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2023/03/27

スチュアート・ブリスコー師の生涯を覚えて


女性を励まし続けた素晴らしい人物、
スチュアート
シェリー・エッサー


私たちJust Between Usにとっては、スチュアート・ブリスコーがいなくなって心に大きな穴が空いたようです。
このミニストリーの創始者ジル・ブリスコーの夫だっただけでなく、スチュアートは私たち自身、このミニストリーにとっても家族の一部のようでした。
実際、私たち女性のミニストリーの中で、彼は唯一の男性でした!
30年以上にわたって、彼は私たち編集部と世界中の女性たちを絶えず励まし、応援してくれました。

かつてスチュアートは「牧師、夫、父として、私は誰の賜物も土に埋めてしまいたくない。特に女性の賜物は」と言いました。
「真実を繰り返すが、私は女性が賜物を用いる自由を否定しないようにと注意している。
それだけでなく、私が出会う女性たちには、神の召しと賜物に従って歩めるよう、全力で励まさねばならないと感じている。
男性としての私の人生の大部分は、賜物のある女性のケアをし、育て、励まし、成長を助けるために用いなければならない。
なぜなら、やがて申し開きをしなければならないのは彼女たちだけでなく、私も彼女たちの賜物について説明を求められるであろうからだ。
私は賜物を埋めたというのでなく、励まし続けたと申し開きをしたいのだ。
賜物は決して無駄にすることができないのだ。」

妻のジルが、働き人の妻たちによい情報を提供したいと最初に思い描いた時、スチュアートは全面的に賛成し、ジルが書く賜物を用いるのを一番に応援しました。
当初から彼は女性たちー妻ジル、娘ジュディー、JBUミニストリーチームのスタッフやボランティアもーの賜物を尊重し励ましました。
私たちが神の御国の働きには大切だと感じさせてくれ、私たちはそれに向かうことができました。

彼が時おり編集部に姿を見せ、いつも働きがどのようかと尋ね耳を傾けてくれたのをとても懐かしく思います。そして、ウィンクしながら、次に自分が何を書けばよいのか尋ねてくれた姿も。
彼がJBU誌に書いてくれた記事を数えてみたら、66もありました(ウェブサイトのみの投稿を除く)。
91歳で召される年まで、彼は書き続けてくれました。
以前スチュアートに、読者にとって難解な信仰や文化のトピックについて、神学的な見解を書いてくれないかと頼んだことがありました。
彼は即決し、「締切はいつだい?」と言いました。

私は編集部で、ああでもない、こうでもない、と執筆や編集についておしゃべりするのが大好きでした。
彼の知恵、霊的深さ、誠実さ、聖書理解と伝え方の技術は、何十年にもわたって力強く神に用いられ、私たち皆に恵みを与えてくれました。
それだけでなく、彼はみことばやイエス・キリストご自身を私たちに指し示す以外のこともしてくれました。
いつも、彼と会う時にも彼の記事にも素晴らしい英国ユーモアがあふれており、私たちはそのユーモアが大好きで心待ちにしていました。吹き出すような冗談や愉快な話の思い出が残っています。
私たちは皆、親しみをこめて彼のことをスチュアートと呼びました。彼との楽しい時間が大好きでした。
彼のユニークで茶目っ気のある少年のようなやり方で、私たちも同じようにするのを助けてくれました。


彼の人生のモットーは「僕はどんなひどい困難にもあわない」でした。そして、その通りでした。
私たちがこの働きで難しい時期にあった時、彼の前向きなものの見方に助けられました。
恐れて落胆している子どもを励ます父親のように、彼の牧者としての存在は、神様がこの小さな働きと私たち自身をを持ち運んでくださるのだという励ましでした。
彼は正しかったのです。
彼の楽天主義はいつも私たちを励ましました。それだけでなく、彼が私たちを大切にし信頼してくれたことも私たちにとっては励ましでした。
私たちは表に出ない経験、取るに足りないものである経験を、幾度となくしてきました。
しかしスチュアートは私たちを見ていてくれたのでした。

スチュアートが女性、私たちを人生への贈り物と考えてくれたことに感謝します。
彼は情熱と誠実さをもって女性を励まそうとしてくれ、私たちはその受け手となってきました。
彼が編集部を去るときにはいつも、私たちの賜物と召しが受け入れられていると感じました。
スチュアートならではの素晴らしいやり方で、彼は私たちが神の国の働きを続けられるように励ましてくれました。
彼は、この働きに大きな助けを与え続けてくれました。

ありがとうスチュアート。
あなたは私たちの賜物を埋めておかず、常にそれを喜び励ましてくれました。
そして、あなたが愛し、話し言葉・書き言葉の両方を持って深く仕えたイエス様に目を向けるようにしてくれました。
これからも、あなたの遺してくれたものは、私たち皆のうちに実を結ぶでしょう。


スチュワート語録:

「結婚生活の秘訣は'ABC’、すなわち『誓いを土台にした調整(Adjustments Based on Commitment)』ですね。」
(2018年春号)
「この世界は混乱していますが、それがすべてではありません。神が働いておられ、神のご計画が果たされていくのです。私たちは一人がひとつずつ、神のなさっていることに参加するよう召されています。」(2016年秋号)

「人生で変化を通り成長する度に、多くの素晴らしい経験とそれほどでもない経験を通るでしょう。
しかし覚えておくべきは『静まりそれを背負うこと』です。
なぜか?それは、あなたが支配しているのではなく、あなたはやってくることのすべてをコントロールすることができないからです。
でも、神にはできます。そして、神は約束された通り、それらを支配してくださるのです!」
(2019年秋号)

「生まれた時のことを覚えていますか?恐らく答えは『いいえ』でしょう。
今生きているから、ああ生まれていたんだなとわかるのです。
同じように、もしキリストがあなたのうちに生まれているなら、彼の人生があなたの人生に反映するようになります。次第にはっきりとしてきます。
あなたが通る経験の中で、イエス・キリストにさらに似た者となっていくはずです。」
(2013 年冬号)

2022/09/19

握っているものを手放す


~降伏するとき、自由を見いだす~

 ジル・ブリスコー



ここ数年のパンデミックで、読者の誰もが喪失体験をしたことでしょう。
私は英国在住の家族を失いましたが、ある喪失はそのように見えるものではないでしょう。

ここ数ヵ月をふりかえると、教会で集まれなかったことや旅行できなかったことも喪失体験でした。
隔離の必要も、共に行うという慣れ親しんだやり方を手放さねばならないということでした。
でも、助けはーー聖書にあると知っています!

長年私は毎日聖書を読むように訓練されてきました。
私をキリストに導いてくれた友人のジェニーが、「聖書を読んで眠気が来てから、枕に頭を乗せるのよ」というのがいまだに聞こえます。
私はベッド脇のテーブルに聖書を置いて、一日の最初と最後に聖書を手にとることにしてきました。
最近、インド人の友人が「聖書を読む前には、スマホを手にとらない」という決心をしました。まあ、私はベッド脇にスマホを置いていないので、聖書を一番に手にすることができるのですが。

導きや助けが必要な時には、みことばが自分の魂に語りかけるまで聖書を読むようにと教えられました。
例えば、英国からアメリカに移住することは、私たちの人生にとって最大の変化の一つでした。
夫は「家具を全部売ろう。そして他の物も全て」と言いました。
「教会のリーダーたちが、向こうで住む所を備えてくれているから大丈夫さ。」

初めは簡単に思えましたーー全てをただ売るだけなら。でもそうではありませんでした。ある物を処分するのは簡単でしたが、すべてがそうではありませんでした。
結婚式にもらったプレゼント、特別に大事にしていた思い出の品、子供のおもちゃや人形。
私たちは一人あたり2つのスーツケースの携行が許されており、一つは衣類、もう一つには所持品を入れました。
自分でも恐ろしくなりましたが、私の手はすでに処分しようとしたり譲ってしまったりした物をしっかりと握りしめていたのです。
「主よ、私の手を開かせてください。握りしめないように助けてください」と祈りました。

神様は、私がそうできるよう助けてくださいました。そしてそれ以降も変わらず。神様はピリピ2:5~11から語ってくださいました。


キリスト・イエスのうちにあるこの思いを、あなたがたの間でも抱きなさい。

キリストは、神の御姿であられるのに、
神としてのあり方を捨てられないとは考えず、 

ご自分を空しくして、しもべの姿をとり、 
人間と同じようになられました。
 人としての姿をもって現れ、

自らを低くして、死にまで、 
それも十字架の死にまで従われました。 

それゆえ神は、この方を高く上げて、 
すべての名にまさる名を与えられました。
 
それは、イエスの名によって、
天にあるもの、地にあるもの、 
地の下にあるもののすべてが膝をかがめ、 

すべての舌が
「イエス・キリストは主です」と告白して、
 父なる神に栄光を帰するためです。

イエス様は私たちが想像できるだけのものを手放し、この世にこられ、私たちの代わりに十字架にかかってくださいました。
イエス様がそうされたことを心から喜び、彼が私に全てを与えてくださったのだから私は彼の元に全てを置きたいのです。


ーーーーーーーーーーー
ジル・ブリスコーは英国リヴァプール生まれ。60年以上夫婦で歩んできた(訳者注:夫のスチュアートは2022年主の御元に召される)。Just Between Usの創設者であり、ウィスコンシン州南東部に在住。


Jill Briscoe, Copyright 2022 . Translated from Just Between Us, 777 S. Barker Road, Brookfield, WI 53045 


 Just Between Us Japan は、アメリカの Just Between Us Magazine の日本語版サイトです。 女性の働き人、伝道者の妻、教会の女性リーダーたち、 そして人間関係や宣教、生活の課題に関心のあるあなたのための情報です! 英語版では季刊誌が発行されています。
日本語ウェブサイトは、Just Between Us の情報を英語だけでなく日本語でも提供し、日本の宣教にかかわる女性を励ますため、2007年7月に発足しました。 記事の翻訳を中心に、有益な情報を発信していくことを目的にした非営利の活動です。 
英語版ウェブサイト:https://justbetweenus.org/

2021/07/23

女性 タビタに学ぶ

 



シェリル M. スミス  Cheryl M. Smith 


Just Between Us誌 2021夏号より


タビタの記事はごく短くまとめられていて、読み飛ばしてしまいそうです。

使徒の働き9:36-42では、タビタという女性について書かれています。彼女はヤッファ(ヨッパ)の町で、貧しい人や未亡人を助けていました。彼女の親切とあわれみの心で人々はおおいに助けられていました。

悲しいことに、彼女は病気になり死んでしまいました。彼女が息を引き取ったとき、未亡人や貧しい人々は涙ながらにペテロの元に集まって来て、タビタが心をこめて繕い縫ってくれた服を見せました。タビタは未亡人に尊敬を持って接し、神の福音そのものの生き方を示しました。彼女がいなければ、どうなってしまうでしょうか。

