気分障害の場合や、遺伝子レベルでの傾向がある場合、あるいは特定のストレスによる場合もあります。

医療の助けも神様の恵みのうちにありますから、薬で脳内物質や神経系統が改善されれば、
感情が正しく働くようになります。

中には、ボーダーライン(境界性)人格障害、ヒステリー、自己愛性人格障害に代表されるような場合もあります。
その際はより専門的な治療が安心できる環境でなされる必要があります。




次の機会には、感情を理解する具体的な方法をお伝えしたいと思っています。

2014/08/28

ヨブという名の少年



シェリー・エッシャー




昨年のことです。私は子ども病院の待合室で、娘が検査を受けている間待っていました。
何年も難治性の病気と闘ってきた当時にまた戻ったようで、私は重い気持ちでした。

一人で座っていると、車いすの子どもたちが次々と待合室に入ってくるのに気がつきました。
その中でも、特に一人の子どもに心がとまりました。

母親が手続きをしている間、私はその男の子が何とかして自分の身体を支えようとしているのに気がつきました。
あたかも彼の全身がきしみながら音をたてているようでした。


その時、娘の一連の病気を経験する中で、私は心から感謝することができました。
なぜなら、娘のアンナは車いすではなく、足で立ち、話すこともできているからです。

もちろん私たちの試練は大変なものでしたが、その朝、私は新しい視点を持ってみることができたのです。


それにしても、この小さい男の子の状況は、私には耐えがたいものでした。思いめぐらすうちに、私は心の中で祈っていました。
神様、どうかこの子の人生に現れ、日々重荷を背負っているこの子の母親と共にいてください、と。

できることがほとんどないとわかりながら、毎日病気の子どもの顔を見るのは、私にとって耐えられない痛みでした・・・7年前までは。


突然私は我に帰りました。検査技師が男の子の名前を呼んだのです。
「ジョブ (訳注:英語で『仕事』の意のjobのように)」

すると、母親はすぐにこう言いました。

「いいえ、この子は『ヨブ』です (訳注:聖書に出てくる人物ヨブJobのように)」

私は母親の言葉を聴いて背中に電流が走ったようでした。涙があふれました。
病院のこの待合室で、ねじれ制御できない身体を持った、現代のヨブに出会った思いでした。

私はこのヨブがどのように暮らしているか、想像できませんでした。
母親がどんな気持ちで毎朝起きて世話をしているのか・・・特に、自分の子がこの地上では逃れようもない苦しみにあると知って世話をするのは、どんな気持ちでしょうか。

無邪気な子どもが身体に障がいをかかえていることを、どう納得できるでしょうか。

私は「愛の神がなぜ災難をゆるすのか」という古典的なテーマに答えようとしているわけではありません。
しかし、人生でヨブのような状況に陥ったときにどうすれば希望を失わないでいられるでしょうか。

以下は、その朝の経験を通して、帰宅後神様が教えてくださったことです。




・感謝を忘れない。

サラ・ヤングはその著書の中で、

「試練を感謝するなどできるはずがない、と最初は思うでしょう。
しかしそれでも感謝を口に出し、信仰に立って祈るなら、やがてあなたの心は変えられるのです。感謝によって、あなたは主の臨在の中にいることを知り、全ての問題は影をひそめるのです。」

と述べています。

また、感謝によって私たちは日々新しく立ちあがり、新たな視点を持つことができます。



・希望を持ち続ける。

クリスチャンのアーティスト、ジェレミー・キャンプは「また明日がある」という曲の中で、

「・・・僕は神様のくれた この希望と約束を にぎり続ける
やがて 苦しみのない日が やってくる・・・
涙も 痛みも おそれも ない日が
今ある重荷は もはやなくなる
イエスと 顔と顔を合わせて
でも その日までは しっかりあなたに つながっていよう」

と歌っています。


歌詞を見てください。やがて苦しみも涙もない日がやってくる、しかしそれまでは、イエス様につながっていよう!というのです。

この世で苦しみの中にあってよく生きるには、イエス様につながっていることが大切です。

人生でどんなことがやってきても、神様はいつも私たちと共に歩いていてくださり、私たちを抱きかかえ、どんな問題に直面していても超自然的な力と恵みと希望をくださるのです。

神様は、私たちの心が押しつぶされそうな時、最も近くにいてくださいます。

そして、やがて私たちの涙をぬぐいさってくださるでしょう。

それまでも、試練の一つとして神に気づかれないこと、見過ごされることはありません。

黙示録21:4には、もはや以前のものは過ぎ去り、悲しみはすべてなくなる、と書かれています。


やがて、車いすの子ども、動けない身体、治療法のない病気、慢性的な痛み、うつ、喪失感がなくなり、涙のない日がやってきます。

そして、少年ヨブもいなくなるでしょう。

私たちには、地上での重荷が全くなくなり、イエス様と顔と顔を合わせて語る日がくる、という究極の約束と希望があるのです。

私たちはやがて全ての苦難から解放されます。

これこそ、私たちが人生でヨブのような経験を通るとき、持ち続けることのできる希望です!



