2025/02/11
バランスのとれた人生とは Balancing Act
2025/02/08
意図的な休息、その恵み
2024/04/03
Intentional Living :神の計画を意図的に生きる(1)
2023/03/27
スチュアート・ブリスコー師の生涯を覚えて
「結婚生活の秘訣は'ABC’、すなわち『誓いを土台にした調整(Adjustments Based on Commitment)』ですね。」(2018年春号)
「この世界は混乱していますが、それがすべてではありません。神が働いておられ、神のご計画が果たされていくのです。私たちは一人がひとつずつ、神のなさっていることに参加するよう召されています。」(2016年秋号)
「人生で変化を通り成長する度に、多くの素晴らしい経験とそれほどでもない経験を通るでしょう。しかし覚えておくべきは『静まりそれを背負うこと』です。なぜか?それは、あなたが支配しているのではなく、あなたはやってくることのすべてをコントロールすることができないからです。でも、神にはできます。そして、神は約束された通り、それらを支配してくださるのです!」(2019年秋号)
「生まれた時のことを覚えていますか?恐らく答えは『いいえ』でしょう。今生きているから、ああ生まれていたんだなとわかるのです。同じように、もしキリストがあなたのうちに生まれているなら、彼の人生があなたの人生に反映するようになります。次第にはっきりとしてきます。あなたが通る経験の中で、イエス・キリストにさらに似た者となっていくはずです。」(2013 年冬号)
ほっこりしよう!~心のヒュッゲ~
2023/01/03
感謝の心を育てる、シンプルな方法
- 祈りながら、難しい状況がきても心が準備できているようにする
- 一日の初めと終わりに、感謝することにする
- 否定的なことを言うのをやめて、かわりに感謝することを選びとる
- 「~すべき」と言うかわりに「~したい」と言う
- 自分自身と他人とがともに不完全、不十分な者だと認め、神に信頼する
- 結論を急がない。最悪を想像しない
- 神から受けたゆるしと恵みを他の人にも与える
- 自分がしてほしいように他の人にする
- 人生への過度な期待を手放す
- できていないことよりも、できていることを見つける
- 自分に批判的な人との間に境界線(バウンダリー)をひく
- 感謝を思い出させてくれる聖書箇所を暗記する
- 「感謝」という聖なる習慣を身につけられるよう、聖霊の助けに信頼する
2022/09/19
握っているものを手放す
キリスト・イエスのうちにあるこの思いを、あなたがたの間でも抱きなさい。
キリストは、神の御姿であられるのに、
神としてのあり方を捨てられないとは考えず、ご自分を空しくして、しもべの姿をとり、人間と同じようになられました。人としての姿をもって現れ、自らを低くして、死にまで、それも十字架の死にまで従われました。それゆえ神は、この方を高く上げて、すべての名にまさる名を与えられました。それは、イエスの名によって、天にあるもの、地にあるもの、地の下にあるもののすべてが膝をかがめ、すべての舌が「イエス・キリストは主です」と告白して、父なる神に栄光を帰するためです。
2022/06/30
「余白」をつくる
2021/10/05
同時多発テロで息子を失って
~ トッド・ビーマーの母、この20年を振り返る
Greg Asimakoupoulos
2001年9月11日以前、「911」といえば緊急電話番号でした。けれども、世界貿易センタービルにハイジャックされた2機が突っ込んでからは、その3桁の数字は意味が全く異なってしまいました。
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20年前(2021年8月現在)に、9・11は全く違う意味になりました。そして、9・11の出来事に関連して、決して忘れられない悲劇として覚えられる語も生まれました。「ツイン・タワー」「グラウンド・ゼロ」「ユナイテッド・93便」、そして「レッツ・ロール!」。
「レッツ・ロール(Let's Roll)!」とは、ユナイテッド93便に乗っていた33歳のクリスチャン、トッド・ビーマーが言った言葉でした。ビジネスマンだった彼は、他の乗客と共に、コックピットのテロリストに向かって行動を起こしたのでした。
93便は首都に向かうためにニューアーク空港を離陸した後、テロリストによってパイロットが殺害され、操縦が乗っ取られ、本来の目的地から外れて飛行しました。
トッドと乗客たちの勇気ある行動によって、テロリストの攻撃の狙いは外れました。93便はペンシルベニア州シャンクスビル郊外の農場に墜落し、乗客乗員全員が死亡しました。