ペテロは皆に部屋から出るように言いました。そしてひざまずいて祈りました。するとタビタは生き返ったのです。この奇蹟がとても素晴らしかったので、ヤッファの町ではリバイバルが起こりました。この記事から何を学ぶことができるでしょうか。


・タビタはイエス様の弟子であった。

使徒の働き9:36を見ると、タビタはイエスの弟子だと記録されています。原語のギリシア語では、「弟子」の女性形です。これは新約聖書でここにだけ使われています。

タビタは真の弟子でした。タビタに会ったら、イエス・キリストへの信仰に貫かれた人物だとわかったでしょう。彼女の態度、生き方、言葉にはそれが表れていました。また、彼女は自分の宣教のフィールドがヤッフォの貧しい人々や未亡人であることを自覚していました。


・タビタは人生を100パーセント生きた。

夫を亡くした人たちは、タビタの生きた社会では多く見られました。初代教会には、だれにも養ってもらえずにいた女性たちを助けるという責任がありました。タビタの働きはベビーシット(子守り)、心の痛みに耳を傾けること、服を縫うことでした。彼女は自分の人生をそうした必要を最も持つ人たちの日常に注ぎました。

豊かな人生を生きるとは、自分自身をささげることだとタビタは知っていました。


・タビタは賢く投資した。

タビタは、自分が神ほど多くのものを与えられないことを知っていました。イエス様は「わたしの弟子だからとうことで、この小さい者たちの一人に一杯の冷たい水でも飲ませる人は、決して報いを失うことがありません」(マタイ10:41-42)とおっしゃいました。

上着を繕ったり継ぎ布を当てたりすることが、神の国にどんな意味があるのでしょう。こんな些細なことに何か意味があるでしょうか。

もちろん、あります。誰のためになっているのかあなたは知らないかもしれませんが、神様は知っておられます。こうした小さくも気前のよい働きは、傷ついた世界で神の恵みの香りとなるのです。

私たちの中でペテロのようになる人は多くありません。おそらく、奇蹟的に病人をいやしたり死人を生き返らせたりすることはないかもしれません。しかし、ささやかな恵みを表す働きも、同じように価値があり力があるのです。裁縫をしたり食事を作ったり、ハガキを送ったり、励ましの電話1本をかけたりすることでも、あなたはイエス様の弟子であり、目的のある人生を送っており、神の国のために投資しているのです。

タビタは私たち全てが見習うべき、美しい姿を残してくれています。

2019/08/17

神の目から見たリーダーシップ

      
「caregiver」の画像検索結果     Melva L. Henderson

2015年12月15日に祖母が召されました。
葬儀では、牧師や教会の人たちによって祖母の主に仕えた足跡が語られました。
1時間近くも、祖母がいかに人々に仕えることに打ち込んだかが話されました。
祖母は仕える人でした。
私が生まれた日から、彼女は私のために仕えてくれました。
私の家族、いとこ、おば、おじなど、親戚だけでも60人近くの人々のためにも彼女は仕えました。
論争や仲たがいが起こった時にも祖母は誠実でした。

ある日、どうして仕え続けることができるのかを尋ねると、祖母は「イエス様が私をここに置かれたのだから、私自身にはここでの奉仕をやめる権利はないのよ」と答えました。
イエスは「あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、皆に仕える者になりなさい」(マタイ20:26)と言われました。
肩書はありませんでしたが、祖母はリーダーでした。

「あなたがたの間で一番偉い人は、一番若い者のようになりなさい。上に立つ人は、給仕する者のようになりなさい。食卓に着く人と給仕する者と、どちらが偉いでしょうか。食卓に着く人ではありませんか。しかし、わたしはあなたがたの間で、給仕する者のようにしています」(ルカ22:26-27)。

普通に考えれば、イエス様がおっしゃったことはばかげていると思えます。
偉くなりたいなら、一番下の者にならなければならない?
自分を無にして、どうやって偉くなれるのだろうか?
でも、イエス様はご自身の謙遜さを身をもって示してくださいました。
ピリピ2:6-7には、イエス様が神としてのあり方を捨てられないとは考えずに、ご自分を空しくして、しもべの姿をとってくださったと書かれています。

この世は、リーダーになりたい人であふれています。
人々はなんとかして前に出たい、上に立ちたいと奮闘していますが、イエス様の望まれることは明らかです。
もし上に立ちたいなら、下に行きなさい、と。
イエス様はリーダーシップよりもサーバントシップ(仕えること)について多く離されました。
私たちが他の人々に仕えること、支えることで忙しいなら、その過程で私たちはリーダーになっているのです。

「仕える」の元のギリシヤ語は"diakonos”で、「伴う、牧する、他の人の願いを実現する」という意味です。
これが仕えることであり、同時にリーダーの最も基本的な定義です。
リーダーとは自分の利益を求めず他の人の利益を求める人です。

イエス・キリストは歴史上最も偉大なリーダーですが、それは彼が最も偉大なしもべだったからです。
マルコ10:45では、イエス様は「人の子も、仕えられるためではなく仕えるために、また多くの人のための贖いの代価として、自分のいのちを与えるために来たのです」と言われました。
この奉仕と犠牲により、私たちは今こうして生かされています。

私の経験から言うと、前に立ちたいと思わずにただ他者を助けたいと願う人たちを、神様はしばしば前に立つようにされます。
神の目には、真のリーダーシップは承認を得ることでも称賛を受けることでもありません。
他の人々に仕えることなのです。
残念なことに、多くの人たちは承認や賞賛を得るほどには真のリーダーシップに関して関心を示しません。

レイチェルという宣教師の話を思い出します。
彼女は宣教地で素晴らしい奇蹟を目にし、彼女自身も神様によって多くの人の癒しと解放のために用いられました。
しかし本国に戻ってからは看護助手として働きました。
仕事の中には、便器をきれいにするというものもありました。
便器を掃除しながら、ある日彼女は主に祈り叫びました。
「あなたは私を世界中で用いられました。奇蹟や人々が救われ癒されるのを見てきました。それなのに、私のその後はこれですか?便器の掃除なのですか?」

主は彼女に語られました。
「レイチェル、これらの便器を私のために掃除してほしい。プライドを捨てて、この便器を使っている人たちに謙遜に仕えてくれないか。この仕事を、私のためにしてほしいのだ。」
レイチェルは泣きながらひざまずき、悔い改めました。
そして祈りながら便器を掃除するようになりました。
すると、その便器を使っていた人たちに一人、また一人と奇蹟が起こりました。
まさにしもべの心を持つことによる力でした。
彼女が自分自身から他の人々へと焦点を移し態度を変えたことで、神様が祝福したいと思われる人への癒しのために用いられたのです。

リーダーになることや前に立つことに一番の関心を持つよりは、偉大なしもべの心と思いを持つ者であるようにと願ってください。
純粋で謙遜な心で仕えることができるようになればなるほど、神様の目にあなたはリーダーとして映ります。
そしてあなたを用いて神様が他の人をますます祝福することができるのです。


2019/01/22

人生最高の時はこれからだ



神は、若くなくても喜んで働く人を必要とされる。

Patricia Raybon




私はもう25歳ではなく、45歳でもなく、65歳でもありません。
でも神様は気にはなさいません。
月曜日には私の電話が鳴ります。メールの受信箱はいっぱいです。
やる事はたくさんあります。
聖書が言うとおり収穫は多いのです。神様が私に望まれる働きがあります。
年齢を重ねて最も驚くのは、神様は年齢など気にされないということです。
神様は喜んで働く人を必要とされます。
私の生活で最大の関心事は、髪を染めること、太ももを細くすること、若返りの注射をすることではありません。
ただ、たゆむことなく神様のために喜んで働こうとしているか、に尽きます。

私は自分のライフステージや年齢で葛藤したことがありません。
それは私が常に働き続けてきたからです。
年齢や人生の段階、召し、肌の色にかかわらず、働くことは魅力的で聖なるものです。
かつては人生の最高の時期とは能力と賜物によるのだと考えていましたが、最高の時期とは神様の私達への目的、そして私達がそのために喜んで働くかどうかによるとわかりました。
89歳のニューヨーク・ブルックリンに住む芸術家について、ニューヨークタイムズの最近の記事は「彼女の長生きの秘訣はよく働くことだ」というものでした。

幼い頃から父はこの原則を教えてくれました。父には息子がいませんでしたが、「娘たち」すなわち私達姉妹がいました。私達は黒人差別の残っていた1950年代に生まれました。黒人居住区で育った私達は、毎日夜明けに起きてベッドを整え、皿を洗い、床や洗面所の掃除をし、そして岩を運びました。

まさしく、岩を運んだのです。それは公正住宅法(訳注:1968年米国で、住宅の譲渡・賃貸の人種差別を禁じる法律)が成立した1960年代のことでした。
働き者の両親は街中心部にあった懐かしくも狭苦しい小屋から、森林地帯にある広く清潔な新しい集合住宅に黒人の(私達)家族が引っ越すことを選びました。
それは私達にとって新たな始まりでした。新居は郊外の同じような風景にあり、家の前は岩がごろごろして何もありませんでした。
誰のものでもない空間でした。
そこである土曜の朝、父は私たち姉妹を早くから起こし、岩をすべて取り除くようにと言いました。
父はそこに何とか芝を植え、郊外にふさわしい芝生の庭にして隣人たちをなだめようと決めたのでした。
それで、私は岩を運びました。一日中。

私はやせた14歳で、岩は重かったのですが、空は青く太陽は輝いていました。
そしてその仕事は(仕事というものはたいていそうですが)、底抜けに良いものでした。
一日の終わり、自分の影が長くなってくる時間にそこに立ってすっかりきれいになった庭を見ると、苦々しい思いではなく、にこっと笑顔がこぼれました。
「よくやった」父が言いました。
「ありがとう、パパ。パパもよくやったね」と私も言いました。

父が教えてくれた事のうち、第一はキリストと十字架にある満たしでした。
そして第二は働くのはすばらしい、ということでした。
年齢?そんなことは関係ありません。
私たちの若いことを良しとする文化の中では、年を取ることは悲しむべきこと、軽くあしらわれることです。
皺は恥ずかしく、白髪は隠すべきものと思われています。

はっきりしているのは、私たちの文化には出エジプト記の内容が反映されていないということです。
3章には、モーセが義父イテロの羊を飼ってシナイ山に登った記事があります。
彼は80歳でした。
けれども神は彼の年齢など気になさいませんでした。
むしろ神はモーセに目を留め、山にいた彼に恐らく最も優しい言葉で語りかけられました。
「履き物を脱ぎなさい」と。
どういう意味でしょうか。
イテロの羊を飼って時を費やすのをもうやめなさい。
聖でない土地で履き物をパタパタさせて歩くのをやめなさい。
そうではなく、私の前であなたの履き物を脱ぎなさい。
そして?
本来の仕事にかかりなさい。
たとえ信じることができなくても、全てをあなたが変えることができる、とモーセは語られたのです。

もちろんモーセは尻込みしました。
自分はふさわしくない、と答えます。
「彼らは私の言うことを信じず、私の声に耳を傾けないでしょう…私は口が重く、舌が重いのです」(出4:1、10)。
今日でもモーセの言葉は私達のほとんどに当てはまるでしょう。
自分を疑い、うろたえ、勇気のない姿が。

しかし、モーセが口にしなかった印象的なことがあります。
80歳でしたが、彼は決して「私は年を取りすぎているのではないでしょうか」とは尋ねませんでした。
彼は他のことを心配しました。話下手なこと。まとまりのない人々を導く能力。
しかも、若さとはかけ離れた83歳の彼の兄アロンと共に行くことを願ったのです。

モーセは年齢を心配することはありませんでした。
ならば、私達も心配する必要があるでしょうか?

