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2025/02/11

バランスのとれた人生とは Balancing Act 


JBU誌の編集スタッフが語る、
人生の季節をよく生きること

聞き手 Ann M. Cook


私たちは皆、バランスを取るのがなかなかうまくいきません。
家族の世話、ミニストリー、介護、奉仕は、私たちが抱えるほんの一例です。
たいてい、これらをすべて同時にこなさねばなりません。
JBU 誌のアーカイブ記事の中に、2002 年夏号(この記事の21年前)「バランスのとれた人生」というインタビューがありました。
このテーマは、当時と同じく今日の女性にも当てはまります。
JBU誌 のスタッフである メアリー(Mary Perso)、スーザン(Suzan Braun)、シェリー(Shelly Esser) が、人生のさまざまな時期を通じてどのようにバランスをとり続けているか、以下に最新のディスカッションをお楽しみください。


JBU: あなたにとって「バランス」とは何でしょう。あなたの人生ではどんな感じですか?

メアリー: 秩序の感覚だと思います。
バランスがとれているとは、必ずしも忙しさがないというわけではなく、深い所に平安があることです。
バランスの取り方は人生の時期によって異なります。
イエスの人生、特に公生涯は、私たちがバランスと考える生活にはまったく当てはまりません。イエスは父の声を聞き、それに従うと決意していました。彼は過激でした!

スーザン: バランスが取れるのは私にとって不可能だと感じることが多いです。
他の人の生き方を見ると、よく「本当にうまくやっているなあ...私には絶対に無理だ」と思います。
私は比較の罠に陥らないよう気を付ける必要があります。なぜなら、他の人は私よりもずっとうまくやっていると思う傾向があるからです。

シェリー: バランスを取ろうとして、間違ったことに集中しすぎてしまうことがよくあります。
クリスチャン生活にあたって、神が私たちに望まれることを個人的に求めることが大切なのですが、それに対して、この社会は手っ取り早く簡単にできる方法を求めるように私たちを訓練してきました。
バランスそのものを求めることによってではなく、私たちの人生に対する神のみこころを求めることによって、よいバランスを見出せると思います。

マタイ6:33は、「まず神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられます」と述べています。
私たちに必要な「これらのもの」とは、まず神を求めるときに与えられます。そしてそれには何をすべきかも含まれます。

人生を通して、神が私に焦点を合わせるように願われることは絶えず変化してきました。
昨年私が焦点を合わせたことは、今日私がしていることとは異なります。
だからこそ、私たちの人生に対する神のみこころを日々求めることがとても重要なのです。
伝道者の書 3:1 は、「すべての事に時がある」ということを思い出させてくれます。
人生のある時点でうまくいくことが、別の時期にはうまくいかないこともあります。


JBU: 奉仕、家族、その他の要求のバランスを取る上で、何を学びましたか?

メアリー: 母親であり祖母であることは大きな喜びです。どちらも崇高な使命です。
夫と私は、宣教に献身していると感じており、常にお互いを尊重しようとしています。
夫は、私が神の召しを行えるように、多くのことを諦めました。
一方、夫が教会の役員になるよう頼まれたとき、私は多くのことを手放し、彼が神から召されたことに集中できるようにしました。
もっともこれらはよく考えねばならないことです。なぜなら、ついつい献身「しすぎて」しまうからです。

今は子育てが終わり、新たな人生の時期を迎えています。
私は Just Between Us編集部でフルタイムの責任を持ち、夫はこれまで以上に地域活動に携わることができます。
息子たちはそれぞれ素敵な家庭を持ちました。高齢の両親の世話をする時期も過ぎました。私たちの健康は守られています。
どれだけ続くかわかりませんが、私たちは人生のこの時期を心から楽しんでいます!

スーザン: 夫と私は分担しながらやっています。
私たちはどちらも離婚した家庭で育ったので、家族を優先することは常に重要でした。
子供を育て、祖父母となり、年老いた両親の面倒を見る中で、私たちはしばしば「完璧ではない」と互いに言い聞かせなければなりませんでした。
さまざまな方向に気持ちが向くことが多いので、現実的な期待にとどめるのを助けてくれます。

もう70歳間近なので、仕事、ミニストリー、家族への役割がさらに重くなっています。
5人の孫と共にいるのは、へとへとになる位素晴らしいことです。
彼らの人生に影響を与える機会を大切にしています。
「私が年老いて白髪になっても、私の神よ、私を捨てないでください。あなたの力を次の世代に、あなたの大いなるみわざを来るべきすべての者に告げるまで」(詩篇71:18)。