トッドの母ペギーはメリーランド州ポトマックの一主婦でした。
雑用で車に乗っていたとき、ラジオで世界貿易センタービルとペンタゴンへのテロのニュースを耳にしました。もう用事はどうでもよくなりました。家に戻る途中、4機目がペンシルベニアの田舎で墜落したことを知りました。
「まさかトッドがそのうちの1機にのっているとは思いませんでした」ペギーは回顧します。「だって、私の知る限り、息子夫婦は会社から与えられたイタリア休暇を楽しんでいるはずだったからです。」
トッドは予定の前日妻のリサとともに帰宅し、テロ当日はカリフォルニアに移動することにしていました。それを母親には連絡していませんでした。テロの後リサからの電話を受けて、ペギーはそのことを知りました。9月11日の出来事は個人的にも、また永遠にも彼女の人生を変えました。
息子が93便に搭乗し死亡したと正式に連絡があった後のことです。ペギーは息子トッドが最期の時に信仰を働かせた様子を知りました。それは彼女と夫のディビッドが彼に見本を示してきた信仰でした。
トッドは43人の乗客と共に死に向かっていた時、妻に電話をしようとしました。ところが繋がらず、電話オペレーターと話しました。彼女が後にその会話と彼の言葉をリサに知らせてくれたのでした。
トッドはオペレーターに主の祈りを祈ってほしいと言ったそうです。彼と妻リサは、聖書研究の小さなグループでちょうど主の祈りを学んでいるところでした。
キリストが模範を示されたその祈りは、トッドにとって初めてではありませんでした。母親の膝で、トッドは聖なる神が愛の父なる方であることを学び、日々の必要や赦しを祈っていたのでした。
筆者はこの20年間、チャプレンとしてビーマー一家と親しくしてきました。インタビューを通して、若い夫・父・そして信仰者だった人物の遺産が、母からの愛に根ざしていたとわかるでしょう。
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トッドの死から20年間、あなたの信仰の歩みには何か変化がありましたか。
ペギー:神様をさらに近く感じるようになり、神様に信頼できることをより感謝するようになりました。
私たちも多くのアメリカ人が感じたように、息子の生き様に励まされました。息子は正しいことを正しい時にする、という見本を残してくれました。デイビッドも私も自分の信仰や、キリストにある希望について励ましを分かち合う機会を多く頂きました。
読者に向けて、国のためにどう祈ればよいと思われますか。
ペギー:9・11から何年も過ぎるに連れ、思い起こす機会がだんだん少なくなっています。月日の経過と社会の変化でそうなるのでしょう。忘れ去られてしまうのかしら、と少し心配になります。夫も私も、この国が神様のご計画に反する国とならないでほしいと願っています。米国は眠った状態でした。9・11で揺り起こされました。しかしまた眠っているようにも感じるのです。神様が私たちを居眠りから覚めさせてくださいと祈る必要があります。
国として、私たちは文化だけでなく神も遠ざけたがっています。選挙で選ばれた人たちが、行動も法制定も神様の真理に従ってできるようにと、私たちは毎朝祈ります。また、神様とみことばにもっと信頼し、神の真理を人生の道しるべとできるようにとも祈ります。
あなた方ご夫婦は、トッドの足跡が風化しないように何かなさっていますか。
ペギー:トッドは、家のそばにあったミッションスクールのウィートン・クリスチャン・グラマースクール、ウィートン・アカデミーに通いました。毎年、母校のウィートン・アカデミーではトッド・ビーマー・ゴルフトーナメントを開催して学校の資金集めをしています。現在私たちは離れたオハイオ州に住んでいますが、夫はよく参加します。
保護者会にも多くの友人がおり、トーナメントの折には会って近況を分かち合います。
もちろん、トッド自身の子どもたちとも思い出の数々を話しますよ。
トッドの奥さんのリサとお子さんたちはどうされていますか。
ペギー:皆元気にしています。リサは母親として立派に子どもたちを育てました。
リサとトッドはウィートン大学で出会いました。学校の方針が彼らの信仰に根ざした価値観を育み、結婚に導いてくれました。素晴らしいキリスト教主義の学校には、孫たちの教育でもお世話になりました。3人の孫は両親と同じようにウィートン大学に進みました。
祖母だからほめるわけではありませんが、孫とリサはとてもよい人物です。彼女たちがいてくれることでとても祝福されています。
20年目の節目の年、9月11日をどのように過ごされますか。