私達の多くは、ある年齢に達すると立派な人になり目的を達成するのだと思っています。
そして人生の表舞台から身を引き、ゴルフコースや自宅の玄関で過ごし、何かをなすには年を取りすぎたと言うのです。
けれども、聖書には引退という概念がほとんどありません(例外は民数記8:24-25のレビ人の奉仕)。
年齢に関しては、神様は何も気になさらないようです。
年月の創造主として、神様は引退の日を数えるのではなく、「自分の日を数え」、
「知恵の心を得」るようにと言われます(詩篇90:12)。

聖書にはいわゆる「素晴らしき日々」を過ごす英雄たちがたくさん出てきます。
アブラハムとサラはそれぞれ100歳、90歳でしたが、約束の息子を生み、国民を育てました。
ノアは600歳で箱舟を作りました。
ザカリヤとエリサベツはバプテスマのヨハネの親となった時には「二人ともすでに年をとってい」ました(ルカ1:7)。
女預言者アンナもまた、「非常に年をとって」も宮で仕え、注意深くメシヤの到来を待ち望んでいました。
ついにイエスを見ても、彼女は働きをやめて引退したのではありませんでした。
そうではなく、ますます熱心に「エルサレムの贖いを待ち望んでいたすべての人に」この幼子のことを話しました(ルカ2:36-38)。

私達に託されたことは、アンドリュー・マーレ―が言うように「働きと果実を混同してはならない」ということです。
「天の国の果実を結ばない、キリストのためにすると思っている働きがたくさんあるかもしれない」のです。
働き者の父はこの真理を理解していました。
野望や利己的な関心から悪い動機でする働きは、御国の目的や油注ぎがなく、天的な喜びもない、ということを。

父は日曜日に私達姉妹を教会に連れて行き、人生の全ての日を神様に捧げるなら、神様があらゆる瞬間を素晴らしい時にして下さることを私達に知ってほしいと思っていました。
父は、大人の期間をものづくりをした「大工」を、ガリラヤ地方に向かい世界を変える30歳までそうして待った「大工」を、私達に知ってほしいと思っていました。
彼はいつも働かれました。
そして私たちに素晴らしい約束を下さいました。
誰でも彼を信じるものは「さらに大きなわざを行います」という約束です(ヨハネ14:12)。その「わざ」とは奇蹟です。

私達には岩を動かす以上のことができると彼は言われました。
「山を動かすことができます」(マタイ17:20)と。
どのようにしてでしょう?
イエス様は説明して下さいました。それは「わたしが父のもとに行くからです」(ヨハネ14:12)と。
この良い知らせは、キリストから私達に送られた聖霊が、私達を強め、たゆむことなく御国のために働き続けるために隠れた能力を明るみにされるということです。

私が知る最も高齢の女性は現在105歳ですが今なお活動的です。彼女はアドバイス(私にくれた最上のもの)と共にこの真実を実証しています。
「よく長生きする方法、それはあなたのペースで歩み続けることよ。」
それに付け加えて「忙しくしていなさい。ただし、聖霊様に働いていただきなさい」と言いました。

私は60代後半に差しかかっていますが、電話は鳴り続けます。私は感謝しながら受話器をとります。
私は喜びをもって応答します。なぜなら、年ごとに収穫はよいものになっていくからです。
なぜかですか?
それは神様がよい果実を私達皆の中に実らせてくださるからです。



2018/06/19

変化をもたらす:インタビュー メルヴァ・ハンダーソン(4)


JBU: 今あなたのように辛い時期を通っている女性に言葉をかけるとしたら。

メルヴァ: 神様が父親であるということを忘れないでください。神様のような父親はおられません。
その信仰が私を支えてくれています。神様は決してあなたを見捨てません。


JBU:  断食は、どのように神様への飢え渇きを深めてくれるのでしょうか。

メルヴァ: 毎週火曜日が私の安息日です。世の中から離れ、家族と過ごすことを最優先する休息の日です。FacebookもSNSも見ません。メールなどにも返信をしません。
なぜなら、私には時に物事が早いペースで押し寄せ、十分に考えることができないからです。
私は賢い選択をしたいと思っています。
成熟し、よく考えて人生を送ることができるようにと願いますので、霊的訓練としてテクノロジーを断つことはぜひとも必要だと思います。

神様は安息され、働きを休む1日をとられました。私たちは神より優れた者ではありません。
ですから、スイッチを切り、心騒がせず、テクノロジーや食物を断つ日が必要です。
それは健康を維持し、心を休ませる素晴らしい方法です。
今日、それは肉体に安静を命じる時であり、特に神様に聞くことができる時です。
神様に聞き、意図的にスイッチを切ることには訓練が必要です。

繰り返しになりますが、テクノロジー、食物、つきあい、何を断つかにかかわらず、それらから距離を置くことで、神様に近づくのです。
私は、神様のところに行くという目的でそれをしています。そうすれば、私は神様の前に自分の人生を保つことができ、この世のそれ以外のものから静まることができます。
私のたましいと、全人的な存在に必要なものを取り戻すことができるのです。


JBU: 女性はこの世界に変化をもたらすため、与えられた賜物をどう用いることができるでしょうか。

メルヴァ: 第一に、みことばを生きることです。そして、神の前に賜物を差し出し、神に絶えず訓練していただき、人々のために用いることができるようにして頂くのです。
賜物を用いようと願い、置かれている場所から始めてください。まずエルサレムで、そしてユダヤとサマリヤで、やがて全世界で。

ある人にとっては、エルサレムとはあなたの子どもかもしれません。神様が呼ばれ召されるところならどこででも始めるのです。
大統領の母親は、まさか自分が未来の大統領を育てているとは夢にも思いません。でも、事実はそうなのです。
あなたが何をしているのかにかかわらず、神様はあなたを国を変えるのに必要な器として整えておられます。あなたの国とは、私の祖母がそうだったように、あなたの足元かもしれません。
どこにいようと、背景がどうであろうと、人種や社会経済的背景がどうであろうと、あなたは人々の人生に触れることのできるものを持っているのだと知ってください。
どこにいるかにかかわらず、変化をもたらすことのできるものをあなたが持っているので、神様はあなたをそこに置かれているのです。


JBU: 今日の女性について気になることはありますか。

メルヴァ: 神様との親しさが欠けていることです。
私たちは絶えずこの世のものと距離を置き、神様を人生の中心にする必要があります。
人生をかけて神様を愛してください。
1ペテロ1:16には「あなたがたは聖なる者でなければならない。わたしが聖だからである」
と書かれています。私たちは聖さについて妥協することはできません。

もう一つは分派です。皆の関心が「私は」「私の」にあり、「私たち」に十分関心が払われていないように思います。
私たちは自分より前に他者のことを考えなければなりません。私はそのことを祈ってきました。
祖母が大変賢明に教えてくれたように、私たちは愛し、愛し、愛しぬかねばなりません。
神様の愛のうちを歩むように求められているのです。
それはあなた自身についてではなく、あなたが仕えるよう召されている人々に対してです。


JBU: 私たちへの励ましがあれば、お願いします。

メルヴァ: 自分を信じてください。神様が召してくださったと信じてください。内に聖霊が住んでおられると信じてください。罪赦されたことを信じてください。全て癒されるのだと信じてください。神様が信頼できる方だと信じてください。神様があなたの人生を御手に抱き、あなたが呼び求めるなら答えて下さる方だと信じてください。
神は平安の神です。悪いことが起こらないという意味ではありません。私たちは堕落し傷ついた世に、堕落し傷ついた人々と生きているのですから。
けれども神様は良い方で、何があろうともあなたのことを気にかけていてくださるのです。



変化をもたらす:インタビュー メルヴァ・ハンダーソン(3)


JBU:聖書のことばをそこまで愛するようになられた経緯を教えてください。

メルヴァ: 神学校の学生時代、ヨハネ15:7の「あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまっているなら、何でも欲しいものを求めなさい。そうすれば、それはかなえられます」というイエス様の言葉が目にとまりました。
その前の部分では、「わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫です」とあります。ここでは、イエス様のうちにとどまることが語られています。そして、イエス様とそのことばとが同義のものとされています。
もし満たされたいなら、みことばに親しまなければなりません。

また、イエス様はヨハネ14:23で、わたしのところに来るなら、父とわたしはその人のところに来て、その人とともに住むと言われました。
「どうやって?」と思いましたが、それはみことばを通してでなければなりません。
私は父なる神様とともに住みたいですし、子なる神様とともに住みたいです。
ですから、みことばに親しむと決心したのです。
人生の回答を与えるのは、神のことばそのものです。


JBU: どうしたら生涯聖書に親しむ習慣を持てるでしょう。

メルヴァ: 文字通り、訓練です。この社会、テクノロジー、電話、iPadなどは私たちの時間と注意を引こうとします。ですから、神のことばがまず第一である、と優先順位をつける決意をしなければなりません。
私の祖母はいつも「生活の中で神様をまず第一にすると決意しなさい」と言っていました。
ですから、毎日神様を見上げます。たとえ、そうする気にならなかったとしても、です。
それをパウロは1コリント9:27で「私は自分のからだを打ちたたいて服従させます」、別の訳では「自分のからだを打ちつけます」と述べています。
言い換えれば、私は強いて身体を従わせ、すべきことをするのです。それはすべきこと、訓練です。

30年前から、早朝に祈るために起きるようにしています。それも訓練ですね。毎朝、私は起きて、神様と話す準備をします。初めに聖書を読み、そして祈ります。


JBU: 聖書の読み方について教えてください。

メルヴァ: 初めに、31章まである箴言から1章を読みます。
次に、毎朝パウロの祈りを読みます(エペソ1:14-23、3:17-21、コロサイ1:9、ピリピ1:9)。

まずエペソの「どうか、私たちの主イエス・キリストの神、栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、あなたがたに与えてくださいますように。また、あなたがたの心の目がはっきり見えるようになって、神の召しにより与えられる望みがどのようなものか、聖徒たちが受け継ぐものがどれほど栄光に富んだものか(見えますように)」で始めます。
それから、エペソ3:18にあるように、キリストの愛の広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解する力を持つことができるように、と祈ります。
もし神様の愛が私のうちにあることに気づくなら、何が起ころうとも、何をされても、人々を愛することのできる心が与えられます。

