2017/06/28

「ここに来る前に死んでいます」(2)


犠牲と希望の証し エミリー・フォアマン(Emily Foreman)

←その(1)


(続き)                

ところで、驚いたことに、「ステファンは撃たれる直前にムスリムの信仰告白をしていた」といううわさが広がっていることがわかったのです。

初めは何ということを、と思いました。
けれども、やがて、それはステファンの死に直面して葛藤するムスリムの友人たちがいかに多いか、ということの現れだとわかりました。
友人たちは、何とかして自分たちが信じていることをステファンも死ぬ前に受け入れたのだ、と思いたかったのです。
ステファンが地獄に行ったなどとは考えたくなかったのでした。

それがわかって、私は深く慰められました。
そして、イエス・キリストに従うことが神に近づく唯一の道であり、ステファンは肉体を離れて主のみもとにいるほうがよい(2コリント5:8)と信じていたのだ、と話す多くの機会を得ました。

2週間の滞在が終わり、現地を離れる準備をしなければなりませんでした。
でも、こうして現地を「訪問する」だけというのは違和感がありました。
そこは依然として私たちの住む場所のように感じられました。
涙を流しながら、私は主がもう一度心に語ってくださるのを感じました。
「まだ働きは終わっていない。蒔かれた種に水をまくため、私は続けてあなたを用いたいのだ」と。
心の痛みと平安とが同時にやってきました。
苦しみと喜びとがこれほど見事に共存し得るということを、決してその時以上に理解することはできないでしょう。

私はしばしば「この悲劇的な事件で最も犠牲になったあなたたち家族が、どうして戻ってきて住み続けることができるのですか」と尋ねられます。

答えはシンプルです。「夫を殺した人のことは知りません。でも、あなたやこの愛する国に住んでいる人々のことは知っています。
私はその人々を愛していますし、もっと重要なのは、その人々を心の底から愛しておられる神様に私は仕えている、ということです」と私は答えます。

もちろん、事件を忘れることはできません。ステファンの死は心にぽっかり穴をあけました。愛する者を失うのは、体を切断されたようなものです。
いやされ、何とか歩み出すでしょうが、心の穴は埋まることがありません。

心の痛みを覚えます。でも、いやしも体験しています。
同じく静かないやしは、子どもたちの上にも起こっています。
父親がいないのはとても寂しいですが、同時に父親を誇りに思っています。
そして、彼の子どもであることを誇りに感じています。
子どもたち一人ひとりは、それぞれ異なるいやしの過程を通りましたが、神様は誠実なよきお方でした。

私たちは喪失を体験しましたが、豊かなのです。
マルコ10:29-30でイエス様が「わたしのために、また福音のために、家、兄弟、姉妹、母、父、子、畑を捨てた者で、 その百倍を受けない者はありません。今のこの時代には、家、兄弟、姉妹、母、子、畑を迫害の中で受け、後の世では永遠のいのちを受けます」と言われたように。

私たちには、北アフリカの地で神様が遺産として与えて下さった多くの兄弟姉妹、家族がいます。また、本国アメリカでも神様は遺産というべき人を増やして下さっています。

神様は、私のムスリムの人々への愛を増し加えてくださっています。
北アフリカで長年ムスリムの人たちと生活を共にしてきたので、アメリカでもムスリムの人と友達になることは容易です。
多くの時間を使って、楽しみながら文化的・宗教的違いのあるムスリムの移民や難民の人たちと深い友情を築いています。
その人たちがアメリカの文化や生活様式になじもうと葛藤していることを分かち合う時、私のその人々への重荷は深まります。

かつて本国でホストファミリーとなった時、外国人として米国に来て、言語や全く異なる文化・習慣の中で何とか暮らしていこうとするムスリムの友人に深い共感と憐みを感じました。
もっとも、彼女と私の違いは、私は彼女の母国では両手を挙げて歓迎された経験を持つということでした。
私たちがいろいろな面で違っているとわかりつつ、ほとんどの人は友人になろうとし、文化を教えてくれました。

悲しいことに、米国に来るムスリムの移民の人たちは、そのような扱いを受けていません。
ホスピタリティーの代わりに、アメリカ人たちが自分たちを恐れ疑っているということを多くの人が知ります。

モロッコからの移民である友人ミリアムに、「アメリカ人たちと会話するようにしたら、あなたが平和で親しみやすい人だ、とわかってもらえるのに」と言ったことがあります。
彼女の答えは私を恥じ入らせました。

「アメリカ人は私のような者にここにいてほしくないのよ。
冷たい視線やののしる言葉に私は耐えられるけれど、子どもたちがそういう扱いをされるのを見ると深く傷つくの。
母国の文化では、ホスピタリティーを受けるのはとてもよいことで、もしそうでないならそれは家族全員の恥なのよ。」

ミリアムの家族を思うと、胸がはりさけそうでした。彼女たちは私が知る中で最もやさしく、平和を好み、憐み深くて、神を純粋に愛している人々です。

(続く)








当記事は、Emily Foreman We Died Before We Came Here, 2017 からの抜粋で、許可を得て掲載されたものです。

Just Between Us 誌 2017 夏号より翻訳     
Copyright 2017 Emily Foreman. Translated from Just Between Us, 777 S. Barker Road, Brookfield, WI 53045
Original title: We Died Before We Came Here

0 件のコメント:

コメントを投稿