2010/09/14

静まって聴く  

            
                        ジル・ブリスコー
        
 神様の声を聞くにはどのようにしたらよいか、誰もが知りたがっているように思います。エジプトへの宣教旅行中、私は何度となくそのことを質問されました。関心の高い話題なのです。「どうしたら神様の声が聞けるの?神様の声を聴くとはどういう意味なの?どんなふうにして?何を聴けばいいの?自分自身の心や思い、悪魔の声ではないとどのようにしてわかるの?」と知りたがっているのです。
 私が実際に体験したことをお話ししましょう。

 しばらく前のこと、私はある問題でとても心を痛めていました。親しい夫婦が助けを求めてきたのです。それはとても難しい問題で、彼らがそのことを話せば話すほど、ますます複雑になっていくように思われました。彼らは常に争っており、怒りに満ちた言葉で互いを傷つけあい、子供たちの生活はみじめになり、すべてのことについて絶えず心配していました。「平和がほしいだけなの」と彼らは言いました。何が全ての原因なのかと私は考え込みました。コミュニケーションの問題か、不信仰か、それとも経済的なことかしら?

 「どうして私のところに来たのですか」彼らの話を聞いたあとで私は尋ねました。
 「あなたなら神様の声を聴けるから、私達のために祈ってもらい、どうしたら解決できるかを聴いて教えてほしいんです」何とレベルの高い願いでしょう!

 確かに、もっともなことでした。私はクリスチャンのリーダーであり、クリスチャンのリーダーというものは自分自身のためだけでなく他の人のためにも神様の声を聴けると考えるのももっともです。実際、多くのリーダーは神の声を聴くためのセミナーに出席したり、教えをしたり、本を書いたりしていますから。

 友人夫婦が帰るとき、私は共に短く祈り、そして神様に彼らのことについて尋ねてみるわと約束しました。彼らが帰った後、私は頭を垂れて神様にそのことを短く尋ねたあと「アーメン」と言って、元の忙しい生活に戻りました。

 私は心の中でそのことを思いめぐらせ始めました。その週は特に忙しく、どのようにしてそのための時間をとることができるかわかりませんでした。そのうち何とかなるだろう、と考えました。それで、忙しい働きの日々の中で、この人が、あるいはあの人が(もちろん名前は内緒ですが)、何かよいアイデアを持っていないかと思いつつ過ごしましたが、誰にもわかりませんでした。それで、私はキリスト教書店に飛び込み、結婚生活の問題解決について書かれたある本をつかみました。でも助けにはなりませんでした。(実は、夫ステュアートと私も自身の結婚についての本を書きました。私は不和についての章を読み直したのです!)

 夜になって目を開けたまま、何か言うべきことを思いつくかと考えながら思いながら私は横になりました(もちろん、短い祈りの後でですが)。まるでかごの中で走り回る動物のように同じ思いがぐるぐる回り、いつも同じ混乱という場所に戻ってくるのでした。
 心の中のどこかで、「この問題について、あなたにしてもらいたいことがある。彼らに言わねばならないことがある。なぜ私に尋ねないのか。私は彼らの結婚がどうしてうまくいかないのかを知っているのだ」という静かな小さい声が聴こえたように思いました。でも、私はこの問題を自分の力で解決できなければならないと思っていました。いったい、私は50年間の働きの中で、どれほど多くの結婚カウンセリングをしてきたことでしょうか。その上、この声に従えば、「祈り」について集会で話すためスケジュールがぎっしりなのに、私にあるはずのない時間をとって神様に尋ねなければならないのです!
 私は、最後には罪悪感を覚えてベッドから起き出し、ひざをついて言いました。「主よ、あなたは私に何か助言をくださるのですか?」自分がいったい何を聴こうと期待しているのかわかりませんでした。精神科医のような声か何かを期待していたでしょうか。でも、全く何も聴こえてはきませんでした。それで私はベッドに戻り少し眠ろうとしました。

 明け方の何時ごろでしょうか、うとうとしていた時にある歌が聴こえたのです。どんな歌詞だったか正確には思い出せませんが、私は起きて鉛筆をとり、思いだせる限り書きとめました。うとうとしながら聴いたその歌詞は、私が書き取ったものよりずっとすてきで整ったものでしたが、できる限りよく書いてみました。それはこのような歌でした。

はやる心よ
私の言葉を聞きなさい
心の目を開きなさい
何が見えますか
今日心をじっと静めて
私が語ることを聴きなさい
はやる心よ
私の言葉を聞きなさい。

心配する心よ
御座に来なさい
みことばを読みなさい
そしてそれを彼らに伝えなさい
あなたの重荷を下ろしなさい
心が耐え切れないような重荷を
悩む心よ
私の御座に来なさい。