ピリピ書からは、神様の働きができるよう、御霊のくださる賜物を受け取ります。
もし人生で何か起こり、心がざわざわしても、それらのみことばを見上げて助けをいただきます。心がみことばで満たされたら、祈りに移り、答えを求めます。


JBU: 聖書のことばを明確に体験された、特別な経験がおありですか。

メルヴァ: 2年前に祖母が召された時です(90歳でした)。彼女の死ほど私の人生に影響を及ぼした出来事はありません。
彼女がいないという心の穴を埋めるのに、2年かかりました。
私は実の父母に育てられていないので、祖母が私の家族そのものでした。
しばらくの間、自分が自分でないようで、ただ息をしているだけの状態でした。
落胆し、ひどい混乱と恐れと不安がやってきました。
けれども、長年神様がみことばを通して語ってくださったことが自分を支えてくれたのだと信じています。

悲しみに沈んでいたある日、主ご自身が私の父親となる、と明確に語ってくださいました。
詩篇68:5に、神は「みなしごの父」とあります。その言葉が、私を穴から引き上げてくれました。神が私の父となって下さり、私は独りぼっちではないと知ることで私に変化が起こりました。

また、イエス様が私の悲しみを悲しみを背負ってくださることもわかりました。
マタイ5:4「悲しむ者は幸いです。その人は慰められるからです」という励ましが与えられました。
だから、私は悲しんでよいのだ、と知りました。そのことが私をおおいに支え、神様が私の父となってくださると信じる決意が全てを変えました。  (続く)


変化をもたらす:インタビュー メルヴァ・ハンダーソン(2)

JBU編集部:あなたのおばあさんのことを聞かせてください。

メルヴァ: 私にとっては人生で最も影響力のあった人です。
私は自分に母親がいたら、父親がいたらいいのに、と常に思いながら育ちました。
けれでも、私には常に祖母がいてくれました。
彼女は私のメンターでした。
小学校しか出ていませんでしたが、神との深い交わりをし、教会の柱となっていました。
彼女は自分の人生を私のために注いでくれました。
彼女の家には選択の余地はありません。イエス様だけです。
それで、私は教会と家のどちらも常に神をあがめるところで育ちました。
もし私が土曜日に生まれていたら、日曜日には教会にいたでしょう、と冗談を言うくらいです!

12歳になる前には、もっと神を知りたいという渇きが心に生まれました。
私自身の個人的な信仰を培いたいという思いです。
その頃には、生みの母も信仰を持ち、家に戻ってきていました。そして兄と私を全市規模の大きな集会に連れていってくれました。
私はそれまで、そのような集会について聞いたことがありませんでした。
招きがあったとき、私はイエス様を自分の主として受け入れようと前に出ていきました。


JBU: その後、神様はどのようにあなたを変えられたのですか。

メルヴァ: 人生にはいくつか失敗もありますが、その日以来私は後悔したことはありません。
その後、神様との関係を意識しない日はありませんでした。
罪深いことが普通である大学時代でさえ、そうでした。
盛り場で「神様が悲しまれているわ!」と叫んだので、そこにいた人たちは皆ばつの悪い思いをしたことでしょう。神様が私に望んでおられない場所にいるということがわかりました。どうしたら、バーに変化をもたらすことができるでしょうか。
21歳の時に、私は人生を主と主のご計画にすべて委ねると決心し、主との関係がより深いものになりました。


JBU: あなたが今日の姿であるには、あなたの祖母はどんなことを教えてくれましたか。

メルヴァ: どのように人々を愛するか、ということです。
「人々を愛さなければなりませんよ。あなたに何をしたか、何を言ったかは問題ではないの。ただ愛するのよ」と彼女は言ったものでした。
また、彼女の姿を通して祈りの力を学びました。毎晩彼女の寝室に行くと、彼女はひざまずいて祈っていました。神様を優先順位のトップに置く、すばらしい女性でした。


JBU: 母親や祖母は、子どもたちに信仰面でどのように影響を与えられるでしょうか。

メルヴァ: 自分自身の絶え間ない神との歩みを通してだと思います。
「信仰は教えるより体得する方がよい」と私たちはよく言います。
もし、私たちと神との個人的な関係が子どもたちにとって見えるか経験できる何かでないなら、それを知ることはできないでしょう。
子どもたちが、私が試練を通る時に神だけがそれを乗り越えさせてくださるという歩みを見るなら、それ以上に強い証しはありません。
多くの子どもたちは成長の過程で反対の道へ行こうとしますが、母親や祖母がたえず神と歩み、神の話をするならば、この世にも消し去ることのできない印象を子どもたちに残すのです。


JBU: あなたと祖母の間のようなメンターの関係を、女性たちはどのように築くことができるでしょうか。

メルヴァ: どんな人でも、人生について語り導いてくれる人を必要としています。
今日の次世代の人々にはグーグルがあり、残念なことに、グーグルが時代の知恵になっていくと思っています。
でもそうではありません。
私は自分の人生を通じて、祖母の足元に座り、同じ話を語るのを幾度となく聞きました。
18歳になった時、「おまえは知識では私を越えるかもしれまいが、知恵では決して私を越えることはないよ。私はおまえより長く生きてきて、より多くの経験をしてきたのだから。おまえが行ってみようと思うところに、すでに行ったことがあるのだから」と祖母は言いました。
すべての女性は、自分が行こうとするところに行った人に語ってもらう必要があるのです。(中略)
誰かに近づいて歩もうとするなら、相手は持っている宝をあなたの人生に分けてくれるでしょう。
だから、私は祖母のような神の人、神を知り神と深く歩む人の話が聞きたいと思うのです。
そういう人たちを通して、神様は人生について何かを教えてくださるのです。


JBU: 自分の人生が影響力を持つということを、どのように知りましたか。

メルヴァ: 自分の人生は私自身のものではないということに、気づいたからに過ぎないと思います。
私の人生をゆだねるようにと召されたからです。自分自身がそういう働きに置かれているのですね。
私の祈りは「神様が望まれることを私は望みます。あなたが望まれるところに私は行きます。あなたが望まれることを私は行います」というものです。
信仰生活を通して一貫してそれを祈ってきました。


JBU: 「私では不十分です」とか「私はこの働きにふさわしくありません」などと思われた時がありますか?

メルヴァ: ほとんど毎日そのように感じます。
でも2ペテロ1:3には「主イエスの、神としての御力は、いのちと敬虔をもたらすすべてのものを、私たちに与えました」と書かれています。
この聖句を握って、どんな働きも、恵みにより等しく与えられているのだ、と確認しています。
この働きを始めて以来、私はよく神様にこう言います。「私が自分のためにしているのではありません。神様、あなたが私に与えられたのです。理由はわかりませんが、あなたがせよとおっしゃるのです。人に、様々な国に、町に届くこと、本を書くこと、メッセージを語ること、あなたが私にその働きを与えられたのです。ですから、どうぞ知恵を与えて、あなたの栄光のためにさせてください」と。


JBU: 恐れが来たら、どうされますか。

メルヴァ: 恐れを蹴り飛ばし、心を強くして追い出します。神様が開いてくださったドアに一歩進みだします。恐れというのは、怖がっても私たちをとどめる力しか持ちません。恐れは自分にどうにかして忍び寄ろうとするので、日々それを認識する場所が必要です。


JBU: どのようにして打ち勝つのでしょうか。

メルヴァ: 神に頼り、みことばを読み、歩み続けることです。恐れのない人生は歩みですから、聖霊に頼りつつ生きることです。全てを聖霊にゆだねることです。
「主よ、ペテロに命じられたように、あなたが来なさいとおっしゃいました。ですから、おことばに従って前進します」と言うことです。
主はいつもそこにおられます。そして、恐れを乗り越える歩みは、もっと大きな恐れを乗り越える力となります。   (続く)
                               
 

変化をもたらす:インタビュー メルヴァ・ハンダーソン(1)


(LinkedIn より)
メルヴァ・ハンダーソン(Melva Henderson)はイエス様を心から慕い求め、信仰の遺産を受け継いだ女性です。



Shelly Esser








メルヴァ・ハンダーソン(Melva Henderson)はイエス様を常に愛してきたといいます。

いつからイエス様を愛するようになったのですか、と尋ねたら、彼女の美しい茶色の目は輝き始めます。そして祖母サディ・モンローの足元に座って、あふれ出る知恵を一つ一つ受け継いだことを話してくれるでしょう。
自らの霊的な旅(スピリチュアル・ジャーニー)について語る時、メルヴァは祖母のことを「ママ」と愛情をこめて呼び、尊敬をもって話してくれます。

メルヴァの顔が祖母を思い出すだけで輝くので、二人の間に深い愛と結びつきがあったことが感じられます。
メルヴァにとって祖母は最も人生に影響を与えた人物だとすぐわかるのです。

55年以上前、メルヴァと双子の兄は理想的とは言いがたい環境に生まれました。
2人の人生に永遠の影響をもたらすであろう決心をしたのは、祖母でした。
メルヴァに植えられた信仰は年月を経て深まり、いまや世界中の人々を神の国のために働く者へと変える器になっています。

「生まれたとき、母親は双子の兄と私を病院に置き去りにしました。母は10代で、私たちを育てることができなかったので、養子に出そうとしたのです。
ところが主は、私たちを家に連れて帰り、自分の子として育てなさいと、明確に祖母に語られたのです。」

当時メルヴァの祖母自身も、3週間後に出産予定でした。
けれども、疑いなく神様はメルヴァと兄のマーヴィン、そして「おば」にあたるパットとを三つ子のように育てることを望んでおられました。
そして、彼女はその通りにしたのです。

メルヴァは自分が国際的なミニストリーをするようになるとは思ってもみませんでした。
でも、神のことばへの深い渇きが出てきたとき、「自分の生きたいように生きるのではない」という幼い時からの経験が、神が自分をユニークな働きに召しておられるためだとわかりました。
祖母の足元に座って生きた信仰を学び、やがて自分も愛に生き、大胆な語り手・書き手として他の人々も同じ生き方をするよう教えることに導かれたのです。


今日、メルヴァは人々がみことばと訓練によって変革されるための、宣教の働きをしています。
彼女の情熱は周りに広がっていきます。
彼女はウィスコンシン州ミルウォーキーにあるワールド・バイブル・トレーニング・インスティテュートの校長及び設立者として、人々が神様とより深い交わりに入れるように導いています。
その学校では、世界中のクリスチャンリーダーが宣教のための訓練を受けています。
加えて、彼女は結婚して25年になる夫、アーヴィンが牧師をつとめるワールド・アウトリーチ・センター教会を共同牧会しています。

2007年に、彼女は町の貧しい人に食物と衣料を届けるリトル・フィート・オブ・メキシコ及びミルウォーキー・ギブという団体を立ち上げました。
またラジオやテレビのホストでもあります。
さらに、成人した5人の子どもと、4人の孫がいます。

近頃、私たち(JBU)はメルヴァから一人の女性の持つ影響力、そしてイエスと人々への愛をもって生きる彼女の人生の情熱についてインタビューする機会を得ました。(続く)


2017/06/28

「ここに来る前に死んでいます」(3)

犠牲と希望の証し エミリー・フォアマン(Emily Foreman)

← その(1)      ← その(2)

(続き)

真実はこうです。
世界には、ムスリムの信仰を持っている、と自称するテロリストがいます。
私たちの生活を変えてしまおうとする過激派がいます。
キリストに真に従う者として、私たちはどう反応すべきでしょうか。
彼らを追い出してしまえばよいのでしょうか。
安全を追い求めることと正しいこととは、異なる場合があります。
危険を冒しても、自国よりまず神の国を優先するということが大切ではないでしょうか。
私はアメリカ人であることを誇りに思ってはいますが、それ以上にまず天国の市民としての忠誠を第一にします。
自分自身に死ぬならば、国境を越えて神様に栄光を帰すどんなことにも、私たちの命をささげることができるのです。

私は信仰と恐れのはざまで葛藤し悩んだ時、ステファンが北アフリカに戻る数日前(殺されるわずか1か月前)に集会で語ったメッセージを読み返します。

ジェイムズ・カルバートがフィジーの人食い人種への宣教師として出向いた時、船長は彼を止めようとして言った。
「そんな野蛮な人種の所に行ったら、あなたも一緒に行く人も命を失いますよ」
カルバートはそれに対して、
「ここに来る前に、私たちはすでに死んでいます」と答えた。
今晩、もう一度私たちは自分に問いたいと思います。
あなたは死んでいますか?自分自身に、自分の願いに、そして恐れに。
そしてキリストの内に生かされていますか?