2010/09/14

二重の生活~笑顔の陰の真実~  

           

              ジェニファー・ピーターソン  



 その晴れた12月の朝は日曜日で、からっとした天気のよい夜明けを迎えました。でも、トイレのドアを閉めた向こうで、私の心は嵐のようでした。吐き気とめまいで倒れるのではないかと思いながら、目の奥からのひどい頭痛を覚えていました。

 「無理だ、ひどいことだ。だれもわかってくれないだろう。がっかりするだろう」

何とか教会に行く準備をしようとしていると、頭の中でその声がこだましました。着替えて化粧をし、ヘアスタイルをととのえると同時に、2人の子供に食事をさせ、顔をふいてやり、服を着せ、礼拝に間に合うように家を出なければなりませんでした。「何を考えていたんだい。気でも狂ったのか。おまえにはできない、できない・・・。」

 何とか床から立ち上がろうとすると、その朝3度目でしたが、吐き気のためにまたしゃがみこみ、心臓が激しく音をたてていました。私は「サタンよ、退け。私がしようとすることを、お前はとどめることができない。主よ、助けてください!」と叫びました。

 夫はいつものように、日の出前にすでに教会に行っていました。子供を連れて教会に時間どおりに行くのは私の責任でした。しかし、これはいつもどおりの日曜の朝ではなかったのです。この日の礼拝で、夫が8年間ユースパスターとして仕えた会衆の前に立ち、私たち夫婦はそこを離れることを告げようとしていました。また同時に、私たちの生活についての辛く、情けない事実について話そうと考えていました。

 私は悪魔がこれをやめさせようと直接攻撃してきているのだということを十分理解していました。正直に言うと、ベッドに戻って布団をかぶって隠れていたいというのは私の思いの一部でもありました。でも、サタンは勝利しませんでした。イエス・キリストはこの12月の朝に勝利をとってくださったのでした。

 私が自分の仮面をはずし、笑顔の影に隠していた真実を明かす時だったのです。私の生活はうつとアルコール依存という危険な悪循環を繰り返していました。

 ごく数人の親しい友人でさえ部分的にしか知りませんでしたが、私は二重の生活をしていました。私の秘密はアルコールとの闘い、心配とうつとの葛藤、時々死んでしまいたいと思うほどの暗い気持ちでした。この日曜に先立つ何週間か、私は浴びるようにお酒を飲み、拘置所で一晩を過ごし、運転免許を取り消されてしまいました。絶望的な状況だったといえるかもしれません。

 頭がはっきりしている少しの時間の中で、神様はこの状況を回復させるための第一歩となるご計画を私に示してくださいました。それは、私が会衆の前で自分の罪を告白しなければならないということでした。夫婦として、私達は教会の家族からのサポートと祈りが必要だと認めなければなりませんでした。夫は若者へのミニストリーをやめ、第一の最も重要な召し、つまり自分の家族への牧会をする必要があったのです。

 私達夫婦は、自分達の生活が全くバランスを欠いており、コントロールできていないということがわかりました。夫については、家族との大切な時間を犠牲にして、若者への宣教に没頭していました。私はだんだんと孤独を感じ、彼に捨てられたような気持ちを慰めるため、アルコールに走りました。学生を牧会するために彼が夜や週末に出かけると、私は自己憐憫と孤独をワインで慰めました。時間がたつにつれ、アルコールが夫に対して感じ初めていた苦い思いや憤りの感情をまひさせてくれるので、それにますます依存していくのがわかりました。「彼にとっては教会が一番、子供や私はその次だわ」というのが私の呪文のようになりました。

 同時に、私は「全てが順調だ」というふりをして日曜の朝や水曜の夜教会に行っていました。聖歌隊で賛美しました。別の時には、青年たちを支えるために手助けをしました。家にいる母親たちのためにスモールグループまで始め、5年間も定期的に続けました。外での生活と家の中での生活のギャップはだんだんと大きくなり、私は内面から引き裂かれるようでした。

 この偽善的な生き方を思うと、罪意識、恥意識、嫌悪感が洪水のように押し寄せてきました。二重の生活をし続けるのは、肉体的にも情緒的にも、そして霊的にも疲れ果てることでした。そこで、人生の困難をアルコールで処理するのを必死にやめようと思いました。自分が罪の中に生きており、アルコールが人生の偶像になっているとわかりました。この罪はイエス様が私と親しい関係を築くための妨げになるとわかっていました。やがて、これは死と滅びへと続くものだとわかっていました。でも、この悪の要塞が自分を誘惑し巻き込むのを許し続けていました(ヤコブ1:14-15)。

 私はこの葛藤の一部を自分のスモールグループにいる何人かの女性に分かち合いました。でも「恐ろしい」詳細についてはいつも伏せていました。私はあまりにも多くの秘密を持っており、それらは精神的な苦痛と中毒という傷をもたらしました。ずっと前にどこかで「あなたは自分の秘密と同じ大きさで病んでいる」というのを読んだことがあります。まさに真実です。私の秘密はもうすぐ明らかにされようとしていました・・・。



私はその朝、自分の身体的・精神的な弱さと格闘しました。神様はこの惨めな有様を終わりにする方法を、少なくとも今の状態を正す方法を備えてくださるとわかっていました。私は12月のその朝、家を出て教会に行きました。サタンは負けそうになっても別の手段を持っていました。闘いを挑まずにやめることはありませんでした。しかし、私は自分の中のある部分で詩篇8:6にあるサタンを私の足の下に置くという約束にしがみついていました。

 私はキリストにあって受け継いだもの、愛する神の子としての油注ぎをしっかり握っていました。私はその会衆の前に立たなければなりませんでした。神様は暗闇の中から私を呼び出してくださっていました。私は光の中にふみこまねばなりませんでした。

 その日曜の朝、私たち夫婦が仕えるよう召された人々の前に、私は心を注ぎだしました。口から言葉が出るときに、私は超自然的なきよめが心の中で起こっているのを感じることができました。開いた傷口のように、痛み、ひりひり燃えるようでしたが、私はさらに深く話し続けました。自分の依存症や、誤った判断のために法律上のトラブルを起こしたことも告白しました。苦み、怒り、うつに陥った霊的な状態も明らかにしました。