ペギー:これまでの9月11日は家族で過ごし、メディアや大きなイベントへの参加は控えてきました。今年は例外です。私たち夫婦はシアトルに行き、息子の名にちなんだ校名がつけられた公立の学校で話をします。そのトッド・ビーマー高校での講演後はワシントン州カシミアに移動し、20周年の式典に出席します。夫デイビッドはそこでも講演します。
トッドの人生と信仰で、特に記憶に残してほしいことは何ですか。
ペギー:トッドは信仰の人、神に信頼した人、そして正しいことをいつもベストを尽くして行う人でした。ほとんどは日常の小さなことでしたが、家族や友人にとっては大切なことでした。いつも最後まであきらめませんでした。多くの人の記憶に残る、あの人生最後の日にも、祈って正しい、大切な行動をしました。
トッドの好きだった聖書のことばの一つはミカ6章8節、「主はあなたに告げられた。人よ、何が良いことなのか、主があなたに何を求めておられるのかを。それは、ただ公正を行い、誠実を愛し、へりくだって、あなたの神とともに歩むことではないか」でした。
もし、人生で最悪の出来事に直面している人がいるなら、その人への希望と励ましの言葉がありますか。
ペギー:神が考えてくださっていると信じて、と言いたいです。神が与えた自由意志を濫用して、人間は完全な被造物から堕落してしまいました。この世界に罪が入ったため、時には良い人に悪いことが起こります。私にとっての最悪な日の9・11とその後、私は日々力と慰めが与えられるようにと祈りました。
イザヤ書26章3節の祝福は本当です。
「志の堅固な者を、あなたは全き平安のうちに守られます。その人があなたに信頼しているからです。」
どんなに困難な状況に直面しても、真実なる神様を見続けてください。神様はあなたのことを心配し、日々助けを与えて下さる方です。
グレッグ(Greg Asimakoupoulos):シアトル郊外の退職者クリスチャングループ、カバナント・リビング Covenant Living at the Shoresのフルタイムチャプレン。「恵みに憩うSheltering in Grace」「不確実な時代の希望Hopeful Insights for Uncertain Times」などの著書12冊がある。妻ウェンディとワシントン州マーサーアイランド在住。
Copyright 2021 Greg Asimakoupoulos, She Lost Her Only Son on 9/11. Translated from Just Between Us, 777 S. Barker Road, Brookfield, WI 53045
2021/07/23
女性 タビタに学ぶ
シェリル M. スミス Cheryl M. Smith
Just Between Us誌 2021夏号より
タビタの記事はごく短くまとめられていて、読み飛ばしてしまいそうです。
使徒の働き9:36-42では、タビタという女性について書かれています。彼女はヤッファ(ヨッパ)の町で、貧しい人や未亡人を助けていました。彼女の親切とあわれみの心で人々はおおいに助けられていました。
悲しいことに、彼女は病気になり死んでしまいました。彼女が息を引き取ったとき、未亡人や貧しい人々は涙ながらにペテロの元に集まって来て、タビタが心をこめて繕い縫ってくれた服を見せました。タビタは未亡人に尊敬を持って接し、神の福音そのものの生き方を示しました。彼女がいなければ、どうなってしまうでしょうか。
ペテロは皆に部屋から出るように言いました。そしてひざまずいて祈りました。するとタビタは生き返ったのです。この奇蹟がとても素晴らしかったので、ヤッファの町ではリバイバルが起こりました。この記事から何を学ぶことができるでしょうか。
・タビタはイエス様の弟子であった。
使徒の働き9:36を見ると、タビタはイエスの弟子だと記録されています。原語のギリシア語では、「弟子」の女性形です。これは新約聖書でここにだけ使われています。
タビタは真の弟子でした。タビタに会ったら、イエス・キリストへの信仰に貫かれた人物だとわかったでしょう。彼女の態度、生き方、言葉にはそれが表れていました。また、彼女は自分の宣教のフィールドがヤッフォの貧しい人々や未亡人であることを自覚していました。
・タビタは人生を100パーセント生きた。
夫を亡くした人たちは、タビタの生きた社会では多く見られました。初代教会には、だれにも養ってもらえずにいた女性たちを助けるという責任がありました。タビタの働きはベビーシット(子守り)、心の痛みに耳を傾けること、服を縫うことでした。彼女は自分の人生をそうした必要を最も持つ人たちの日常に注ぎました。
豊かな人生を生きるとは、自分自身をささげることだとタビタは知っていました。