シェリー: 一度にすべてを手に入れることはできません。神がある活動を延期するようにと望まれていることに気づかず、ある時期にすべてを詰め込もうとすると問題が発生します。
延期しても私たちがそれらのことを二度とできないというわけではなく、それが今はできないという意味です。
この真理は、私の 2 番目の娘が幼稚園に通っていたときに、心に深く覚えました。

私は、やりがいのある奉仕を断るのに苦労していました。でもイエスと言い続けたら、娘たちにとって神が望まれるすべてをこなせません。
車で家に帰り、また母親としての義務的な日常を果たしているように思えたとき、娘が言いました。「ママ、どうやってクリスチャンになるの?」
その夜、彼女は寝る用意をしているとき、イエスを心に受け入れました。
神は、私が探していた「すべて」をその瞬間に示されました。
人生の別の時期にすることを急いでしていたら、娘との永遠の瞬間を逃していたでしょう。
毎日、神のみこころを求めることが全てです。


JBU: 家族のバランスを保つために、どんなことを実践してきましたか?

メアリー: 子どもたちがまだ家にいた頃は、十分ではありませんが彼らを巻き込んでいました。
外で働くということは、私がすべてをこなすことができないということでした。
そこで、息子たちは交代で洗濯物を仕分け、やがて自分で洗濯をすることを学びました。
また、夕食を作るのを交代で手伝ってくれました。(今では、二人の息子は料理上手です。)
家事当番表を作るのも役立ちました。
子どもたちを家族の責任に巻き込むことは、負担を減らすだけでなく、子どもたちの成長と成熟のためにも重要です。

スーザン: 子どもたちには好きなことを何でもしなさいと言っていますが、やりたいことをすべてできるわけではありません。
ノーと言うのは大変ですが、誰にとっても必要なことです。
祖母がかつて「1 つのことにイエスと言うなら、他のことにノーと言うのだ」と言っていました。私は子どもたちによくそのことを言います。

シェリー: 4 人の娘が生まれるたび、その時はできない活動を神の前に手放しました。
子ども1 人のときと、2 人以上のときではできることが違いました。
新生児がいる 1 年間は、なるべく外の活動を控えました。
といっても、子どもの成長期もずっと、私はミニストリーを続けてきました。
できる奉仕の量は常に変化していましたが。

家族の用事が多いと、配偶者をないがしろにしがちです。
敵は、子育ての忙しさに乗じて夫婦関係を弱めようとしてきます。
特に子どもが生まれてからは、夫と少なくとも年に 1 回は 2 人きりで過ごす週末を持つようにしました。
また、子どもが小さく経済も限られていたときは、家具の修理を始めました。
子どもが寝た後、地下室に行って家具を修理しました。
どの夫婦も、一緒に楽しめることを見つける必要があります。


JBU: バランスが崩れていることに気づくのはいつですか。どう修正しますか。

メアリー: バランスが崩れているのは家にいるとわかります。イライラしたり、神経質になったり、いらいらしたりします。そうしたら、何がバランスを崩しているのかを突き止めなければなりません。

子どもたちが小さかったときは、みんなで協力して 15 分間、1階の部屋を掃除し整頓するだけで本当に助かりました。今も同じです。
今は、成人した子どもたち夫婦、孫など、みんなが家に集まり、混乱で圧倒されそうになったとき、協力して家事ををすることで同じ効果が得られます。
家族の予定がいっぱいになってストレスがたまったら、予定をキャンセルします。

スーザン: 家族の当たりがきつくなったとき、バランスを崩しているのがわかります。
家族は私の安全な避け所であり、最もはけ口になりえます!
私は独りになるようにもしています。
また、普段は習慣となっている仕事や責任が、重すぎると感じることがあります。
この 2 つが起こり始めたら、自分に優しくし、助けを求める必要があることを認め、主とともに賛美と礼拝の時間をとるようにしています。
この習慣は、心の緊急事態を静めるのに役立ちます。


JBU: 単なる忙しさでなく、バランスを保つにはどうすればいいでしょうか?

メアリー: 今までに受けた最高のアドバイスは、イエスがすべてをやり終えずに死なれたことに気づかせてくれた、牧師からのものでした。
癒されずに残された人々、貧しいままだった人々、イエスを知らないまま残された人々がいました。
イエスが、多くのやり残しがあったにもかかわらず、自分の仕事は終わったと言われるのならば、私たちも同じようにできます。
それは私にとっての転機であり、決して忘れないでしょう。

忙しすぎるサインの 1 つは、忙しさに伴う不毛感です。
喜びがなくなり、むなしい気持ちになることがあります。
主との交わりの感覚が失われ、他の人との関係がぎすぎすすることがよくありました。
年をとってよかったことの1 つは、神が私に与えてくださった賜物がわかることです。もう「ノー」と言うのに苦労しなくなりました!