 夫はいつも自分がミニストリーの目標を追い求め、家族を犠牲にしていたことを認めました。彼はユースパスターとしての役割を一時的に退き、家族を正しく導きたいと述べました。私達が話し終えると、会堂には重い沈黙が流れました。

 主任牧師が立ち上がり、だれでも私達夫婦の上に手を置いて祈りたい人は前に出てくるようにと言いました。まもなく、人々が私達に手を置いて祈るために前にやってきました。私達夫婦は頭を垂れて座っていましたが、周りで祈りが始まり、多くの手が私達にふれているという重みと暖かさを感じることができました。老若男女を問わず、私達のためにそれぞれが祈りました。後で聞きましたが、誰も自分の座席にいなかったということです。教会にその日いた全員が前に出てきて輪になり、それぞれが手を置いてくれました。私達はその手に触れられ、聖霊の力を受けることができました。



 4年がたちましたが、私はその朝のことを心にとめています。あの経験を通して、私は人々の集まり、告白、回復について重要なことを学びました。第一に、私達は人々の集まりの中で、他の人々と共に生きるように造られているということです。孤独は危険であり、人生から喜びを奪ってしまいます。第二に、告白は人々の集まりの中で必要なものだということです。危険が伴いますし、痛みもありますが、癒しの過程に入るのに必要です(ヤコブ5:16)。

 時には、真実で本物のコミュニティーを生み出すために、ある人の最も深く暗い部分が明らかにされなければならないことがあります。どんな人にもストーリーがあります。最後に、神様は力あるお方で、どんな人生や罪深い状況でも回復させたいと願っておられるということです。私の回復の恵みは、私がいたコミュニティーを大切にし、告白という訓練を実践したときに初めて受け取れました。その時にのみ、私は自分の人生において、真実で持続的な癒しの始まりを手にしたのです。



どのようにして仮面をとりますか?



 この胸を打つ記事を書いた人のことが理解できますか?心の痛みを隠すことをやめたいという思いは、神様が与えてくださるものです。多くの人にとっては、どのように隠していたものを明らかにすればよいのかが課題でしょう。以下に示すいくつかのステップと情報は、その過程を始める助けになるでしょう。



  1. 神様に自分の痛みがどれだけかを言い表してください。あなたの秘密を神様に打ち明けてください。もし声に出して祈るのが難しいなら、書き出してみてください。神様は全てをご存知で、あなたを心から愛しておられます。神様に秘密を打ち明けることは、信頼と礼拝の行為です。このステップをふむことは、自分自身を理解し、他の人に痛みを打ち明けるための助けとなるでしょう。
  2. だれか一人にあなたの痛みと葛藤を打ち明けてください。祈りつつ、誰に打ち明けるのが最も適当かを考えてください。愛があり、共感力があり、秘密を守り、あれこれ指示することのない人が適当です。 もしそのような人がいない場合は、外部に助けを求めることを考えてください。配慮や共感を持って聞いてくれるような他の教会やキリスト教団体がありますか。もしあれば、電話をしてどうすればよいか問い合わせてください。
  3. もし住んでいる地域に助けがない場合、後述の団体に相談してください(アメリカ国内の団体)。

 会衆や教会のリーダーシップの状態により、時には、全ての会衆の前で告白する必要がない場合、むしろ適切でない場合があることを覚えておいてください。まずあなたが最初に打ち明ける人が、最善の方法を考えてくれでしょうから、もし必要があれば、さらに多くの人の前で告するとよいでしょう。不必要になされたり、告白を受け止めることのできない人々の前で「告白」という名でなされたことは、大きなダメージを与えます。

 このプロセスの間、癒しのために神様があなたの前においてくださった方法を受け入れられる心でいてください。専門家のセラピー、医療、休養、そして深い霊的な友情はあなたが自由になるために相互に働き作用しあうのです。



連絡先(アメリカ国内の場合)

American Association of Christian Counselors (AACC) ? www.aacc.net

Open Hearts Ministry ? openhearts.gospelcom.net/

Celebrate Recovery ? www.celebraterecovery.com



by ジェニー・ヘックマン M.S. in Marriage and Family Counseling



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ジェニファー・ピーターソン(Jenifer Peterson)は夫とともにミシガン州ホーランドで学生伝道に携わっている。また、牧会ケアの専門家でもある。結婚16年で、2人の子供がいる。



Copyright 2008 Jenifer Peterson. Translated from Just Between Us, 777 S. Barker Road, Brookfield, WI 53045.

試練を乗り越えて生きる

ウーマン・インタビュー

   ~キム・ニューラン
              文:コンスタンス・B・フィンク               


 7250人の女性が集うティーパーティーを運営するとはどういうものか、想像してみてください。それをキム・ニューラン(Kim Newlen)はやり遂げたのです!