・タビタは賢く投資した。
タビタは、自分が神ほど多くのものを与えられないことを知っていました。イエス様は「わたしの弟子だからとうことで、この小さい者たちの一人に一杯の冷たい水でも飲ませる人は、決して報いを失うことがありません」(マタイ10:41-42)とおっしゃいました。
上着を繕ったり継ぎ布を当てたりすることが、神の国にどんな意味があるのでしょう。こんな些細なことに何か意味があるでしょうか。
もちろん、あります。誰のためになっているのかあなたは知らないかもしれませんが、神様は知っておられます。こうした小さくも気前のよい働きは、傷ついた世界で神の恵みの香りとなるのです。
私たちの中でペテロのようになる人は多くありません。おそらく、奇蹟的に病人をいやしたり死人を生き返らせたりすることはないかもしれません。しかし、ささやかな恵みを表す働きも、同じように価値があり力があるのです。裁縫をしたり食事を作ったり、ハガキを送ったり、励ましの電話1本をかけたりすることでも、あなたはイエス様の弟子であり、目的のある人生を送っており、神の国のために投資しているのです。
タビタは私たち全てが見習うべき、美しい姿を残してくれています。
2021/05/25
バイブル・スタディー「若葉の季節」
** 今回はJBU誌の中から聖書の学びの翻訳をお届けします。**
15分のバイブル・スタディー「若葉の季節」
Dorie Etrheim
Just Between Us誌 2021年春号
詩篇92:13「彼らは主の家に植えられ 私たちの神の大庭で花を咲かせます。」
春は芽吹きの季節です。みずみずしい緑の新芽が枯れた木に現れ、花が咲きます。砂漠でも、野草が咲き色とりどりの花が見られます。春は冬の後に力強く現れます。
私の住んでいるところでは冬は寒くて辛い季節でした。冬が早く過ぎ去るようにとよく思いました。あなたは「早く過ぎ去るように」と感じた人生の季節がありますか。落胆し、混乱し、孤独だった季節がありますか。どんな状況にあっても、私たちが野草のように新芽を出すにはどうしたらよいのでしょうか。
詩篇1:1-3「幸いなことよ 悪しき者のはかりごとに歩まず 罪人の道に立たず嘲る者の座に着かない人。主のおしえを喜びとし 昼も夜もそのおしえを口ずさむ人。その人は流れのほとりに植えられた木。時が来ると実を結び その葉は枯れず そのなすことはすべて栄える。」
詩篇92:12-15「正しい者はなつめ椰子の木のように萌え出で レバノンの杉のように育ちます。彼らは主の家に植えられ 私たちの神の大庭で花を咲かせます。彼らは年老いてもなお実を実らせ 青々と生い茂ります。こうして告げます。『主は正しい方。わが岩。主には偽りがありません。』」
エレミヤ17:5-8「主はこう言われる。『人間に信頼する者はのろわれよ。肉なる者を自分の腕とし、心が主から離れている者は。そのような者は荒れ地の灌木。幸せが訪れても出会うことはなく、焼けついた荒野、住む者のいない塩地に住む。主に信頼する者に祝福があるように。その人は主を頼みとする。その人は、水のほとりに植えられた木。流れのほとりに根を伸ばし、暑さが来て主暑さを知らず、葉は茂って、日照りの年にも心配なく、実を結ぶことをやめない。』」
l 祝福を受ける正しい人は、どのように描写されていますか。
l 聖句の中で、心にとまった部分はどこですか。
l 人に信頼する人と神に信頼する人を比較してみましょう(エレ17:5-8)。
自分のことを、まるで荒れ果てた土地に生えた低木のようだと感じたことがありますか。私はあります。辛かった時期を思い出すと、自分と周囲の人に頼って生きていました。恐れ、心配、不安、自己満足という土壌に根ざしていました。決してそこから栄養を得ることはできませんでした。霊的にしぼんで弱っていると感じました。あなたは、自分の根がどんなところに生えていると思いますか。
さらに深く・・・
主の家に植えられるなら、私たちは川のほとりに植わった木のように強く成長します。その根は生ける水に深く根ざし、恐れも心配もなく、いつもみずみずしく葉を茂らせます。
エペソ3:14-21「神のご計画の深さと広さを思う時、私はひざをかがめて、天上と地上の家族の父である方に祈ります。どうか、父なる神が、その栄光に満ちた無限の富の中から、御霊を通して人を内面から強くする力を、あなたがたに与えてくださいますように。こうしてキリストが、信じるあなたがたの心に住んでくださいますように。