スーザン: 年齢を重ね、経験を積むにつれて、常にすべての人を幸せにしておくことはできないと気づきました。
人を喜ばせようとする私は、自分の決断や選択が家族を含め他の人をがっかりさせることがあっても、物事を手放すことを学ばなければなりませんでした。

シェリー: ミリー・ディーナート(Millie Dienert)はかつてこう言いました。
「聖霊に導かれていない活動は、ただの多忙に過ぎません。」
忙しさには細心の注意を払わなければなりません。
忙しさは、人生を喜んだり最も重要なことをしたりする妨げになるからです。
私は常に自分のすることを主の前に持っていき評価するようにしています。そうして、主に導いいただきます。
主は私に何が運べて、何を運べないかをご存知です。


JBU: 重荷を下ろして休息するにはどうすればいいでしょうか?

メアリー: 何が喜びを与えてくれるのか、何が自分を元気にしてくれるのかを知ることが重要です。
子どもたちが小さい頃、彼らの感情のタンクを満タンにしておくことが大切だという話を聞いたことがあります。
これは子どもだけでなく、すべての人にとって大切です!
自分が疲れ果てていたら、他の人に与えることはできません。
リフレッシュし、元気を取り戻す時間が必要です。
マタイ11:28-30 を黙想し、降ろすべき重荷を列挙するとよいでしょう。
それらは私たちが背負うべき重荷ではないことを思い出させてくれます。
イエスは、わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いと言われました。

スーザン: 時折リフレッシュが必要だと感じます。どこにも行けないときは、今通っていることを主に継続的に話すようにしています。
聖書や慰めの詩篇を読むこともあります。
多くの場合、その後数時間、数日間は、環境は少しも変わっていなくても、神様が私に平安を与えてくださることに驚きます。
不安を神様に話すだけで、安らぎとリラックスへと導く平安が得られます。

シェリー:平安というのは、心配ごとをキリストに委ねるときに得られます(1ぺテロ5:7)。
神様のおかげで、4つの大きなプロジェクトの締切が同時に迫っていても平安でいられますし、電話が鳴り、子供たちが泣き叫ぶ中でも、ある種の静けさを楽しむことができます。
心配事が迫ってくると感じるたびに、それを神様にお返しするようにしています。
ある日は、ずっと心配事が続くかもしれません。
でも、定期的にみことばに頼り、力を得、正直に祈る時間を過ごして神様に心を向け続けると、平安ががやってきます。
もちろん、身体の休息も必要です。
ストレス解消に自転車に乗ったり、賛美歌を聴いたり、ジャーナリングをしたりと、楽しんで心身を休められる短い「休憩」を生活の中に取り入れるようにしています。


JBU: 2002 年の夏以来、バランスについて何を学びましたか?

メアリー: 年を取ることには多くの利点があります。
主と共に長年歩んできました。これまでの歩みがこれからの歩みより長かったので、本当に重要なことに焦点を合わせることになります。
より積極的になり、悪循環に陥らないようになりました。

スーザン: 子どもが育ち祖父母になったら、人生はもっとリラックスできるだろうと以前は信じていました。
そうではありませんでした。
どの季節も忙しいものですが、満足感を得るための鍵の 1 つは、「あなたがたのうちに良い働きを始められた方は、キリストイエスの日までにそれを完成させてくださいます」(ピリピ 1:6) です。

神は今でも私の人生に目的を持っておられ、神をペースメーカーとして信頼し続ける限り、これからの日々や年月を笑顔で迎えることができます!

シェリー: バランスを取るためにセルフケアを含めるのはよいことです。
娘たちが結婚し、母親になり、年を重ねる歩みを見ていると、私が気づかなかったことに気づいています。
彼女たちは、楽しみや休憩、ネイルサロンへの旅行さえ、うまく取り入れています。私がそんな時間があるとは思ってもいなかった、あるいはしてよいとも思っていなかったことです。
慢性疾患を患う子どもと夫や他の家族の世話をしながら、定期的に自分の世話をしないで何十年も生きてきたため、私は何年も消耗し、とうとう燃え尽き、喜びを失い、再び自分を取り戻すための助けを必要としていました。
(イエスとカウンセラーの両方を必要としても大丈夫です!)