 2005年5月、彼女のミニストリーは世界最大のティーパーティーとして、ギネスブックに掲載されました。彼女がその認定を受けたとき、会場から大きな拍手がわき、彼女が乳がんとの戦いの中にあるとは思えませんでした。ごく短いショートヘアーにピンクの帽子をかぶっていること以外、彼女が病気だとわかるものはありませんでした。髪はほとんど抜け、乳房を失い、体は化学治療で弱っていましたが、彼女の陽気なほほえみ、あたたかい心、あふれるエネルギーはそれ以上に力があり、何千人もの女性の心を打ちました。

 キムの生き方は、女性をキリストのもとに招き、人生の危機から脱出する力を与え、人々の人生を変えています。彼女のミニストリーはガンの診断やギネス記録の何年も前に始まりました。

 12年前に出産に伴い教師を退職し、忠実な信仰生活を送ってはいましたが、彼女は寂しさと孤独に襲われたのです。「私がこれだけつらいなら、主を知らない女性たちはどれほどかしら?」と彼女は思いました。そこで、伝道のためのアイデアをあれこれ考えたのです。継続できるもので、準備にお金がかからず簡単なものでなければ、負担が大きすぎる。どの人も忘れることがないように、同じ場所と時間で続ける。こうしたことを念頭に、彼女は毎月第一月曜の夜に自宅を開放し、わかりやすいテーマを選んでお茶とケーキ、みことば、プログラムの時を持つことにしました。

 彼女はこの伝道を「スウィート・マンデイ(Sweet Monday)」と名づけました。12年前に最初のティーパーティーが持たれてから、この働きは全米434箇所、さらに世界16ヶ国に広がりました。彼女の自宅では30~70人の女性が参加し、毎月新しい人々が加えられています。

 スウィート・マンデイの3つの原則はSimple(シンプル)、Sweet(あたたかい、甘い)、Salty(塩気がある)です。Simple(シンプル)とは、「神の国をまず第一に求める」ということ、Sweet(あたたかい、甘い)とは「みことば私の口には蜂蜜より甘い」ということ、Salty(塩気がある)とは「私達は地の塩である」ということです。

 スウィート・マンデイは祈り会や聖書研究会とは異なり、イエス・キリストを紹介する入口となるものです。キムは「Sweet Monday: Women’s Socials on a Shoestring Tied to a Generous God(スウィート・マンデイ:豊かに与えてくださる神と結ばれるための女性の社交術)」という本を書いています。スウィート・マンデイを開催する人たちは、この本を用いれば、それぞれの集まりを時代を超えた聖書的な原則に基づいたユニークで効果的な伝道の場とすることができるのです。

 この伝道の集まりは午後7時30分に始まり、9時きっかりに終わります。8時にコーヒーとケーキを食べ終えると、キムはベルを鳴らしてプログラムをスタートさせます。まず5分間のみことばの時がもたれます。彼女はその中ではっきりと福音を語り、もしキリストについて疑問があれば質問できるよう、彼女の電話番号を伝えます。

 それから参加者たちは楽しく、役に立つようなプログラムに入ります。たとえば、“Man-I-Cured Those Nails(マニキュアに関するもの),” “Sweat Monday(汗をかくようなこと),” “How Do You Spell Simplify”など。ときにはある技術を持った人が参加していれば、その人がその技術を見せることがあります。それ以外の時には、参加者がプログラムに参加します。たとえば、 “A Beauty Full Evening”(美しさでいっぱいの夜)(訳注:Beautiful(美しい)とBeauty Fullをかけた)はキムが個人的に大好きなプログラムですが、女性たちが美しくなるための秘訣をお互いに公開しあいます。みことばの時には、キムは霊的な美しさへ変えられることや、イエス様が罪を取り除き人生をきよめて下さることを語ります。

 スウィート・マンデイは女性たちが輝くことのできる場を提供しています。たとえば、キムと同じ教会のある女性はケーキ・デコレーションが上手らしいということがわかりました。彼女は教会ではもっとも目立たない女性の一人で、キムも彼女のことをよく知りませんでした。しかし、キムはフットボール型のケーキをどのように作るか、パーティーに来て見せてくれないかと彼女にたのみました。彼女はキムの家の居間で実に活躍しました。時おり、キムは教会に来たことのない女性にもデモンストレーションをしてほしいと頼みます。そうすれば彼女はみことばの時間に福音を聞くことができるのです。

 調査によれば、福音的な伝道集会は数ある女性への宣教の中でもっとも効果が低いものだということです。なぜなら、伝道の鍵は人間関係だからです。スウィート・マンデイの働きは「女性をキリストのもとへ、1度にひとつの暖かい招待をする」ものです。キムは18歳から80歳の女性を迎えています。年齢を重ねた女性にとっては若い女性の相談を受ける機会があり、みなが互いにリラックスした雰囲気の中で励まされます。ほかにも独身女性、高齢女性、夫を天に送った女性、中学生を対象にしたスウィート・マンデイまであります。

 3年前にガンの診断を受けるまでも、多くの女性がキムの生き方を見、神に信頼する彼女の姿にならいました。ガンは大きな試練でした。JBU編集部では彼女にインタビューし、彼女がどのようにミニストリーを運営しているか、深刻な病の中でどのようにキリストと深い関係を保ってきたかを聞きました。



JBU: ご主人とご家族のことを聞かせてください。



キム: 1980年に、私はキャンパス・クルセードのスタッフとしてバージニア大学で働くよう導かれました。夫のマークは、大学生のクリスチャン・アスリートたちの交わりを勧める働きで、州の主事をしていました。学生のための祈り会で出会ったのが最初でした。彼はまさしく私の「輝くよろいをつけた騎士」であり、スーツをきちんときて、城のように広い建物でプロポーズしてくれました。結婚して22年になります。ケイリ(Kali)という15歳になるすてきな娘が与えられています。

 私はたくさんの子どもを生み、おそろいの服を着せたいとそれはそれはよく夢見たものですが、実際には何年もの間不妊に悩みました。ケイリは本当に祝福です。私は彼女のことを「特別なケイちゃん(Special K)」と呼んでいるんですよ。