そして、神の愛がどれほど広く、どれほど高く、どれほど深いかを理解することができますように。さらに、あなたがたがキリストの無限の愛を知って、キリストの愛といのちに満たされますように。どうか、私たちの祈り、願い、考え、望みをはるかに超えたすばらしいことを、その偉大な力でなされる神に、栄光がありますように。どうか、キリスト・イエスによって、教会に救いの計画をもたらしてくださった神に、栄光が永遠にありますように。アーメン。」
コロサイ2:6-7 「すでにキリストの救いを信じたあなたがたは、日常の問題についてもキリストに信頼し、キリストと共に生きなさい。キリストに根を深く下ろし、そこから養分を吸収しなさい。主にあって成長し続け、真理に立って、強くたくましくありなさい。すべてに感謝し、喜びにあふれて生活しなさい。」
l パウロは私たちの根についてどう言っていますか。
青々と茂る木のように、深く根を張るにはどうしたらよいでしょうか。それは、信頼することから始まります。心から、主に信頼しましょう。主の変わらない愛に信頼しましょう。約束に信頼しましょう。神の愛に頼り、力と平安を頂きましょう。まず神を求めましょう。今日、どんな事柄で神に信頼できるでしょうか。
神のことばを黙想することで栄養を得ましょう。「黙想する」とは、継続的に神のことばを声に出したり、考えたり、生活に適用したりするという意味があります。みことばを自分自身や友人に語り、祈りで主に述べましょう。あなたは昼夜何を考えていますか。恐れでしょうか、それとも信仰でしょうか。平安でしょうか、それとも問題でしょうか。
日々神の愛を受け取りましょう。少し時間を取って、気がかりなことをイエスの足元に置きましょう。イエスに近づき、その御腕に憩い、あなたへの変わらない愛を受け取りましょう。イエス様はあなたの心のどの場所におられますか。
l あなたが主に「しっかりつかまる」方法を一つ挙げてみましょう。
l 記録のために: 今日イエス様と過ごす時間を見つけましょう。エペソ3:14-21を書き写し、「主にあってたくましく」なりましょう。この聖句を昼も夜も黙想してみましょう。あなたの若葉の季節です!
2020/05/11
孤独な日々は神様に近づく時

リサ・エリオット(Lisa Elliott)
- 命を脅かし、健康を脅かし、思考に影響を及ぼし、活動を調整させ、関係を断つものに対しすでに知っていると考えて、実際に見ていない状況を何とかしようとしている。
- 全然いつも通りではないとわかりながらも、落ち着いていつものように仕事をしようとしている。
- 内心は不確実、無知、不安と恐れがわきあがっていても、外見は平静にしている。
- 目に見える限界とだんだん増えていく制限があっても、なるべく自由に過ごそうとしている。
- 自分の世界の何かがおかしくなってしまったという感覚を覚えつつ、先行きが見えずぼうっとした虚無感の中で日々過ごしている。
- 本当はほとんど何もコントロールできないと知りつつも、コントロールできるかのようにふるまっている。
- 本当に目的があるのかな、と思いながら、目的をもって生活することを選んでいる。
- 書き物をするペンを鉛筆に持ち替え、手にはいつも消しゴムを持っている。
- 目まぐるしく変わる生活に絶えず順応しようとしている。
おそらく、神様はこの歴史上特異な時期を用いて、私たちがこれまで思い込んでいた生活を再調整させてくださっているのかもしれません。
もしかすると、このパンデミックは「私たちが自分自身に頼らず、神に頼る者となるため」(第二コリント1:9)なのかもしれません。
現在の社会的孤独は、私たちがもっと深い次元で神様とつながる特別な機会として与えられていると言いうるのかもしれません。
神様は決して私たちを離れたり捨てたりすることはないと約束しておられます(申命記31:6、ヘブル13:5)。
私たちが神様につながり錨を下ろしているなら、神のことばは私たちの不安定な日々にも揺るがない希望を与えてくれるのです。
「神に近づきなさい。そうすれば、神はあなたがたに近づいてくださいます」(ヤコブ4:8)。
2018/08/08
卒業シーズンの嘆きと恵み Graduation, Grief and Grace
「どの会社に就職するの?」
「結婚したら、新婚旅行はどちらへ?」
アメリカでは6月は喜びの季節です。毎年、喜びとうれし涙の卒業と結婚、プロム(訳注:卒業のダンスパーティー)とパーティー、贈り物と正装の年度末があわただしく終わります。
しかし、重い障がいを持つ子どもの親にとっては、この時期は悲しみに襲われる季節でもあります。
私の息子のような子どもたちにとっては、時と機会は違った流れ方をします。
他の人の式典やお祝いに出席する時、あるいは誰かのプロムの写真をソーシャルメディアで見る時にはいつも、私たちは礼儀正しくにっこり微笑みます。
けれども心の中では、静かに悲しみます。