私の回復は、セルフケアをすることを神が望んでおられると理解したことに始まりました。
私たちは空っぽのまま、人生のすべてをケアすることはできません。

セルフケアをすることは聖書にも書かれています。
神は安息日という休息日を創造し、私たちが週のリズムの一部として元気を取り戻せるようにされました。
イエスはそれに従われました。
よく山に退き、エネルギーを補給し、神とつながりました。
セルフケアは、生活のあらゆる部分を適切に管理することです。
なぜなら、神から与えられた目的を果たすためには、絶えずエネルギーを補給する必要があるからです。
私は毎週、友人に電話をかけたり、森の中を散歩したり、聖書の学び以外の良い本を読んだりするなど、なにか楽しいことをするようにしています。
セルフケアは、神に栄光を帰す、よりバランスのとれた生活につながるのです。

女性として、私たちは自分のニーズよりも他の人のニーズを優先するようにできています。
自分のために時間を取るのは霊的ではないと考え、罪悪感を感じることがよくあります。
しかし、神が私たちに与えてくださった目的を生きるのであれば、自分をケアすることは贅沢ではなく、必要不可欠なことです。
バランスは私たち一人一人にとって異なりますが、神は私たちが人生のあらゆる時期を祝福のうちに過ごすことを望んでおられます。

2019/08/17

神の目から見たリーダーシップ

      
「caregiver」の画像検索結果     Melva L. Henderson

2015年12月15日に祖母が召されました。
葬儀では、牧師や教会の人たちによって祖母の主に仕えた足跡が語られました。
1時間近くも、祖母がいかに人々に仕えることに打ち込んだかが話されました。
祖母は仕える人でした。
私が生まれた日から、彼女は私のために仕えてくれました。
私の家族、いとこ、おば、おじなど、親戚だけでも60人近くの人々のためにも彼女は仕えました。
論争や仲たがいが起こった時にも祖母は誠実でした。

ある日、どうして仕え続けることができるのかを尋ねると、祖母は「イエス様が私をここに置かれたのだから、私自身にはここでの奉仕をやめる権利はないのよ」と答えました。
イエスは「あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、皆に仕える者になりなさい」(マタイ20:26)と言われました。
肩書はありませんでしたが、祖母はリーダーでした。

「あなたがたの間で一番偉い人は、一番若い者のようになりなさい。上に立つ人は、給仕する者のようになりなさい。食卓に着く人と給仕する者と、どちらが偉いでしょうか。食卓に着く人ではありませんか。しかし、わたしはあなたがたの間で、給仕する者のようにしています」(ルカ22:26-27)。

普通に考えれば、イエス様がおっしゃったことはばかげていると思えます。
偉くなりたいなら、一番下の者にならなければならない?
自分を無にして、どうやって偉くなれるのだろうか?
でも、イエス様はご自身の謙遜さを身をもって示してくださいました。
ピリピ2:6-7には、イエス様が神としてのあり方を捨てられないとは考えずに、ご自分を空しくして、しもべの姿をとってくださったと書かれています。

この世は、リーダーになりたい人であふれています。
人々はなんとかして前に出たい、上に立ちたいと奮闘していますが、イエス様の望まれることは明らかです。
もし上に立ちたいなら、下に行きなさい、と。
イエス様はリーダーシップよりもサーバントシップ(仕えること)について多く離されました。
私たちが他の人々に仕えること、支えることで忙しいなら、その過程で私たちはリーダーになっているのです。

「仕える」の元のギリシヤ語は"diakonos”で、「伴う、牧する、他の人の願いを実現する」という意味です。
これが仕えることであり、同時にリーダーの最も基本的な定義です。
リーダーとは自分の利益を求めず他の人の利益を求める人です。

イエス・キリストは歴史上最も偉大なリーダーですが、それは彼が最も偉大なしもべだったからです。
マルコ10:45では、イエス様は「人の子も、仕えられるためではなく仕えるために、また多くの人のための贖いの代価として、自分のいのちを与えるために来たのです」と言われました。
この奉仕と犠牲により、私たちは今こうして生かされています。

私の経験から言うと、前に立ちたいと思わずにただ他者を助けたいと願う人たちを、神様はしばしば前に立つようにされます。
神の目には、真のリーダーシップは承認を得ることでも称賛を受けることでもありません。
他の人々に仕えることなのです。
残念なことに、多くの人たちは承認や賞賛を得るほどには真のリーダーシップに関して関心を示しません。

レイチェルという宣教師の話を思い出します。
彼女は宣教地で素晴らしい奇蹟を目にし、彼女自身も神様によって多くの人の癒しと解放のために用いられました。
しかし本国に戻ってからは看護助手として働きました。
仕事の中には、便器をきれいにするというものもありました。
便器を掃除しながら、ある日彼女は主に祈り叫びました。
「あなたは私を世界中で用いられました。奇蹟や人々が救われ癒されるのを見てきました。それなのに、私のその後はこれですか?便器の掃除なのですか?」