 マークは私が自分自身のことを見つめるのを誰よりも助けてくれる人として神様が用いておられます。スウィート・マンデイを初めて1年がたったとき、マークは「もし君の考えを文章にしてくれたら、他の女性もそれぞれの自宅で同じようなことができるよう、50部のコピーを作ってあげるよ」と言いました。主に従順でありたいという気持ちで、そして夫に従うという思いで、私は書きました。

 その後、マークは「キム、君が女性たちの前で話すのが見えるよ」と言いました。私は主に、「私のような小さなものがそんなことをするなんてありえません。けれども、あなたが私にせよと言われることならば、その道をあなたが開いてください」と祈りました。6ヶ月後、女性の集会で話をしてほしいという依頼の電話を受け取りました。心臓が飛び出すくらい驚きました。これは主からのものであると感じ、行くべきなのだとわかりました。書いた本を50部持って、私は「王女様と深い穴」と名づけている自分の証をしました。私は王女のように育ちましたが、やがて深い穴に落ちてしまいました。私の結婚生活の1年目はそれは大変なものでした、という証です。私は4冊の本をそこに置いて帰宅しました。

 リッチモンドで最大のチェーンストア傘下のUkrop’sから、もっと多くの本を置いてくれませんかと声がかかりました。すぐに11以上の店舗に本が置かれました。1ヵ月後、近くの郡に住む女性から「私も近所の人とこの集まりを持っていいですか」という電話がありました。涙がほおを流れました。私はスウィート・マンデイが神様によって大きな働きとして用いられることをその時知りました。



JBU: なぜ結婚されてからの数年間、大変だったのですか。



キム: 私の期待が大きかったのです。結婚がどうあるべきかということについての多くの信仰書を私は読んでいました。フルタイムで主に仕える働き人が結婚生活で問題を抱えるとは、夢にも思いませんでした。私は幼くしてキリストを心に受け入れましたが、結婚するまでは、主の前に罪深さや欠けたところがあると気づいていませんでした。私は本当に自己中心的で身勝手でした。よろいをつけた騎士に、自分を守ってもらいたかったのです。

 しかし、私は失望と内面の葛藤を覚え、さらに試練にも直面しました。夫は思いがけない背中の手術のため2ヶ月間ベッドで寝たきりになり、仕事は誠実さを守るという理由だけのゆえに退職しました。私達の車は盗まれ、キッチンの屋根は陥没しました。ほかにもいろいろありました。これらの試練のたびに私は平静を失いました。なぜなら、私は「もし正しいことをしていたら、ずっと幸せに過ごせるだろう」という偽りを信じていたからです。代わって神は、試練を通して私を神により近づくものにし、また私に将来のための力を与えてくださったのです。これらの試練は私がガンになった時の備えとなりました。このガンもこの先起こることの準備なのだと思います。



JBU: 自分はミニストリーをする資格がないのではと思われたことがありますか?



キム: 毎日です!7000人以上の女性のティーパーティーは別としても、私はどんな規模であっても人前で話したいと思ったことはありませんでした。ジル・ブリスコー先生のキリストへの情熱と英国訛りがすてきだったので、私はティーパーティーに招きました。けれども、彼女は海外に行っていました。そこで神様は私に話すようにと言われたのでした。心は平静を失い、私はひざを震わせながら、私達の名前がいのちの書に記されることは、世界記録のギネスブックに載るよりも重要だということを話しました。

 私は他の人にキリストを示すとき、いつも弱さを覚えますが、みことばはむなしく帰ってこないということを信じています。その夜私はベッドにもぐり、もし恐れと自分にはできないという思いでやめていたら、神様が私達のコミュニティーに何かすばらしいことをなさろうとするのを押しとどめていただろうということを感じました。



JBU: どのように疑いや恐れを乗り越えたのですか?



キム: 結婚生活に困難を覚えた数年間は、私にとっては神様を求めた最初の時でした。私は毎日詩篇を読みながら叫びました。神様は他のだれにもできないやり方で私を励ましてくださいました。私は状況よりも神様について知っていることに焦点を合わせるということを学びました。

 ガンの診断を受けるまでに、主とみことばに思いを向けることが自然にできていたのです。眠れない夜には、主を知ることによる内面の平安を得て休息しました。神様は信頼でき、頼りになる方で、困難や失望の中でも私を見ていてくださる方です。私は女性たちが主を知るようになることにとても重荷を持っています。なぜなら、もし神様を知らなければ、深刻な問題にぶつかった時どこに助けを求めたらよいのでしょう?



JBU: 医師からマンモグラム(乳房X線写真)の異常について連絡を受けたときのことを話していただけますか。



キム: ショックを受けました。自覚症状がなかったですし、危険因子もありませんでした。まず心に浮かんだのは、「主よ、あなたは私の体に何かがあるのを全てご存知でした」ということでした。次に、「主よ、あなたを知らないで今もっと悪い知らせを聞いている女性たちはどうしているのでしょうか」ということでした。



JBU: ガンの治療中、最も辛かったのはいつでしたか。



キム: 2度あります。一度目は、髪がごっそりと抜けてしまったときでした。頭を剃ってもらって泣きました。もう一度は、乳房切除の手術で麻酔からさめた時で、乳房を再建してもらえなかったと分かったときでした。医師が化学療法と放射線治療を継続することにしたので、乳房が再建されなかったのでした。ショックでした。初めて鏡を見たとき、なぜガンは闘いだと言われるのかがわかりました。私はまるで戦争から帰ってきた人のようでした。最近になって、私は10時間かけてすばらしい乳房再建手術を受けました。再建しないで過ごしたのは3年間にも及びました。



JBU: 神様を疑ったり、もう限界だと思ったりしますか?