また、この時期は私の信仰がゆらぎ、神観が問われる時です。
罪の贖いに価値をおく
2000年前、天が開け、聖なる全く特別な方の誕生を告げる神の声が聞こえました。
その方は祝典と冠を受けるに最もふさわしい方でした。
神の愛するひとり子、神の喜ぶ子であり、洗礼を受け、若くしての死に従われた方でした。
無名で生まれ、身分の低い大工の子として育ちました。ご自身が結婚することはないと十分に知りつつも婚礼の席では喜びを表し、決して親になることはなくても喜んで子どもたちの病気を癒されました。祭りの祝宴では、決して離れないと約束した直後に自分を見捨てることになる友と、パンを裂いて分けられました。
与えられないものを嘆くかわりに、イエスはご自身に与えられた特別な召し、他の誰にも理解できなかったまさにユニークな重荷を背負うという召しに向かい続けられました。
救いを与えるために来られたその世によって、裸で、誤解され、卑しめられて死にました。
この世的な成功から見れば、イエスは「失敗した」と見えるかもしれません。それでも、その誕生によって歴史を紀元前と紀元後に分けたような人物はいません。死からよみがえった人物も他にはいません。天に上り神の右の御座に座った方もいません。永遠の救いを全ての人に保証するのもこの方以外にはありません。他に救い主はいないのです。
神の御子はこれらすべてを、学位、キャリア、結婚、家族、優れた友人を持つことなく成し遂げられました。彼の功績はほとんど歓迎されませんでした。評判も、壮麗さも、境遇も伴わないご自身の召しを実行されたのです。
神の願いとは
「主はあなたに告げられた。人よ、何が良いことなのか、主があなたに何を求めておられるのかを。それは、ただ公正を行い、誠実を愛し、へりくだって、あなたの神とともに歩むことではないか(ミカ6:8)。」
何が神の望まれる最低限で最上のことか、それはただ神の子どもたちが公正を行い、誠実を愛し、へりくだって、神と共に歩むことではないか、とあります。社会の価値観にふりまわされず、イエス様はただ神様の目的を達することだけを望まれました。
対照的に、この世界での成功のバロメーターは学業や仕事の業績、強さ、力、美しさ、繁栄、地位などです。
「うちの子はどうなるの?将来は?この子の価値は何かしら?」
本当に愛されている子どもは、自分の価値を何かをすることによってわかってもらう必要はありません。何かを会得したり成し遂げたりする以前に、愛されているから価値があるのです。
私たちが子どもに注ぐ思いは、神様の犠牲的な愛のあらわれです。
技能、業績、能力に関係なく、すべての神の子どもは、等しく尊い存在で神にあってそれぞれの目的を持っています。
悲しみが与えてくれるもの
この人生の変化と移動を祝う驚くべき季節にほとんどの家族は喜びますが、中には悲しむ家族もあります。
一方で、障がい児を持つ家庭は、我が子が成長し自立する日が決して来ないことを嘆きます。
でも逆に、悲しみの気持ちは期待しなかった贈り物ももたらします。失ったもの、欠けたものを認識することで、私たちの最も大きな栄誉はこの地上で語られるものではないということを強く思わされるのです。
著名なクリスチャンの作家、C.S.ルイスはこう述べました。「もし、われわれの願望がこの世界では満たすことができないことに気づくなら、それはわれわれが別の世界のために造られたからだ、というのが最も妥当な説明である。」
私たちの究極の変化とは、別の場所で栄光に入れられることです。
その時まで、神の子どもなら誰でも成績や学歴に関係なく、心、いのち、思いを尽くして主を愛することができます。また、隣人を自分自身のように愛することができます。
私たちへの神の無条件の愛は成績証明書の点数ではなく、恵みのはかりではかられるのです。
「ですから、私たちは今後、肉にしたがって人を知ろうとはしません。かつては肉にしたがってキリストを知っていたとしても、今はもうそのような知り方はしません(Ⅱコリント5:16)。」
英語オリジナル記事は Graduation, Grief and Grace (https://justbetweenus.org/relationships/parenting-challenges/christian-advice-for-parents-of-children-with-disabilities/)
Copyright 2018 Diane Dokko Kim. Translated from Graduation, Grief and Grace
2018/06/19
変化をもたらす:インタビュー メルヴァ・ハンダーソン(4)
メルヴァ: 神様が父親であるということを忘れないでください。神様のような父親はおられません。