主は彼女に語られました。
「レイチェル、これらの便器を私のために掃除してほしい。プライドを捨てて、この便器を使っている人たちに謙遜に仕えてくれないか。この仕事を、私のためにしてほしいのだ。」
レイチェルは泣きながらひざまずき、悔い改めました。
そして祈りながら便器を掃除するようになりました。
すると、その便器を使っていた人たちに一人、また一人と奇蹟が起こりました。
まさにしもべの心を持つことによる力でした。
彼女が自分自身から他の人々へと焦点を移し態度を変えたことで、神様が祝福したいと思われる人への癒しのために用いられたのです。

リーダーになることや前に立つことに一番の関心を持つよりは、偉大なしもべの心と思いを持つ者であるようにと願ってください。
純粋で謙遜な心で仕えることができるようになればなるほど、神様の目にあなたはリーダーとして映ります。
そしてあなたを用いて神様が他の人をますます祝福することができるのです。


2019/01/22

障がい児の親が平安を保つ5つの秘訣


Tammie Swaney タミー・スワニー


これから述べようとすることは、自己中心的で「母親らしくない」と思えるかもしれません。
それでも、肉体的には疲れ果て、感情面は心配、さらに精神的にまいってしまい、時には怒りがこみあげてくるという経験を通った私は、以下のことを心からあなたに分かち合いたいのです。

よい香りの入浴剤(Calgon moment)で気分転換しても一日やりきれない時、私は罪悪感と戦ってきました。
障がいを持つ子供を育てるのは、あられの中でロッククライミングをするのと同じくらい大変なことと言えます。
もちろん、どんな子どもでも困難な面はあります。
しかし両者の違いは、障がいを持つ子供が周囲の状況を理解できているのか、あるいはただふざけて親の言うことを聞かずに笑っているのかがわからない、ということです。

普通の子どもなら多くの節目を迎えます。
運転免許を取り、卒業ダンスパーティーに行きます。お泊り会、初めてのボーイフレンドあるいはガールフレンド、親子の会話、そしてちょっとした反抗。
「普通」とは日常のことを差します。
しかし、驚かれるかもしれませんが、障がい児を育てる普通とはずっと同じ状態が続くということです。その子の子ども時代が続き、そこであなた自身をいたわり身体・心・魂の安息を見出すことです。

 「永遠の5歳児」である私の息子ニコラス(ニック)は、本やドラマ、著名人(フィル博士やドブソン博士)、子ども番組(セサミストリート)では決して学べない、いくつかの子育てに関する事柄を教えてくれました。
彼は皆の心を引きつけ、地球上の誰よりも多くの愛情を受けています(親ばかですね)。
17歳のとてもやさしい子どもです。
けれども、気をつけなければなりません!興奮すると大暴れするので、数秒前までの我が家の平和な状態をめちゃくちゃにしてしまいします。
興奮する理由は誰にもわからず、すぐ対処するすべもないのです。

私にとって幸いなのは、夫のティムが積極的に子育てに関わってくれ、さらに神様が我が家を導いてくださっているので、耐えがたい日々を切り抜けられているということです。
障がい児を育てるという試練の中で気を確かに持ち続ける5つのステップを以下に示します(すべての親、すべての子どもに当てはまらないかもしれませんが、私たちにとって助けになっているものです)。


1. 神様と過ごす時を持つ。

神様のことばを読み、黙想し、力を得る時間を作ることが何よりも大切です。
神様は私たちがまさに必要な時に必要な方法を示してくださいます。
みことばは永遠の啓示であり、みことばを掘り下げる時に私たちは回復します。
「試練の日々」の中で私を支えてくれたいくつかの聖句を紹介します。

・「怒っても、罪を犯してはなりません。憤ったままで日が暮れるようであってはいけません。(エペソ 4:26)」
 叱った後でも一緒に座り、どれくらいニックを気にかけているかを示し、いつも消灯前には「愛しているわよ」と語りかけます。

・「私を強くしてくださる方によって、私はどんなことでもできるのです。(ピリピ 4:13)」
全てを失い、話す力もなくなった時、頼るべきは自分の力でなく神の力である、ということをこの聖句は思い出させてくれます。神様だけが私を持ち運んでくださるのです。

・「モーセの手が重くなると、彼らは石を取り、それをモーセの足もとに置いた。モーセはその上に腰掛け、アロンとフルは、一人はこちらから、一人はあちらから、モーセの手を支えた。それで彼の両手は日が沈むまで、しっかり上げられていた。(出 17:12)」
 これは最後の手段という聖句ではありませんが、必要な時には祈りの勇士である友人に電話し、支えてもらえるのだと思い出す重要な聖句です。誰でも疲れ果てた時にはそうした祈りの勇士に支えてもらう必要があります。