キム: いいえ、でもそれはただ神様を知っているゆえにだと思います。神様のご人格と、私や家族への神様の愛を知っているからです。神様がよい状況の中におられるのと同じく、辛い状況の中にもおられることを知っているからです。

 ガンとの闘いを通して、私は神様を新たなレベルで知ることができるようになりました。女性たちに、イエス様が最も偉大な慰め主だと知ってほしいと思います。どんな問題があっても神様と共に直面するなら、いかなる種類の痛みの中にも希望、助け、喜びがあります。自分の髪、そしてまつげ、まゆげ、体じゅうのあらゆる毛が抜けてしまうなら、私は外出できるくらいの姿になるまではきっと頭を隠したくなるだろうと思っていました。しかし、実際にはそのように思わなかったのです。私はピンクのバンダナをし、つけまつげのつけ方を研究し、未来に向かってほほえんだのです。



JBU: 辛い日々の間、どのように神様や他の人々との関係を保ちましたか?



キム: ガンは私をペースダウンさせるどころか、スピードアップさせました。医師や看護師を含め、他の人々とかかわる機会が飛躍的に増えました。ガンと診断されて、私は人生がいかに短いかを実感しました。ですから、神様が私と出会わせてくださった貴重な人々に喜んで接し、感謝し、仕えています。私が弱ってしまうと思った時に、神様は私の心を女性たちと神様に向けて花開かせてくださいました。主イエス様と共に旅路を歩んできたので、私は今はよりいっそう彼を愛しています。彼こそ私の岩であり、私は彼にしっかりとしがみついています。



JBU: 病気の間、ミニストリーの働きをやめる必要があると感じたことがありましたか。また、それをどのようにして知りましたか。



キム: はい、化学療法や放射線治療、その他の薬の副作用が出たときです。医師が、治療期間にはそれぞれ数日間トラックに衝突したときのように感じるかもしれないと注意してくれていました。それで、大好きなピンクのパジャマを着て嵐が過ぎるのを待ちました。



JBU: あなたが病気になったことは、家族や結婚生活にどう影響を与えましたか?



キム: 家族の忙しいスケジュールに加えて医師の診察や治療の日程が入ることは、時には大変です。私がいろんなことをお祝いしたがるので、マークは家計が破綻すると言いたいかもしれません。けれどもガンになって最も強調したいのは、当時12歳だった娘のケイリのことです。手術を受ける前、私はケイリに「あなたに一つの仕事を頼むわ。それは心配しない、ということよ。」と言いました。私達の秘密の合言葉として「仕事はどう?」と尋ねることにするわ、と彼女に言いました。

 数週間後、私達は3人で旅行しました。日程の都合で、ケイリは別のフライトを使わなければなりませんでした。私は空港で心配になり、自分のガンよりも娘が別のフライトになることの方が、神様に信頼するには難しいのだと話しました。娘は私の方を向いて「ママ、ママにも一つの仕事があるわよ」といいました。娘は真実を体験し、私にも同じように返してくれたのです。



JBU: 現在は、心配しないという「一つの仕事」をどのようにされていますか。



キム: 心配し始めるくらいなら、代わりに神様が私に望んでおられることをするでしょう。それは神様や他の人々との関係を深いものにするということです。私は自分が持っていないものよりも持っているものに目をとめるようにしています。悩んだりあきらめたりすることもできますが、思い煩いは主に委ねています。それで私は思い煩いに使っていたエネルギーを宣教のために使えているのです。他の人々に焦点を合わせることで、私の重荷は軽くなります。



JBU: ガンと診断されてから、あなたのミニストリーはどのように変化しましたか?



キム: ミニストリーにはそれほど変化はありませんが、私自身が変化しました。頭髪を失うに伴い、キリストを分かち合うのにより大胆になりました。身体があまり強くなくなったので、ただ神様だけが5つのカップケーキと2個のキャンディーを増やし(訳注:「5つのパンと2匹の魚」にかけている)、1年間でスウィート・マンデイを倍増させることがおできになったのです。



JBU: ガンの友達がいるとしたら、どのようなアドバイスをしますか?あるいは何を言わないようにしますか?



キム: 尋ねられない限りアドバイスはしないようにしていますが、ハグをしたり、食べ物やカード、本、新しく出たリップスティックをあげたりします。今「Beauty Tips for The Bald & The Breastless(頭髪と乳房を失った人のためのビューティー・アイデア)」という本を執筆しています。自分が感じるよりもすてきに見えるための具体的なアイデアの数々です。

 励ましということでは、その人にイエス様を紹介します。ある牧師がHOPE(希望)の頭文字を使うのを聞きました。「Happy Optimism of Promises Expected.(期待できる約束に基づく楽観主義)」というのです。私達の希望は状況でも感情でも医師の診断でもなく、キリストにあるのです。言わないようにしていることですか?ガン患者に向かって「何を食べているのですか」とか「人生で告白していない罪があるのではありませんか」とは決して尋ねません。



JBU: あなたのミニストリーは今後どうなっていくのでしょうか?