その信仰が私を支えてくれています。神様は決してあなたを見捨てません。
JBU: 断食は、どのように神様への飢え渇きを深めてくれるのでしょうか。
メルヴァ: 毎週火曜日が私の安息日です。世の中から離れ、家族と過ごすことを最優先する休息の日です。FacebookもSNSも見ません。メールなどにも返信をしません。
なぜなら、私には時に物事が早いペースで押し寄せ、十分に考えることができないからです。
私は賢い選択をしたいと思っています。
成熟し、よく考えて人生を送ることができるようにと願いますので、霊的訓練としてテクノロジーを断つことはぜひとも必要だと思います。
神様は安息され、働きを休む1日をとられました。私たちは神より優れた者ではありません。
ですから、スイッチを切り、心騒がせず、テクノロジーや食物を断つ日が必要です。
それは健康を維持し、心を休ませる素晴らしい方法です。
今日、それは肉体に安静を命じる時であり、特に神様に聞くことができる時です。
神様に聞き、意図的にスイッチを切ることには訓練が必要です。
繰り返しになりますが、テクノロジー、食物、つきあい、何を断つかにかかわらず、それらから距離を置くことで、神様に近づくのです。
私は、神様のところに行くという目的でそれをしています。そうすれば、私は神様の前に自分の人生を保つことができ、この世のそれ以外のものから静まることができます。
私のたましいと、全人的な存在に必要なものを取り戻すことができるのです。
JBU: 女性はこの世界に変化をもたらすため、与えられた賜物をどう用いることができるでしょうか。
メルヴァ: 第一に、みことばを生きることです。そして、神の前に賜物を差し出し、神に絶えず訓練していただき、人々のために用いることができるようにして頂くのです。
賜物を用いようと願い、置かれている場所から始めてください。まずエルサレムで、そしてユダヤとサマリヤで、やがて全世界で。
ある人にとっては、エルサレムとはあなたの子どもかもしれません。神様が呼ばれ召されるところならどこででも始めるのです。
大統領の母親は、まさか自分が未来の大統領を育てているとは夢にも思いません。でも、事実はそうなのです。
あなたが何をしているのかにかかわらず、神様はあなたを国を変えるのに必要な器として整えておられます。あなたの国とは、私の祖母がそうだったように、あなたの足元かもしれません。
どこにいようと、背景がどうであろうと、人種や社会経済的背景がどうであろうと、あなたは人々の人生に触れることのできるものを持っているのだと知ってください。
どこにいるかにかかわらず、変化をもたらすことのできるものをあなたが持っているので、神様はあなたをそこに置かれているのです。
JBU: 今日の女性について気になることはありますか。
メルヴァ: 神様との親しさが欠けていることです。
私たちは絶えずこの世のものと距離を置き、神様を人生の中心にする必要があります。
人生をかけて神様を愛してください。
1ペテロ1:16には「あなたがたは聖なる者でなければならない。わたしが聖だからである」
と書かれています。私たちは聖さについて妥協することはできません。
もう一つは分派です。皆の関心が「私は」「私の」にあり、「私たち」に十分関心が払われていないように思います。
私たちは自分より前に他者のことを考えなければなりません。私はそのことを祈ってきました。
祖母が大変賢明に教えてくれたように、私たちは愛し、愛し、愛しぬかねばなりません。
神様の愛のうちを歩むように求められているのです。
それはあなた自身についてではなく、あなたが仕えるよう召されている人々に対してです。
JBU: 私たちへの励ましがあれば、お願いします。
メルヴァ: 自分を信じてください。神様が召してくださったと信じてください。内に聖霊が住んでおられると信じてください。罪赦されたことを信じてください。全て癒されるのだと信じてください。神様が信頼できる方だと信じてください。神様があなたの人生を御手に抱き、あなたが呼び求めるなら答えて下さる方だと信じてください。
神は平安の神です。悪いことが起こらないという意味ではありません。私たちは堕落し傷ついた世に、堕落し傷ついた人々と生きているのですから。
けれども神様は良い方で、何があろうともあなたのことを気にかけていてくださるのです。
変化をもたらす:インタビュー メルヴァ・ハンダーソン(3)
JBU:聖書のことばをそこまで愛するようになられた経緯を教えてください。
メルヴァ: 神学校の学生時代、ヨハネ15:7の「あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまっているなら、何でも欲しいものを求めなさい。そうすれば、それはかなえられます」というイエス様の言葉が目にとまりました。