2. 夫婦で過ごす時を持つ。

これは難しいとわかっています。私たちは忙しいスケジュール、長時間の仕事と家事で疲れ切っているからです。
しかし、夫婦で過ごす時間は家庭を強くするのに必要な要素です。
夜の外出や、せめてコーヒーを飲む時間をとってください。
私の義兄は最近がんで倒れました。
姉が、一番つらいのは朝だと話してくれた時に心が痛みました。
朝は二人だけでコーヒーを飲みながら一日のことを語り合う時だったのです。
それは貴重な時間でした。
こうした貴重な時を見逃さないでください。
共に祈り、語り合い、手を取り、寄り添い、回想し、未来の計画を立てる時間を見つけて下さい。
そうすれば一致して力を合わせることができます。


3. 自分自身の時間を持つ。

私は霊的養いのリトリートに毎年参加します。
また、趣味も持っていて、女性どうしで楽しく過ごします。
姉妹でランチをしたり、iPodを聞きながら歩いたりします。
寒い夜にはニックが寝た後、好きな小説を読みながら紅茶を飲むのもお気に入りの静かな時です。
ほっとする時を作って下さい。


4. 予定を守る。

我が家にはニックの他に20歳の子もいます。
仕事、スポーツ、大学、余暇と、彼の多彩な活動スケジュールを把握するのは困難です。
しかし、私たち夫婦とニックに関しては、スケジュールをかなり固定化しています。
ニックにとっては規則的な1日が心地よく、調子が良くなると私は学びました。
友人から誘いを受けても翌日に差し障ると思われる時には、後ろめたいと思わずに断ることもあります。


5. 子どもから学ぶ。

障がいのある息子が示す愛の大きさは驚くほどです。
イエス・キリストの愛以外には経験したことがない大きさです。
それは無条件の愛です。
愛はニックから輝き出て、まさに伝染していきます。私が人々をどう愛せばよいのかを、たえず気づかせてくれます。
その愛にはごまかしや偏見がありません。
これこそイエス様が福音を通して教えられた愛です。
「『あなたは心を尽くし、いのちを尽くし、知性を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。』これが、重要な第一の戒めです。『あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい』という第二の戒めもそれと同じように重要です(マタイ22:37-39)。」

もしあなたが障がいのあるわが子とこうした日々を過ごしているなら、イエス様の臨在のうちには平安があることを思い出してください。
一瞬一瞬を切り抜けるのに必要なもの全てを彼が備えてくださいます。 
あなたに障がい児を育てるという特別の仕事を与えて下さったのであり、その子はキリストの愛を完全に表すことができるのです。
この子どもを世界に分かち合う機会を与えて下さった神様に感謝します。


*この記事が書かれたのち、タミーの愛する息子ニックはしばしの闘病期間を経て地上の生涯を終え、天に帰りました。

2012/06/19

介護と自分のケア


~Caring For Yourself からの抜粋~

介護は思いのほか困難なものです。
もし与えることのできるものが自分の中に残っていなければ、あっという間に疲れ果ててしまうでしょう。
介護生活の中で、自分自身を養う機会を持つ必要があります。それは自分をいたわるというだけでなく、神により近づいて自分の力でなく「生ける水」に頼る、ということを意味します。

介護という人生の大変な時期にある人に、以下にあげるいくつかの決意をお勧めします。



1 自分の人生を送る、という決断。

自分の必要や気持ちを大切にする必要があります。自分にも必要があると認めるのは、自己中心ではありません。
神様があなたのうちにその必要をおかれたのです。介護をしていると、他の人の必要が目の前にありますが、それはあなたの必要やあなたの人生を無視する理由にはなりません。


2 助けを求める、という決断。

介護をする人が家族にすら助けを求めることができない、ということがままあります。リストを作り、家族や他の人に助けを求めましょう。経済的な援助も含めて、です。あなたが燃え尽きてしまうのを誰も見たいとは思わないでしょう。



3 限界を定める、という決断。

もし燃え尽きてしまったら、親が本当に必要な時に助けることができなくなります。限界を定めて、親が必要とすること(してほしいということではなく)、どこまで自分が責任をもてるか、自分の他に誰ができるかを考えましょう。


4 自分のために予定を立てる、という決断。 

自分のために時間をとりたければ、時間管理をするのが最善です。一日ごと、週ごと、月ごとにやることリストを作り、それを優先しましょう。自分の健康や充実した生活のために必要なことを削らないでください。日々楽しめること、内面の回復になることをとりいれましょう。


5 自分の身体的必要に気を配る、という決断。

ストレスはまず身体に現れることがよくあります。
体重の増減、不眠、頭痛・腹痛・腰の痛み・高血圧などの身体症状が現れたら、ストレスにさらされており何らかの対処が必要だという兆候だといえるでしょう。
運動、マッサージ、ジャグジー、サウナ、温泉、シャワー、そして深呼吸など、筋肉の緊張を和らげることをしましょう。「ちょっとした休暇」をとるようにしましょう。
やるべき義務から目を離し、自然の景色を楽しんだり、お茶を飲み読書をしたり音楽を聴いたりしましょう。身体によい食事をしましょう。