人々があなたの人生を、また私の人生を見た時に、キリストだけを見ることができるように、というのが私の願いです。
自分のものでないかのように、私たちの人生を生きようではありませんか。
この世にあってはまさしく寄留者でありましょう。
この世においては異邦人でありましょう。
私たちの国籍は、天にあるのです。


ステファンはこの言葉のとおりに生き、そのとおりに死にました。
そしてこの言葉のうちに今も生きています。
ステファンを失ったことは忘れられないですし、それは私たちを完全に変えてしまいました。
でも、ステファンが現地から飛び立つ前に死んだことによって、神様に栄光が帰せられ、多くの魂が永遠に変えられたという、その約束を私たちはつかんでいます。
私たちは引き続き、ステファンが死ぬ直前に書いた問いに答え続けなければなりません。
「そのためになら死んでもよい、人生をささげてもよい、行動してもよいと思うものがありますか。」
目的のない人生を歩むのは、死ぬよりも悪いことです。


「ここに来る前に死んでいます」(2)


犠牲と希望の証し エミリー・フォアマン(Emily Foreman)

←その(1)


(続き)                

ところで、驚いたことに、「ステファンは撃たれる直前にムスリムの信仰告白をしていた」といううわさが広がっていることがわかったのです。

初めは何ということを、と思いました。
けれども、やがて、それはステファンの死に直面して葛藤するムスリムの友人たちがいかに多いか、ということの現れだとわかりました。
友人たちは、何とかして自分たちが信じていることをステファンも死ぬ前に受け入れたのだ、と思いたかったのです。
ステファンが地獄に行ったなどとは考えたくなかったのでした。

それがわかって、私は深く慰められました。
そして、イエス・キリストに従うことが神に近づく唯一の道であり、ステファンは肉体を離れて主のみもとにいるほうがよい(2コリント5:8)と信じていたのだ、と話す多くの機会を得ました。

2週間の滞在が終わり、現地を離れる準備をしなければなりませんでした。
でも、こうして現地を「訪問する」だけというのは違和感がありました。
そこは依然として私たちの住む場所のように感じられました。
涙を流しながら、私は主がもう一度心に語ってくださるのを感じました。
「まだ働きは終わっていない。蒔かれた種に水をまくため、私は続けてあなたを用いたいのだ」と。
心の痛みと平安とが同時にやってきました。
苦しみと喜びとがこれほど見事に共存し得るということを、決してその時以上に理解することはできないでしょう。

私はしばしば「この悲劇的な事件で最も犠牲になったあなたたち家族が、どうして戻ってきて住み続けることができるのですか」と尋ねられます。

答えはシンプルです。「夫を殺した人のことは知りません。でも、あなたやこの愛する国に住んでいる人々のことは知っています。
私はその人々を愛していますし、もっと重要なのは、その人々を心の底から愛しておられる神様に私は仕えている、ということです」と私は答えます。

もちろん、事件を忘れることはできません。ステファンの死は心にぽっかり穴をあけました。愛する者を失うのは、体を切断されたようなものです。
いやされ、何とか歩み出すでしょうが、心の穴は埋まることがありません。

心の痛みを覚えます。でも、いやしも体験しています。
同じく静かないやしは、子どもたちの上にも起こっています。
父親がいないのはとても寂しいですが、同時に父親を誇りに思っています。
そして、彼の子どもであることを誇りに感じています。
子どもたち一人ひとりは、それぞれ異なるいやしの過程を通りましたが、神様は誠実なよきお方でした。

私たちは喪失を体験しましたが、豊かなのです。
マルコ10:29-30でイエス様が「わたしのために、また福音のために、家、兄弟、姉妹、母、父、子、畑を捨てた者で、 その百倍を受けない者はありません。今のこの時代には、家、兄弟、姉妹、母、子、畑を迫害の中で受け、後の世では永遠のいのちを受けます」と言われたように。

私たちには、北アフリカの地で神様が遺産として与えて下さった多くの兄弟姉妹、家族がいます。また、本国アメリカでも神様は遺産というべき人を増やして下さっています。

神様は、私のムスリムの人々への愛を増し加えてくださっています。
北アフリカで長年ムスリムの人たちと生活を共にしてきたので、アメリカでもムスリムの人と友達になることは容易です。
多くの時間を使って、楽しみながら文化的・宗教的違いのあるムスリムの移民や難民の人たちと深い友情を築いています。
その人たちがアメリカの文化や生活様式になじもうと葛藤していることを分かち合う時、私のその人々への重荷は深まります。

かつて本国でホストファミリーとなった時、外国人として米国に来て、言語や全く異なる文化・習慣の中で何とか暮らしていこうとするムスリムの友人に深い共感と憐みを感じました。
もっとも、彼女と私の違いは、私は彼女の母国では両手を挙げて歓迎された経験を持つということでした。
私たちがいろいろな面で違っているとわかりつつ、ほとんどの人は友人になろうとし、文化を教えてくれました。

悲しいことに、米国に来るムスリムの移民の人たちは、そのような扱いを受けていません。
ホスピタリティーの代わりに、アメリカ人たちが自分たちを恐れ疑っているということを多くの人が知ります。

モロッコからの移民である友人ミリアムに、「アメリカ人たちと会話するようにしたら、あなたが平和で親しみやすい人だ、とわかってもらえるのに」と言ったことがあります。
彼女の答えは私を恥じ入らせました。

「アメリカ人は私のような者にここにいてほしくないのよ。
冷たい視線やののしる言葉に私は耐えられるけれど、子どもたちがそういう扱いをされるのを見ると深く傷つくの。
母国の文化では、ホスピタリティーを受けるのはとてもよいことで、もしそうでないならそれは家族全員の恥なのよ。」

ミリアムの家族を思うと、胸がはりさけそうでした。彼女たちは私が知る中で最もやさしく、平和を好み、憐み深くて、神を純粋に愛している人々です。

(続く)







2017/06/20

「ここに来る前に死んでいます」(1)

犠牲と希望の証し   

エミリー・フォアマン
Emily Foreman

早朝、まだ辺りが静かな中、地域のモスク近くの道路に銃声が響きわたりました。
過激派アルカイダにより、若いアメリカ人宣教師ステファン・フォアマンは殺害されました。

キリスト教が禁じられている国に福音を伝える、という働きにエミリー&ステファン・フォアマン夫妻が神から召された時、二人はそれが命がけの犠牲を伴うものだとわかりました。
「ここに来る前にすでに死んだと思っています」と二人はよく話していました。

エミリーと4人の子どもが残されました。~夫を亡くした後も、イスラム教国で福音を伝えなさいという召しと共に。
夫ステファンの死、それは始まりでもなければ終わりでもありませんでした。
彼は無駄に死んだのではありませんでした。
ムスリムの人々への神の愛と夫がすすんで犠牲となったという事実に励まされ、エミリーと子どもたちは北アフリカでの宣教を続け、母国のクリスチャンたちが信仰の目をもってムスリムの人々を見ることができるように働いています。

*   *   *  


現地を訪れた時、夫の死について私たちが受けた最も深い慰めは、現地の友人たちが私たちの必要を考え、言葉をかけてくれたことでした。
友人たちも心を痛めていました。
なぜなら、自分の国の人物が自分の知り合いを虐殺し、知り合いの子どもは父を失い、その妻が未亡人となってしまったのですから。
友人たちは自分自身の感情と心の痛みと闘い、何とかして私たちに寄り添おうとしてくれました。
私も友人たちと共にいたいと切に思いました。

私たち家族は、親しくしていたアミルとジャメイラ夫婦をまず訪問しました。
彼らは駆け寄ってきてくれました。
アミルは家族の一人一人を抱きしめ、特に子どもたちを長い間抱きしめてくれました。
ジャメイラはすすり泣きながら、床に倒れそうなぐらいぎゅっと私に腕を回してくれました。

私たちの滞在中、アミルはステファンが殺された日の夜、雨の降る中でこの出来事をどう受け止めたかを離しました。
「僕の兄弟同様であった人は主の元に行ってしまった。しかし、僕たちは彼の遺産を伝えなければならない」
とステファンは強い口調で言いました。

それからしばらく口をつぐみ、静かな、しかしこれまで見たことのなかった勇気を持って私を見つめました。
「君も知っているように、僕は自分の命だけでなく、妻や子供の命をなくすのがこわかった。でも、今その恐れはない。
ステファンは死ぬほんの数日前に僕のところに来て、この同じ部屋で座っていた。
彼は熱があったが、声にはいつもに増して喜びがあり…」
少し切って彼は続けました。
「僕にこう話した。『アミル、僕はあとどのくらい生きられるかわからない。明日死ぬかもしれない。病気であれ過激派に殺されるのであれ、人生はとても短い。だから、まだ生きて息をしているうちに、神様に従わなければならない。死んでしまったら、もうやり直すことはできないのだから』」と。

その後も私たちは様々な人を訪問しました。
ムスリム・クリスチャンを問わず、どの友人も同じように涙を流しながら、ステファンが生前に語った言葉やしたことを話してくれました。
私はムスリムの友人が表す慰めや共感に、私は何度となく驚きました。

私の電話番号を知らないはずの多くの現地の人から、慰めの電話ももらいました。
「あなたの夫は、偉大な神の人でした」とその人たちは言いました。
「ムスリムの中には、彼に匹敵するほど偉大な人はいません。私たちの国は大切な人を失ったものです」と成功したビジネスマンの一人は私に話しました。