キム: 私は死ぬまで自宅でスウィート・マンデイを開くと思います!スケジュールが許す限り、講演の奉仕依頼も受けます。最近スウィート・マンデイの手引き書の4冊目を書き終え、ラジオ番組スウィート・マンデイ・ミニッツ(Sweet Monday Minutes)も60本の収録を終えました。私が伝道するとき分かち合っているのと同じことを語っています。訓練のためのビデオやセミナーもしています。私の願いは、私の死後もスウィート・マンデイが長く続いていくことです。

 この前のスウィート・マンデイで、一人の女の子が来てこう言いました。「私、来週の月曜日からスウィート・マンデイを始めるんです。近所に200枚のチラシをまきました」と。畑はまさに「ピンク」に色づいて収穫を待っているのです。



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●スウィート・マンデイを始めたい、あるいは自分の地域で持たれている集まりについて詳しく知るには: www.sweetmonday.org (ラジオ番組へのリンク: “The Sweet Monday Minute”),

メール sweetmondaymail@yahoo.com または 電話804.754.4333(アメリカ)).



●おすすめの資料:

・Praying Through Cancer: Set Your Heart Free From Fear(ガンの中で祈る:恐れからの解放) Susan Sorensen and Laura Geist

~静思のための本で、キムも執筆者の一人。



・www.LookBetterThanYouFeel.com

~キム発案の術後用キャミソールの新しい販促サイト。患者たちが診察室でもう服を脱ぎ着しなくてもよい作りになっている。フェミニンでデニムジャケットやブラウスと合わせるとすてき。キャミソールは商標登録・特許取得済。



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コンスタンス・B・フィンク(Constance B. Fink):牧師夫人であり、事務員、フリーのライターでもある。 ニュージャージーの都市部にある教会の牧師家庭の子どもとして育ち、心理学の学位を得た後ムーディー・バイブル・インスティテュートの女性舎監となる。現在はアルカンサスにある教会で夫のデイブと共に奉仕している。



Copyright 2007 Constance B. Fink. Tranlted from Just Between Us, 777 S. Barker Road, Brookfield, WI 53045.

人生におけるレッスン 

    ジル・ブリスコー        




 近頃、私は講演の依頼を受けました。「人生におけるレッスン」というテーマです。もし人生をやり直せるなら違ったやり方をしただろうと思うようなこと、あるいは「長い」人生での後悔やそういった類のことについて話すように頼まれたのは、これが初めてではありませんでした。人々にとっては、普遍のテーマといえるのでしょう。



 私は紅茶を入れ(英国人は大変なことに直面したときこうします)、ロッキングチェアーに座り、私の71年間の人生を振り返って「何か話す素材があるだろうか」と思いをめぐらせました。

 そしてあまり重要でないものは省き、上位5つの事柄にしぼってみました。あなたにも分かち合わせてください!



自己の価値 
~どれだけ年をとっても、神の目には若いときと変わらず価値がある。



 年を重ねると、自分の年齢を認めたくなくなってきます。周りの人がどう思おうと、自分では決して年をとったとは思いません!

少し前のことを思い出します。駐車場が凍っていて転倒してしまったとき、一人の若者が携帯電話で救急車を呼んでくれました。彼はこう言ったのです。「お年寄りが駐車場で転びました!」私は「あら、驚いたわ。私と同時に、だれかほかの人も転んだのね」と思ったのです!

 でも、それでもよいと思うようになってきました。なぜなら、私は今もまだ夢を持っているからです。神様のために登りたい山、渡りたい増水中の川があるからです。80歳になってなお若かったカレブのように、私は「この山を征服させてください」とチャレンジを求めています。

 どういうことがおわかりですか?年齢は関係ありません。私達が神様から与えられた賜物は老いることがありません。主への思いはいつまでも若いままでいることができるのです。そして、私が熱心に愛する神様を、世界の失われた人々が少しでも愛してほしい、という壮大な熱い願いのゆえに、喜びをもって、私は肉体的な衰えを忘れ、ますます高いレベルへと駆り立てられるのです。

神は、人生の終わりまで、私を神の国のために用いることができる価値ある者と見ていてくださいます。



礼拝
~私にできる最善のことは、他の人が私の生き方を見て神を知りたいと思うようになるほど、自分自身が神様を知ることです。



 個人的な礼拝によって、個人的な変化が起こります。私は毎日、「私は神の王座の前にいるだろうか?天使の歌声を聴いただろうか?『悲しんでいます』と言っただろうか」と自問します。「心を探る」のを実践すると、「私は素晴らしいのだ」とは言わなくてよくなります。神様は「自分のことを実際よりえらいと思う」者を用いることができません。・・・これが人生におけるレッスンです。

 「いつまでも祈っていたい」と思ったのはいつのことだっただろうか、と時々恥ずかしくなることがあります。あなたは祈りながらも、時計の針を気にしてはいませんか?私達は意識的に神を求めることが必要です。「私はどこで養われているのだろうか。心をどこに向けているだろうか」と私はいつも自問しています。

 私の人生はいつも神との霊的な親しさから始まります。実際、人生の成功は神との霊的な親しさにかかっているのです。



空き時間  
~「私の」時間というものは存在しない。



 宣教にかかわっているなら、決まった営業時間はありません。オズワルド・チェンバーズは「あなたはあなた自身のものではありません。神は聖徒たちの個人的な生活を分割し、一方の道をこの世のため、他方を神ご自身のためとします。」と言っています。

 それは旅なのです。神様は、世の人々を送り、私たちの家や家族に試練を与えられますが、それはなによりもまず祝福なのです。

 イエス様は何度も「来て少し休みなさい」と言われました。そうすることで、養われ、教えられ、癒され、助けられる必要のある5000人の人にようやく対応できるのです。

 私達はイエス様のおっしゃった通りに努力して休もうとしますが、「養ってください、教えてください、癒してください、助けてください」と要求する5000人の人々に出会うのです。