6 もっとよく笑う、という決断。

聖書は「陽気な心は薬のように良いものだ」(箴言17:22、KJV)と言っています。
笑う機会を増やしましょう。漫画を買う、図書館でジョーク集を借りる、クリスチャンのコメディービデオを買う、レンタルビデオ、など。笑うと心身ともにリラックスします。


7 定期的に休む、という決断。

介護する人には休息が必要です。定期的に自分の代わりをしてくれる人を見つけましょう。
誰かに頼むことを学びましょう。定期的に休暇をとって外出するのは、たまに長期休暇をとったりどこか遠くへ出かけたりすることより重要です。


8 必要なサポートを見つける、という決断。

介護される両親と同じくらい、介護する人にも精神的なサポートが必要です。家族、友人、介護者のサポートグループを探しましょう。私たちは「互いの重荷を負い合う」(ガラ6:2)ように造られています。




JBU2012夏号より
Copyright 2012 Caring for Yourself. Translated from Just Between Us, 777 S. Barker Road, Brookfield, WI 53045



母親の母親になるとき~介護



Role Reversal 

Angela M. Shupe





「こんにちは。お母さんは多分お部屋にいらっしゃると思いますよ」
受付で声をかけられ、私は今や母にとっての「我が家」に続く、重く暗いドアを開けようとしていました。暖炉の炎が私を照らし、顔と手とを暖めてくれました。

ここが母の現在の「我が家」だとは信じがたいことです。
子どもの頃、我が家とは快適で安全とぬくもりのある場所でした。「我が家」と呼べるのは母が自然にあふれる愛を注いでくれたからでした。我が家がなくなるなんて、あり得るのでしょうか。現実にあったものがなくなってしまうなんて。母がいなければ、そこはもはや我が家ではありません。

私は母に会う心の準備をしながら、悲しくて涙がこぼれそうになるのをこらえました。自分の母を、まるで母親のように介護しなければならないという新たな現実は、すぐには受け入れられません。
二人の子どもの母親として、私にとって母親業は初めてのことではありません。
でも、それとは異なったものです。不自然で、葛藤が伴います。

私は暖炉のそばを離れ、母の部屋に向かいました。ここが子どもの頃訪れた記憶のある老人ホームと似ていないことにほっとしました。ここには暖かさがありました。


母が診断を受けて8年が経ちました。
介護生活に足を踏み入れてから、私たちの役割は逆転し始めました。
恐れていたとおり、神経科の医師は「残念ですが、アルツハイマーです」と言いました。
私は母の娘であった当時を覚えていますが、今となっては私を生み育ててくれたその人の世話をするようになったのでした。
かつて快活で頼りになった母は、もはや子どものように無邪気になってしまいました。

部屋の前に着き、私はそうっとドアを押しました。母はベッドの上に座っていて、差し込む日差しでできた影が伸びていました。

「お母さん、私よ、アンジーよ」私は静かに言いました。
「アンジー。」母は元気に足を伸ばそうとしましたが、年齢のためにゆっくりとしかできませんでした。(それでも、まだ私のことがわかっているのでほっとしました。)

「アンジー、来てくれてうれしいわ。寂しかったのよ。ずいぶん顔を見なかったじゃない。」
私たちは肩を抱き合いました。
「お母さん、私もよ。顔を見られてうれしいわ。」

私は母が思い出せないとわかっていたので、2日前に来たことにはふれずにそう言いました。
「座って話しましょう、お母さん。」
「そうね」

母が足を滑らせて転ばないように注意しながら、私たちはゆっくりとベッドの方に戻りました。
ベッドの上にひざ掛けを広げ、会話を始めました。

「体の調子はどう、お母さん」
「ええ、大丈夫よ」母は早口でいうと、私がどうしていたかを聞きたがりました。

「アンジー、あなたはどうしていたの。心配していたのよ。えーっと、あなたの・・・なんていう名前だっけ。どうして思い出せないのかしら。」がっかりした口調で母は言いました。

「ジェラードのことね。孫の。」
「そう、ジェラードだったわ。元気にしてる?」
「元気よ、そしてもう一人の孫のソフィアも元気よ。あっという間に大きくなるけれど」

母が孫のことを本当に覚えているのか疑問に思いながら、私は言いました。

「お父さんには会った?ニューヨークにいるのかしら」母が尋ねました。

「ニューヨークですって?」私は言葉を失いました。変なことを言うものだと思いました。
父はニューヨークに住んだことはなく、結婚以来ずっとミシガンで仕事も家庭生活も送ってきたからです。