ある政府の役人が会いたいと言って来られました。
お茶を出した後、私を見つめ、彼は目に怒りを浮かべて言いました。
「どうして、あなたたち家族は、夫を殺した人物を赦すことができるのですか?
あれはムスリムではない。死刑に値する奴らなのです。」

私は、彼が私たち一家のために怒りを表してくれたことに感動しました。
そして、私たちはイエス様に従っており、イエス様は敵を愛し迫害する者のために祈るよう教えられたのだ、と話すことができました。
彼は黙って聞いていました。

とにかく、多くの人にはこのことが理解できないようでした。
「でも、どうやって赦すことができるのですか?」
「夫の命を奪った国に、どうして再び帰ってくることができたのですか?」
「赦し」という概念が、彼らには全くなじみのないもののようでした。
人々は純粋に驚き、当惑していました。

でも、ステファンの死はこの人々に深い印象を残したのです。
そして、今日でもまだ、私たち家族が赦しを示したことが人々の口にのぼっているのです。
(続く)


                その(2)→      その(3)→




2016/09/28

私からあなたへ Between You and Me


           
 Jill Briscoe ジル・ブリスコー

私たちができるだけ避けるべきことの一つは、「なぜ(Why)」かを探ろうとして、あまりにも多くのエネルギーを浪費することです。

「でも私にはとてもたくさんの疑問があるので、『なぜ』か考えないなんて不可能です」という声が聞こえてきそうです。
けれども、神様に違った尋ね方をすることは可能ではないかと思います。
「なぜ(Why)」と問うかわりに「どのように(How)」と尋ねてはどうでしょうか。

マリヤはガブリエルが現れて幼子を産むと告げられた時
ーただの赤ちゃんではなく、全てのユダヤ人の女子がその子を産む特権を願いましたー
「なぜ」と問わずにむしろ「どのように」と尋ねました。

彼女はもちろん「なぜ?なぜ今?なぜここで?」と尋ねることもできたでしょう。しかし、彼女はただ「どのように」と問うたのでした。
「この信じられない状況の中で、どのように神のみこころを行うことができるのでしょうか」
それに対する答えはとてもシンプルで訪問した天使から与えられました。
「聖霊によるのです・・・」
すぐにマリヤは喜んで「私は主のしもべです」と答えました。



私はそのような模範的な行動になるようにと、自分の反応を訓練してきました。
夫がリーダー・伝道者として世界各国の旅をしなければならなかった時、私は「なぜ今なの?」と問いたい気持ちになりました(当時、私たちには幼い子供と介護が必要な母がいました)。
「なぜ、私を助けてくれる肉親のいないこの地で・・・なぜ?」と。

葛藤を覚えましたが、やっとの思いで私は尋ね始めました。
「どのように?この難しい状況で、どのようにしてやっていく力を得ることができるのでしょうか、主よ。
どのように、3人の幼い子供たちの父親兼母親を務めることができるでしょうか。」

「なぜ、彼のチームの他の人が代わりに行ってくれないのかしら。なぜ、夫でなければならないのかしら。」といった疑問が頭をもたげてくるとき、
私は「もし夫でなかったらどうだったでしょう。主よ、あなたが用いようとされる人物と結婚できた特権を感謝します。この時に、どのように協力者となれるでしょうか。
どのように父親兼母親を務め、自宅がいつもどおりだという平安のうちに彼が出ていくことができるでしょう」と考えるようにしたものです。

神様の、私の「どのように?」という問いへの答えはいつも同じでした。
それはマリヤがガブリエルから受けた答えでした。
聖霊が私をおおってくださり、聖霊の力で試練に向かい、みこころがなされるのです。

ですから、次回「なぜ?」が浮かんできた時、かわりに「どのように?」と言えるまでの「待合室」に駆け込んでみてください。
それは私たちの心の内にある「静まる場所、待合室」です。
そこで神様を礼拝する時、「なぜ」を神様の足元に置くための助けを得るのです。


2016/07/26

希望の封筒~JBU、日本の人々にも届いています~




希望の封筒~JBU、日本の人々にも届いています~



Erica Chang エリカ・チャン


(文中は敬称略)






冷水が入ったガラスポットを想像してみてください。
グラスに注ぐと、のどの渇いた周りの人々はその水を飲んでほっとし、新たな力を得るでしょう。
でも、もしガラスポットに水が補充されなかったら、ポットはやがて空っぽで渇いてしまいます。


そのガラスポットのように、ジャネット・トンプソンは宣教師として、家族とともに日本で仕えていました。
霊的に暗い歩みをしている人々に、主の福音を届けようと、時間もエネルギーもささげていました。
しかし、しばしば水の補充されないガラスポットのように、渇きを覚えていました。

彼女と同じ宣教団体から派遣されたメンバーは各地に散っていたため、信仰を分かち合う集まりを持つことは難しい状態でした。
さらに、初めの数年は彼女が日本語で礼拝のメッセージを理解することも難しく、霊的な養いを十分受けることができませんでした。


彼女を励ましたのは1通の封筒でした。
一見何の変哲もない茶色の封筒は、年に4回ジャネットのところに届きました。
中には本誌(Just Between Us)が入っていました。
彼女は午後のひと時、紅茶を飲みながら最新号の記事を読むのを心待ちにしました。

「まるで友達と一緒に座っているようでした」と彼女は言います。
「聖書の教え、励ましの言葉、宣教のアイデアなどを吸収しました。
まさに魂の食物でした。」


ジャネットは恵みを独り占めにしませんでした。
日本にいる他の宣教師たちの励ましと支えにもなるだろうと知っていたからです。
読み終えると、彼女は本誌からつながりを持つようになった、約15人もの女性たちに回しました。

限られた機会にしか宣教師の女性たちは交わりを持つことができませんでしたが、彼女たちはそこで本誌の記事について語り合い、まるで渇いたガラスポットが水で満たされるように新たな励ましを受けました。


やがてジャネットは、日本人の働き人で本誌から同じように励ましと支えを受けていた、綾子とつながりを持ちました。
ジャネット、綾子、そしてジャネットの友人の智恵子は協力してJBU-Japan (Just Between Us Japan)を立ち上げました。
2007年にはJBU-Japanのウェブサイトが開始され、綾子と智恵子によって本誌の記事が日本語に翻訳されました。

ジャネットはこの新しい働きについて同僚、仲間の宣教師、日本のクリスチャンたちに知らせました。
ウェブサイトはそれ以来、日本のクリスチャン女性たちを励ますための貴重な情報源となっています。


本誌は25年前に宣教のニュースレターとして始まり、JBU-Japanは海を越えて国際的に広がった働きのほんの一例にすぎません。
必要を覚える人々に届き続けるため、一度の値上げを除いて価格は据え置かれてきました。
それゆえ、購読料だけでは紙面の発行とウェブサイトの維持を満たすことができません。

けれども神様は、誠実に支えてくださるJBUのパートナーを与えてくださいました。
多くの読者の方はご存知ないかもしれませんが、ジャネットや日本の渇いた魂を励ましてきた紙面の発行は、こうしたパートナーの方々の貴重な献金によるところが大きいのです。

ささげてくださる兄姉は、読者の女性の信仰の歩みを励まし支えることを信じておられます。
遠く、近くの国々にいるこうした兄姉は、女性を励ましたいと情熱を持っています。
真心をこめて、本誌を支えることを主からの召しととらえておられます。
思い切ってささげることが、ジャネットや日本の友人のような女性に多大な影響を及ぼすことを知っているのです。
そして、彼らは経済的なことにとどまらず、霊的に渇いた魂を励ます器として用いられているのです。

ジャネットは宣教師としての滞在中、本誌を受け取ることが箴言25:25のようであったと述べています。

「遠い国からの良い消息は、疲れた人への冷たい水のようだ。(新改訳第三版)」

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Elica Chang: Just Between Us の財務部門協力者。信仰に立った中小ビジネスWoven Promiseの共同経営者でもある。夫のニュートンとウィスコンシン州バーリントン在住。

Just Between Us 誌 2016 夏号より翻訳   Original title: "Hope in a Brown Envelop"  
Copyright 2016 Elica Chang. Translated from Just Between Us, 777 S. Barker Road, Brookfield, WI 53045 


(訳者付記:現在、日本での働きはすべてボランティアベースでなされています。
 アメリカのオフィスにも多くの献身的なボランティアがいますが、印刷費や送料、その他多くの必要があります。JBU誌がさらに主の栄光のために用いられますよう、続けてお祈りください。)

2015/10/20

バランスのとれた生活とは(全文)


 
 今日、天の父があなたに求めておられることは何ですか?
 
 
 
Jill Briscoe
ジル・ブリスコー 
 



長男が33歳になった時、ああイエス様はこの年齢で死なれたのだ、と改めて実感しました。「33歳」とはあまりにも若いです。
そんな若さで人生を終えるというのは、普通はととのった生涯とは思えないのですが、いかがでしょうか。
けれども、地上での生涯の終わりに、イエスは「(天の父の使命を)完了した」と言われました。

33年のうち30年間は、イエスはナザレで「仕事」をしておられました。
それも、効率のよい人生の過ごし方とは思えませんね。
しかし、ナザレでの30年間は、神様が計画されていた期間であるがゆえに、非常に大切な年月だったと言えるのです。
30年間、御父がイエスに望まれる第一のことが、そこで過ごすことだったからです。

「やり遂げる」というのが、あれもこれも全ての分野、領域のことをこなすことでない、と知るとほっとします。
むしろ、神様が私たちにしてほしいと願われるのはどの分野のことで、どの仕事をきちんとやり遂げるのかを見出すことなのです。

一人ひとりに異なった仕事があり、神様は私たちがそれをできるよう、あらかじめ備え助けてくださるのです。
たとえ、それが人生のほとんどを「ナザレで過ごす」ようなことだったとしても・・・!


覚えておいてください。御父があなたに与えられたことに目をとめていさえすればよいのです。
他の人がすることを代わりにすべきではないのです。
さあ、あなたにとって御父からの仕事とはなんでしょうか。

長年、私はどう優先順位をつけたらよいか、さまざまな本を読んできました。
ある本には、「第一に神、第二に家庭、それから教会」と書いてありました。
また別の本には「第一に教会、第二に家庭、そして神」というものもありました。
私自身も、優先順位に関する記事を執筆してきました。
それぞれの説がどれも聖書的なので、どの立場もとってきました。

そして、この年齢になって出た結論は、神様への愛を、他のすべてへの愛よりも優先させる、ということです。
つまり、優先順位の原則とは、御父と御国のことを第一にすることです。
御国の仕事が最優先です。
「神の国とその義とをまず第一に求め」(マタイ6:33)なければならないのです。
すなわち、神が今日は第一にせよと言われたことを、今日は最優先にしなければなりません。

もっとも、今日は最優先であったことが、明日あさってには最優先ではないかもしれません。
でも今日一日のことだけを心配すればよいのです。
神様の優先順位が私たちの優先順位でもあるべきでえす。

だから、もしかすると御父は「今日あなたが最優先にするのは、子どもと家にとどまっていることです」と言われるかもしれません。それなら、そうします。

あるいは、「今日は他の人に子どもの世話を任せて、あなたはバイブルクラスを指導しに出かけなさい」、「出ていってあれとこれとをしなさい」と言われるかもしれません。
御父がそれを今日最優先にせよと言われるのなら、そうします。

でも、神があなたの隣にいる人に、まったく別のことをせよと言われていても、驚かないでください!