 主が「彼らをそのまま返してはいけません。あなたが何か食べるものを与えなさい」とはっきりとおっしゃったのを聞きました。私達は自分のわずかなパンと魚を持って従うことに葛藤を覚えます。そしていやいやながらしぶしぶ従うことと、寛大さに欠けることを恥じるのです。

 自分の計画を手放し、神に私達の人生の予定を明け渡すなら、驚くべき冒険の連続になることでしょう。でも心の中にはいつも「感謝」があります。そしてそれより大きな報いはありえないのです。



従順
~神への願いについて無条件になる。



 神への従順は無条件でなければなりません。エレミヤ書の言葉が浮かびます。「わたしがあなたを遣わすどんな所へでも行き、わたしがあなたに命じるすべてのことを語れ」(エレミヤ1:7)。こう言われて、私にそれができるなら「はい」と答えます。「もし報酬があるなら」とか、「もし自分の本やCDを売ってもよいなら」とか、「もし家ではなくホテルに滞在できるなら」とか、「もし語るだけでよく、それ以後の人々の必要は気にしないでよいなら」などと言ってはならないのです。「もし」や「でも」と言うべきではありません。

 私達が無意識に人々に印象を与えていくことは、彼らに仕えることと同じだといえるでしょう。私が無意識に人々に印象を与えていくのは、人々に仕えることに自分の生涯を捧げることと同じです。

 そしてキリストは「私がこれらの人々の一人にしたのは、神に対してしたのと同じなのです」と言われました。聖書に書かれているように、私がこれらの人々の一人にしていることは、主にしていることと同じです。

 キリストの香りを放つ人の香りは、少なくとも周りに神の臨在を広める人には感じることができます。キリストの臨在の香りを広めている人は、自分がキリストの香りを放っていることを全く意識せずに行っています。

 私は「神様が私という人間を知ってくださっていることだけで満足すべきである」と学びました。ほかの人がどうあろうと関係ないのです!私が行っていることは、周りの人々が気づいているかどうかに関係なく、ただ主が知っていてくださることに喜びを持つことだと学びました。

 自分が香りを放つか、クリスチャンらしいか、効果的に話したか、CDがたくさん売れたか、人々を笑わせたり泣かしたりしたか、などを気にする必要はありません。聖霊の力によって語るべきことを語ったか、聖霊の力だけによりたのんだか、それのみです。

 大切なことは、主が私に語ってほしいことを聖霊の力によって語ったかどうかであり、また自分が主の邪魔になっていないかということです。

 人々からどう思われたか、人々の心に届いたか、などは関係ないことです。神様からどう思われるかだけが重要なのです。人々が私をどのように感じ受け止めたかは、全く考えなくてよいのです。 ただ神様のためだけに生きるのです。



満たし
~主の満たしは不足することがない。



 富や健康、愛、友人、教会、希望はなくなることがあるかもしれませんが、神様が足りなくなることは決してありません。

 このことについての本を出版して、流し出せば神様が満たしてくださること、決して主の満たしは不足することがないことを改めて思いました。

「小さな油壺(A Little Pot of Oil)」という題の本を出版したことがありますが、自分を注ぎ出せば、主が注ぎ込んでくださり、私達は決して神に不足することがないことをもう一度思い出しました。 神様は聖霊というご人格の中に必要なものをすべて備えておられます。

 いつまでも尽きることなく燃え続ける秘訣は、正しい火を燃やすことです。自分の努力や野心の火によるのではなく、聖霊による火です。

 私は毎日、自分が聖霊を抑え、拒み、悲しませていないか、聖霊に身を任せ、聖霊ご自身の働きによって心を新しく生かしリフレッシュしているか、自分に問うようにしています。 聖霊に満たされ、神の支配のもとにあるなら、私は燃え続けられます。



 これらは私が人生で学んだいくつかのレッスンです。1年たってもう一度問われれば、間違いなく今より深く学び、尋ねる人にもそうでない人にも、より多くを分かち合うことができるでしょう。

さあ、あなたが人生で学んだレッスンは何ですか。そのことを、時間をとって主に尋ねてみてください。



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ジル・ブリスコー(Jill Briscoe):
 講演、執筆による宣教で世界的に活躍している。著書は40冊以上あり、その中には聖書研究の手引き、デボーションガイド、詩集、子ども向きの本もある。Just Between Us のエグゼクティブ・エディター。ワールド・リリーフ(World Relief)およびクリスチャニティー・トゥディ誌(Christianity Today)の理事も務める。


 イギリス・リヴァプール生まれ、18歳でクリスチャンになって以来、若者への宣教に従事。1958年にスチュアート(Stuart)と結婚、以後夫婦で国を越えてクリスチャンの集会やセミナーで奉仕する。アメリカに渡りウィスコンシン州ミルウォーキー郊外のエルムブルック・チャーチ(Elmbrook Church)でスチュアートは30年にわたり主任牧師として働く。現在、スチュアートとジルは同教会の大衆伝道者として仕えている。3人の子どもと13人の孫がいる。







Copyright 2007 Jill Briscoe. Translated from Just Between Us, 777 S. Barker Road, Brookfield, WI 53045.

バランスのとれた人生とは Balancing Act 

JBU誌の編集スタッフが語る、 人生の季節をよく生きること 聞き手 Ann M. Cook 私たちは皆、バランスを取るのがなかなかうまくいきません。 家族の世話、ミニストリー、介護、奉仕は、私たちが抱えるほんの一例です。 たいてい、これらをすべて同時にこなさねばなりません。 JB...