その前の部分では、「わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫です」とあります。ここでは、イエス様のうちにとどまることが語られています。そして、イエス様とそのことばとが同義のものとされています。
もし満たされたいなら、みことばに親しまなければなりません。
また、イエス様はヨハネ14:23で、わたしのところに来るなら、父とわたしはその人のところに来て、その人とともに住むと言われました。
「どうやって?」と思いましたが、それはみことばを通してでなければなりません。
私は父なる神様とともに住みたいですし、子なる神様とともに住みたいです。
ですから、みことばに親しむと決心したのです。
人生の回答を与えるのは、神のことばそのものです。
JBU: どうしたら生涯聖書に親しむ習慣を持てるでしょう。
メルヴァ: 文字通り、訓練です。この社会、テクノロジー、電話、iPadなどは私たちの時間と注意を引こうとします。ですから、神のことばがまず第一である、と優先順位をつける決意をしなければなりません。
私の祖母はいつも「生活の中で神様をまず第一にすると決意しなさい」と言っていました。
ですから、毎日神様を見上げます。たとえ、そうする気にならなかったとしても、です。
それをパウロは1コリント9:27で「私は自分のからだを打ちたたいて服従させます」、別の訳では「自分のからだを打ちつけます」と述べています。
言い換えれば、私は強いて身体を従わせ、すべきことをするのです。それはすべきこと、訓練です。
30年前から、早朝に祈るために起きるようにしています。それも訓練ですね。毎朝、私は起きて、神様と話す準備をします。初めに聖書を読み、そして祈ります。
JBU: 聖書の読み方について教えてください。
メルヴァ: 初めに、31章まである箴言から1章を読みます。
次に、毎朝パウロの祈りを読みます(エペソ1:14-23、3:17-21、コロサイ1:9、ピリピ1:9)。
まずエペソの「どうか、私たちの主イエス・キリストの神、栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、あなたがたに与えてくださいますように。また、あなたがたの心の目がはっきり見えるようになって、神の召しにより与えられる望みがどのようなものか、聖徒たちが受け継ぐものがどれほど栄光に富んだものか(見えますように)」で始めます。
それから、エペソ3:18にあるように、キリストの愛の広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解する力を持つことができるように、と祈ります。
もし神様の愛が私のうちにあることに気づくなら、何が起ころうとも、何をされても、人々を愛することのできる心が与えられます。
ピリピ書からは、神様の働きができるよう、御霊のくださる賜物を受け取ります。
もし人生で何か起こり、心がざわざわしても、それらのみことばを見上げて助けをいただきます。心がみことばで満たされたら、祈りに移り、答えを求めます。
JBU: 聖書のことばを明確に体験された、特別な経験がおありですか。
メルヴァ: 2年前に祖母が召された時です(90歳でした)。彼女の死ほど私の人生に影響を及ぼした出来事はありません。
彼女がいないという心の穴を埋めるのに、2年かかりました。
私は実の父母に育てられていないので、祖母が私の家族そのものでした。
しばらくの間、自分が自分でないようで、ただ息をしているだけの状態でした。
落胆し、ひどい混乱と恐れと不安がやってきました。
けれども、長年神様がみことばを通して語ってくださったことが自分を支えてくれたのだと信じています。
悲しみに沈んでいたある日、主ご自身が私の父親となる、と明確に語ってくださいました。
詩篇68:5に、神は「みなしごの父」とあります。その言葉が、私を穴から引き上げてくれました。神が私の父となって下さり、私は独りぼっちではないと知ることで私に変化が起こりました。
また、イエス様が私の悲しみを悲しみを背負ってくださることもわかりました。
マタイ5:4「悲しむ者は幸いです。その人は慰められるからです」という励ましが与えられました。
だから、私は悲しんでよいのだ、と知りました。そのことが私をおおいに支え、神様が私の父となってくださると信じる決意が全てを変えました。 (続く)
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