だいたい、神が私たちに同じことを願われると思いますか?
私たちはそれぞれとてもユニークに造られています。
また、人生の異なる段階を歩んでいます。
責任もそれぞれ違います。
だから誰かを見て「あの人はこれを第一にすべきなのに」と言うべきではないのです。
だって、他の人にとっての最優先はわからないのですから。
ただ、自分はどうかということを知っていればよいのです。
 
 
 
「イエス様が一番、そうすれば他のこともうまくいく」

もし神様があなたに、何を、いつしてほしいと願っておられるかを理解したなら、すべてのことが整理されてきます。
私の友人の一人は「イエス様を第一にしたら、次に何がくるかわかりますよ」とよく言います。
その通りです。

しかし、そうした満ち足りたライフスタイルの中でも、ストレスはやはりあります。
ほとんどのストレスは、あなたのしていることを批判されることからやってきます。

宣教師として14年、牧師夫人として21年の生活を振り返ると、周りのクリスチャンからの批判は、私にとって最も辛かった(現在でも辛い)です。
神様を第一にしてせっかく得られた良い結果にもかかわらず、そうした反対意見の中での生活はあなたを疲弊させるのです。

批判を受けながら過ごすのは容易ではありません。
それは教会内での反対意見であったり、家族内での反対であったりします。
イエス様もその両方を経験されました。


私は、子どもが18歳、16歳、14歳だった時のことを思い出します。
夏の間、18歳のデーブはアルバイト、16歳のジュディは友達のところに泊まっていました。
夫のステュアートと私は宣教旅行で南アフリカに行く予定でした。

一番下のペートは、その間実家のあるイングランドに行くのがよいと、私たち夫婦は考えました。
そこまで私が連れていって祖母と会い、それから南アフリカで夫と合流する予定でした。

私はいつも異なる5つの方向へ自分が引っ張られているように感じていました。
特にその夏は。
このように思ったのを覚えています。

「いったい、誰のために時間を使えばよいのだろうか。
子どもたちか、夫か、自分自身か。一番はどれだろう。
夫の留守中、教会で奉仕をするのがよいのか。
そうそう、私の母はどうだろう。
何千キロも離れているし、あまり体調もよくない。」

私は、神様が何を第一にするように言われているのかを知ろうとしました。
祈りを重ね、夫と共に宣教旅行に行くのがよいという結論に至りました。

そこで、イングランドに立ち寄り、母としばらく会い、そこにペートを残して南アフリカに行くことにしました。
母とペートと私とで、2,3日の素晴らしい時間を過ごしました。

ところが、南アフリカに出発する日の前夜、ペートが部屋に来てベッドに座り、泣きだしました。
そうして「お母さん、行かないでちょうだい」と言いました。

まあ、どうしましょう!


「ねえ、行かないで。お願い」と、息子は何度も頼みました。
「ママがいないなら、ここにいたくない。
だって思っていたような場所じゃないんだもの。
ここで待つのはいやだ。僕もママと一緒に連れて行って。」

「ペート、それはできないわ。だってあなたはビザ(査証)も持っていないんだもの。
それに、もし持っていたとしても、あなたを連れて行くことはできないの。
ここにとどまることもできないわ。
ママは行かなければならないの」と私は答えたのでした。

私はちょうど、出エジプト記を読んでいました。
昼は雲の柱が、夜は火の柱がイスラエルの民を導く、という箇所でした。
家族連れは、そんな中をどう感じながら暮らしていたのだろう、と考えたものでした。

おそらく、雲の動きにかなりうんざりしていたのではないか、と想像します。
なぜなら、家族全員がやっと寝袋を並べ、テントを張った時に、
雲の柱が再び動き出す、ということがあったと思うのです。

父親の「あれまあ、また移動だ!」という声が聞こえるようです。
母親は「せっかく子どもたちを寝かせたところなのに」と言ったかもしれません。
「さあ、子どもたちを起こして着替えさせるんだ」と父親が声をかけたでしょう。
雲や火の柱は、イスラエルの人々に「従順」を学ばせたに違いありません。

自分の聖書のその箇所の余白に、「子どもたちへの祝福は、親に従順であることからくる」と私は書き込んでいました。
それも、ちょうどペートが部屋に入ってくる直前に。

だから、この場合何が最優先であるか、私にはわかっていました。
南アフリカへ宣教に行くことです。
しかもその聖書箇所だけでなく、さまざまな状況からも確信がありました。
そうすることが正しいとわかっていました。

でも、それがいかに辛いことだったか、わかっていただけるでしょうか?
ペートがどのような状態で過ごすだろうかということが脳裏を横切りました。

ペートは乗りきれるだろうか。
親に見捨てられたと思うだろうか。
神様はひどい、と腹を立てるだろう

私は重い気持ちで5週間の宣教旅行に出発しました。

2週間後、ペートからの手紙が届きました。
封を開けてみると、このような文面でした。

~ママ、そして↑(上向きの指のイラスト)ありがとう。
僕は元気です。その後、僕がどう過ごしていたと思う?
泣いてママを見送ったけど、すぐに涙をふいて従兄弟とフットボールをしたよ。

シャーリーおばさんには、僕がしょんぼりしているのがわかったと思う。
「ペート、あなたが小さいころよく行ったカンファレンスセンターに連れて行ってあげましょうか」
と言ってくれたんだ。~


言い添えておくと、彼女は私たちの説教をほとんど聞いたことがありませんでした。
私たちが何をしているのかも、あまり知らなかったのです。
でも、彼女はその時、私たちが以前仕えていたキリスト教団体のところへ連れていってあげようか、と言ってくれたのでした。

それだけでなく、彼女は自分の子どもも一緒に連れていくことにしたのです。
ペートは出かけるうちに少しずつ元気を取り戻しました。
現地に着くと、リーダーが子どもたちに声をかけてくれました。
そして、3人の子どもたちは信仰について学び、受け入れたのです。
ペートもそこで起こったことを目の当たりにすることができました。

神様に従順であろうとして痛みを経験し、その後でこんな手紙を受け取るとは、
とても想像できませんでした。
みことばの約束がもう一度浮かんできました。
子どもたちの祝福は、両親に従い、主に礼拝をささげることである、と。


もちろん、いつも母親や父親が子どもを置いて行くのがよい、と言っているのではありません。
神様が「南アフリカには行かず、イングランドにとどまっていなさい」と言われる可能性もあるでしょう。
その場合には、別のところで葛藤を覚えることになるでしょう。
夫に電話して、私が担当するはずだった集会奉仕をすべてキャンセルしてもらうことになるでしょう。
私は「それでも、今は御父が子どものことを最優先しなさい、と導いておられるの」
と話したことでしょう。


周りの人をがっかりさせるというのも、勇気のいることです。
特に、愛している人々をがっかりさせるのは。
どうしてよいかわからない時には、神の助けを求めてください。
神様は、あなたに最善の道を示そうとしておられます。
そして、あなたがその道を選び従うなら、神様はあなたの従順を喜ばれます。



 
役割は変化する
 
いつも同じことをシステムとしてこなせばよいなら、どんなに楽でしょう。
それなら葛藤は生じません。
この本にはこう書いてあり、あの人はあのように言い、またメッセージではこのように語られている。
私たちは文化的・キリスト教的なならわしや、これまで学んできた人や物事のパターンに従って行動しています。
 
けれども、「主よ、私が母として、妻として、またあなたの弟子として、
すべての役割の中で、今日は何をすべきか、あなたは示してくださいます」
と祈るのはそれよりも難しいことです。
 
イエス様はどうなさったでしょうか。
 
30年間、ナザレで家族の必要を第一に満たされました。
それから3年間宣教されました。
永遠に続く神の家族の関係が、その期間は優先でした。
母親の世話を他の家族に任せなければいけなかったのが、イエス様にとって最も気がかりなことの一つだったでしょう。
 
それから、十字架にかかられ、やはり母親の世話を誰かに託さなければならなかったのです。
イエス様がどんな思いだったか、想像できますか?
長年の間自分がしてきたことを、十字架にかかりながら他人にお願いしたのです。
その十字架も、自分が降りようと思えば可能だった道でした。
 
十字架にかかるのを中止しようと思えば、いくらでも理由をつけることはできたでしょうし、
特に母親のことを考えれば、それももっともだと思えました。
ある意味で、イエス様は御国の家族のために、地上の家族を見捨てなければならなかったのです。
厳しい試練を自ら通られたのでした。
 
イエス様はヨハネに「そこにあなたの母がいます」、
マリヤに「そこにあなたの息子がいます」と言われました。
 
その時には、御国の家族の関係が最優先されたのです。
なぜなら、御父がそれを願っておられたからです。
イエス様は御父が第一にするよう言われたので、十字架の上にとどまられたのです。
 
似たようなことが、あなたの人生にも起こるかもしれません。
私たちはふさわしい時、正しい時を知り、従順を学んでいきたいものです。                                                
    

バランスのとれた生活とは ~その5~

Jill Briscoe
ジル・ブリスコー 
 
役割は変化する
 
いつも同じことをシステムとしてこなせばよいなら、どんなに楽でしょう。
それなら葛藤は生じません。
この本にはこう書いてあり、あの人はあのように言い、またメッセージではこのように語られている。
私たちは文化的・キリスト教的なならわしや、これまで学んできた人や物事のパターンに従って行動しています。
 
けれども、「主よ、私が母として、妻として、またあなたの弟子として、
すべての役割の中で、今日は何をすべきか、あなたは示してくださいます」
と祈るのはそれよりも難しいことです。
 
イエス様はどうなさったでしょうか。
 
30年間、ナザレで家族の必要を第一に満たされました。
それから3年間宣教されました。
永遠に続く神の家族の関係が、その期間は優先でした。
母親の世話を他の家族に任せなければいけなかったのが、イエス様にとって最も気がかりなことの一つだったでしょう。
 
それから、十字架にかかられ、やはり母親の世話を誰かに託さなければならなかったのです。
イエス様がどんな思いだったか、想像できますか?
長年の間自分がしてきたことを、十字架にかかりながら他人にお願いしたのです。
その十字架も、自分が降りようと思えば可能だった道でした。
 
十字架にかかるのを中止しようと思えば、いくらでも理由をつけることはできたでしょうし、
特に母親のことを考えれば、それももっともだと思えました。
ある意味で、イエス様は御国の家族のために、地上の家族を見捨てなければならなかったのです。
厳しい試練を自ら通られたのでした。
 