「お父さんには会っていないけど、電話で話したら元気だと言っていたわよ。確か昨日ここに来たと思うのだけど」
「え、そうだったかしら?忘れちゃったみたい。彼に会いたいわ」

私の訪問も、母の記憶からはすぐに忘れ去られてしまうのだと思うと寂しくなり、私の心は沈みました。

「あなたはお父さんに会ったの?」母がまた尋ねました。
「ううん、会ってはいないけど、元気にしているのは知っているわ」私は再び答えました。

「ジェラードはどうしているの」
「とっても元気よ。ちょうど8歳になって、3年生よ。」
「まあ、3年生ですって!」母は心の底から驚いたようでした。

何度も何度も同じ質問の繰り返しでした。そのたび、私は優しく答えました。

私は自分の生活についてできるだけわかりやすく話しはじめました。「時々息子とどう接したらよいかわからなくなるのよ」
母からは笑顔の他にどんな知恵ももらえないと知りながら、私は話を終えました。


母は顔を上げ、私の目をじっと見つめました。「アンジー、あなたは素晴らしい母親よ。彼は変わっていくのだから、じっと見守っていたらよいの。成長には少し時間が必要だけど、心配しなくても大丈夫よ。」はっきりと自信のある口調で母は言いました。


私ははっとしました。
子どもの頃励ましの言葉をかけてくれたのと同じ女性が、私の前にいました。そして母親としてのまなざしで私に話してくれていました。


・・・私の心の目には、老いた母の顔は消え、玄関の入り口に座ったずっと若い女性が見えました。しわがなく、オリーブ色のなめらかな肌と茶色の目をしていることが、彼女がフィリピン系とイタリア系の血をひく女性であることを示していました。ペイズリーのロングスカートとクリーム色のブラウスを着て、一連のパールのネックレスをしていました。

「アンジー、何があったか話してごらん」10歳のやせた少女だった私に彼女は言いました。
その直前、家の中で私はきつい口調で話していました。彼女は私の言葉の背後に何かがあると察し、真実を聞き出そうとしました。
その日は学校で特にいやなことがありました。私に向かって発せられた言葉は相手に有利となり、不公平な結果に私の幼い心は傷ついたのでした。

彼女は静かに私の話を聴き、涙をぬぐってくれ、私とよく似た境遇で、戦争のため家も国も失った女の子の話を始めました。

それは、戦争で占領された地に、私と同じような問題に直面した少女がいた、というものでした。クラスメートが何気なく言った言葉が、戦争の混乱の中でさえも少女の心を傷つけたのでした。

彼女の話は初耳でした。これまで聞いたことがありませんでした。でも言いたいことは明らかでした。大変な困難の中にあっても、脱出できる。やり遂げられるのだ、ということでした。

彼女が話を始める前から私は反省していました。そして泣きながら謝りました。私のひどい言葉にもかかわらず、彼女は私を無条件で愛してくれていました。

「アンジー、たとえあなたがひどいことをしても、決してあなたを嫌いになることはないわ。だって、私はあなたのお母さんなんだし、いつもあなたを愛しているのだから。」
彼女は話を終え、私を抱き寄せてくれました。・・・



現実の母の目を見て、私は何も言えなくなりました。ずっと老いた女性である母の言葉を聞いて、私は長年の介護生活で初めて深い話ができたことに感動しました。そして改めて、母が私をありのままを見ていてくれるということに嬉しさを覚えました。何も言いませんでしたが、代わりに母に向かってほほえみました。

「お母さん、散歩しましょう」私は母の上着のボタンを留め、彼女を慎重に立たせました。私たちは並んで廊下からサンルームに歩いて行きました。窓の外には大きな楓の木があり、色づいていました。
「お母さん見て、とってもきれいな葉の色ね。」
母は私の手を握り、私を支えにしていました。母の愛は真実だとわかって私は心強い思いでした。きっとできるわ、と私は思いました。母の母親代わりになってあげられる。母を愛しているのですから。

「お父さんも一緒だったらよかったのに。お父さんに会った?」
母はまた尋ねました。私たちは日差しの中、散歩を続けました。


JBU2012夏号より
Copyright 2012 Angela Shupe. Translated 
from Just Between Us, 777 S. Barker Road, Brookfield, WI 53045

バランスのとれた人生とは Balancing Act 

JBU誌の編集スタッフが語る、 人生の季節をよく生きること 聞き手 Ann M. Cook 私たちは皆、バランスを取るのがなかなかうまくいきません。 家族の世話、ミニストリー、介護、奉仕は、私たちが抱えるほんの一例です。 たいてい、これらをすべて同時にこなさねばなりません。 JB...