イエス様はヨハネに「そこにあなたの母がいます」、
マリヤに「そこにあなたの息子がいます」と言われました。
 
その時には、御国の家族の関係が最優先されたのです。
なぜなら、御父がそれを願っておられたからです。
イエス様は御父が第一にするよう言われたので、十字架の上にとどまられたのです。
 
似たようなことが、あなたの人生にも起こるかもしれません。
私たちはふさわしい時、正しい時を知り、従順を学んでいきたいものです。 
(完)      


   

バランスのとれた生活とは ~その4~

Jill Briscoe
ジル・ブリスコー
 
 
 
私は重い気持ちで5週間の宣教旅行に出発しました。

2週間後、ペートからの手紙が届きました。
封を開けてみると、このような文面でした。

~ママ、そして↑(上向きの指のイラスト)ありがとう。
僕は元気です。その後、僕がどう過ごしていたと思う?
泣いてママを見送ったけど、すぐに涙をふいて従兄弟とフットボールをしたよ。

シャーリーおばさんには、僕がしょんぼりしているのがわかったと思う。
「ペート、あなたが小さいころよく行ったカンファレンスセンターに連れて行ってあげましょうか」
と言ってくれたんだ。~


言い添えておくと、彼女は私たちの説教をほとんど聞いたことがありませんでした。
私たちが何をしているのかも、あまり知らなかったのです。
でも、彼女はその時、私たちが以前仕えていたキリスト教団体のところへ連れていってあげようか、と言ってくれたのでした。

それだけでなく、彼女は自分の子どもも一緒に連れていくことにしたのです。
ペートは出かけるうちに少しずつ元気を取り戻しました。
現地に着くと、リーダーが子どもたちに声をかけてくれました。
そして、3人の子どもたちは信仰について学び、受け入れたのです。
ペートもそこで起こったことを目の当たりにすることができました。

神様に従順であろうとして痛みを経験し、その後でこんな手紙を受け取るとは、
とても想像できませんでした。
みことばの約束がもう一度浮かんできました。
子どもたちの祝福は、両親に従い、主に礼拝をささげることである、と。


もちろん、いつも母親や父親が子どもを置いて行くのがよい、と言っているのではありません。
神様が「南アフリカには行かず、イングランドにとどまっていなさい」と言われる可能性もあるでしょう。
その場合には、別のところで葛藤を覚えることになるでしょう。
夫に電話して、私が担当するはずだった集会奉仕をすべてキャンセルしてもらうことになるでしょう。
私は「それでも、今は御父が子どものことを最優先しなさい、と導いておられるの」
と話したことでしょう。


周りの人をがっかりさせるというのも、勇気のいることです。
特に、愛している人々をがっかりさせるのは。
どうしてよいかわからない時には、神の助けを求めてください。
神様は、あなたに最善の道を示そうとしておられます。
そして、あなたがその道を選び従うなら、神様はあなたの従順を喜ばれます。

                                                        (続く)

バランスのとれた生活とは ~その3~

Jill Briscoe
ジル・ブリスコー

「ねえ、行かないで。お願い」と、息子は何度も頼みました。
「ママがいないなら、ここにいたくない。
だって思っていたような場所じゃないんだもの。
ここで待つのはいやだ。僕もママと一緒に連れて行って。」

「ペート、それはできないわ。だってあなたはビザ(査証)も持っていないんだもの。
それに、もし持っていたとしても、あなたを連れて行くことはできないの。
ここにとどまることもできないわ。
ママは行かなければならないの」と私は答えたのでした。

私はちょうど、出エジプト記を読んでいました。
昼は雲の柱が、夜は火の柱がイスラエルの民を導く、という箇所でした。
家族連れは、そんな中をどう感じながら暮らしていたのだろう、と考えたものでした。

おそらく、雲の動きにかなりうんざりしていたのではないか、と想像します。
なぜなら、家族全員がやっと寝袋を並べ、テントを張った時に、
雲の柱が再び動き出す、ということがあったと思うのです。

父親の「あれまあ、また移動だ!」という声が聞こえるようです。
母親は「せっかく子どもたちを寝かせたところなのに」と言ったかもしれません。
「さあ、子どもたちを起こして着替えさせるんだ」と父親が声をかけたでしょう。
雲や火の柱は、イスラエルの人々に「従順」を学ばせたに違いありません。

自分の聖書のその箇所の余白に、「子どもたちへの祝福は、親に従順であることからくる」と私は書き込んでいました。
それも、ちょうどペートが部屋に入ってくる直前に。

だから、この場合何が最優先であるか、私にはわかっていました。
南アフリカへ宣教に行くことです。
しかもその聖書箇所だけでなく、さまざまな状況からも確信がありました。
そうすることが正しいとわかっていました。

でも、それがいかに辛いことだったか、わかっていただけるでしょうか?
ペートがどのような状態で過ごすだろうかということが脳裏を横切りました。

ペートは乗りきれるだろうか。
親に見捨てられたと思うだろうか。
神様はひどい、と腹を立てるだろうか。

 (続く)

バランスのとれた生活とは ~その2~


Jill Briscoe
ジル・ブリスコー


「イエス様が一番、そうすれば他のこともうまくいく」

もし神様があなたに、何を、いつしてほしいと願っておられるかを理解したなら、すべてのことが整理されてきます。
私の友人の一人は「イエス様を第一にしたら、次に何がくるかわかりますよ」とよく言います。
その通りです。

しかし、そうした満ち足りたライフスタイルの中でも、ストレスはやはりあります。
ほとんどのストレスは、あなたのしていることを批判されることからやってきます。

宣教師として14年、牧師夫人として21年の生活を振り返ると、周りのクリスチャンからの批判は、私にとって最も辛かった(現在でも辛い)です。
神様を第一にしてせっかく得られた良い結果にもかかわらず、そうした反対意見の中での生活はあなたを疲弊させるのです。

批判を受けながら過ごすのは容易ではありません。
それは教会内での反対意見であったり、家族内での反対であったりします。
イエス様もその両方を経験されました。


私は、子どもが18歳、16歳、14歳だった時のことを思い出します。
夏の間、18歳のデーブはアルバイト、16歳のジュディは友達のところに泊まっていました。
夫のステュアートと私は宣教旅行で南アフリカに行く予定でした。

一番下のペートは、その間実家のあるイングランドに行くのがよいと、私たち夫婦は考えました。
そこまで私が連れていって祖母と会い、それから南アフリカで夫と合流する予定でした。

私はいつも異なる5つの方向へ自分が引っ張られているように感じていました。
特にその夏は。
このように思ったのを覚えています。

「いったい、誰のために時間を使えばよいのだろうか。
子どもたちか、夫か、自分自身か。一番はどれだろう。
夫の留守中、教会で奉仕をするのがよいのか。
そうそう、私の母はどうだろう。
何千キロも離れているし、あまり体調もよくない。」

私は、神様が何を第一にするように言われているのかを知ろうとしました。
祈りを重ね、夫と共に宣教旅行に行くのがよいという結論に至りました。

そこで、イングランドに立ち寄り、母としばらく会い、そこにペートを残して南アフリカに行くことにしました。
母とペートと私とで、2,3日の素晴らしい時間を過ごしました。

ところが、南アフリカに出発する日の前夜、ペートが部屋に来てベッドに座り、泣きだしました。
そうして「お母さん、行かないでちょうだい」と言いました。

まあ、どうしましょう!
 (続く)

バランスのとれた生活とは ~その1~


 今日、天の父があなたに求めておられることは何ですか?

Jill Briscoe
ジル・ブリスコー




長男が33歳になった時、ああイエス様はこの年齢で死なれたのだ、と改めて実感しました。「33歳」とはあまりにも若いです。
そんな若さで人生を終えるというのは、普通はととのった生涯とは思えないのですが、いかがでしょうか。
けれども、地上での生涯の終わりに、イエスは「(天の父の使命を)完了した」と言われました。

33年のうち30年間は、イエスはナザレで「仕事」をしておられました。
それも、効率のよい人生の過ごし方とは思えませんね。
しかし、ナザレでの30年間は、神様が計画されていた期間であるがゆえに、非常に大切な年月だったと言えるのです。
30年間、御父がイエスに望まれる第一のことが、そこで過ごすことだったからです。

「やり遂げる」というのが、あれもこれも全ての分野、領域のことをこなすことでない、と知るとほっとします。
むしろ、神様が私たちにしてほしいと願われるのはどの分野のことで、どの仕事をきちんとやり遂げるのかを見出すことなのです。

一人ひとりに異なった仕事があり、神様は私たちがそれをできるよう、あらかじめ備え助けてくださるのです。
たとえ、それが人生のほとんどを「ナザレで過ごす」ようなことだったとしても・・・!


覚えておいてください。御父があなたに与えられたことに目をとめていさえすればよいのです。
他の人がすることを代わりにすべきではないのです。
さあ、あなたにとって御父からの仕事とはなんでしょうか。

長年、私はどう優先順位をつけたらよいか、さまざまな本を読んできました。
ある本には、「第一に神、第二に家庭、それから教会」と書いてありました。
また別の本には「第一に教会、第二に家庭、そして神」というものもありました。
私自身も、優先順位に関する記事を執筆してきました。
それぞれの説がどれも聖書的なので、どの立場もとってきました。

そして、この年齢になって出た結論は、神様への愛を、他のすべてへの愛よりも優先させる、ということです。
つまり、優先順位の原則とは、御父と御国のことを第一にすることです。
御国の仕事が最優先です。
「神の国とその義とをまず第一に求め」(マタイ6:33)なければならないのです。
すなわち、神が今日は第一にせよと言われたことを、今日は最優先にしなければなりません。

もっとも、今日は最優先であったことが、明日あさってには最優先ではないかもしれません。
でも今日一日のことだけを心配すればよいのです。
神様の優先順位が私たちの優先順位でもあるべきでえす。

だから、もしかすると御父は「今日あなたが最優先にするのは、子どもと家にとどまっていることです」と言われるかもしれません。それなら、そうします。

あるいは、「今日は他の人に子どもの世話を任せて、あなたはバイブルクラスを指導しに出かけなさい」、「出ていってあれとこれとをしなさい」と言われるかもしれません。
御父がそれを今日最優先にせよと言われるのなら、そうします。

でも、神があなたの隣にいる人に、まったく別のことをせよと言われていても、驚かないでください!

だいたい、神が私たちに同じことを願われると思いますか?
私たちはそれぞれとてもユニークに造られています。
また、人生の異なる段階を歩んでいます。
責任もそれぞれ違います。
だから誰かを見て「あの人はこれを第一にすべきなのに」と言うべきではないのです。
だって、他の人にとっての最優先はわからないのですから。
ただ、自分はどうかということを知っていればよいのです。

 (続く)

バランスのとれた人生とは Balancing Act 

JBU誌の編集スタッフが語る、 人生の季節をよく生きること 聞き手 Ann M. Cook 私たちは皆、バランスを取るのがなかなかうまくいきません。 家族の世話、ミニストリー、介護、奉仕は、私たちが抱えるほんの一例です。 たいてい、これらをすべて同時にこなさねばなりません。 JB...