急ぐ心よ
私の恵みに憩いなさい
混乱を持って
歩みを落としなさい
上を見る時間を持ち
私の静かな愛にひたりなさい
急ぐ心よ
ここに来なさい。

 そこで、その日私は昼食をとらずに静かな公園を見つけ、ただ神様の元に来ました。神様の姿は見えなかったものの、私の周りにある神の臨在をなぜか感じました。
 「主よ、ここに来て私に語ってくださるまで、なぜこんなに長くかかったのですか」と私はつぶやきました。「みことばを通してあなたの声を聴くのだということを、私はなぜ学んでいないのでしょうか。この問題に執着し、人々には何が最善かを見極めようとして、どれほどの時間を無駄に費やしたことでしょうか。主よ、どうか教えてください。」そして私は主とともに座りました。私の焦る心、不安な魂、そして私自身は何が起こるのだろうかと思っていました。

 まず私は耳をすましました。何を聴こうとしているのかがほとんどわからなかったので、それは困難でした。はっきりした声だろうか?思いの中に語ってくださるのだろうか?神の声か私の想像か、どのように見分けたらよいのだろうか?もしかしたら天使が「深い知識を得る薬」を運んできて、それを求めるものにはいつでも与えられる生ける水とともに飲むなら、手品のように理解ができてすっきりするかもしれない。

 そのうちのどれも起こりませんでした。私はいらいらしてきました。というのも、昼食を抜いて神の声を聴くために出かけるだけでなく、その日には他にも多くの予定があったのです。すでに何もわからないまま半時間も時間を無駄に過ごしていました。

 私は何か助けはないかと聖書を読み始めました。突然、ダビデの言葉が心に浮かびました。「あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です(詩119:105)」、「私の目を開いてください。私が、あなたのみおしえのうちにある奇しいことに目を留めるようにしてください。(詩119:18)」 期待感が私の落ち着かない心の戸口までやってきました。私はそれを歓迎しました。
 私は、荒廃したイスラエルに向けて預言をしたイザヤの箇所を読んでいました。神の選びの民は不従順になってしまい、その身に災難を招きました。自分たちの行いの結果、なぜ困難な状況に置かれたのかを彼らは理解しようとしていました。なぜ心に平安がないのか、彼らは互いに尋ねあっていました。読み進むと、まさしく私がその日の夜明けに聴いた歌の内容がありました。「わたしに近づいて、これを聞け(イザ48:16)」。
 私はさらにイザヤの言葉を読み続けました。「今、神である主は私を、その御霊とともに遣わされた。あなたを贖う主、イスラエルの聖なる方はこう仰せられる。『わたしは、あなたの神、主である。わたしは、あなたに益になることを教え、あなたの歩むべき道にあなたを導く。あなたがわたしの命令に耳を傾けさえすれば、あなたのしあわせは川のように、あなたの正義は海の波のようになるであろうに。』(イザ48:17-18)」

 私のところに相談を持ちかけた夫婦は、神様の教えに注意を払っていませんでした。それどころか、実際には長い間不従順な生活を送っていました。私はそれを知りながらも、まるで彼らが神への不従順とは関係ないかのようにその問題を扱おうとしていたのです!神様に対する反抗的な態度が、彼らの夫婦関係に何の影響もないかのように!その時私にはそれがはっきりわかりました。
 これがその日神様の声を聴いたいきさつでした。みことばと、聖書の原則を直面している問題に適用することを通してでした。私達は皆、神様の教えに目を向ける必要があります。クリスチャンの結婚生活における原則についても、神様は教えておられます。

 私はほっとしました。何か問題なのか探ろうとしてせわしなく動き回っていた心は落ち着きました。ざわついた心に平安が川のように流れてきました。すばらしい解放でした。心からすっきりしました。
 そして私は、その問題をかかえた夫婦が神との関係を正しくし、従順な生活を始めるよう助けることができたのです。その時、ようやく彼らの難しい関係にも平安が訪れ始めたのでした。静かに流れる川のような平和が!
--------------------------------------------------------------------------------
ジル・ブリスコー(Jill Briscoe)は Just Between Usの主筆。また、ワールド・リリーフやクリスチャニティ・トゥディ誌の理事も務める。世界的に有名な説教者でもある。彼女と夫ステュアートには3人の子供と13人の孫がいる。


Copyright 2008 Jill Briscoe. Translated from Just Between Us, 777 S. Barker Road, Brookfield, WI 53045.

0 件のコメント:

コメントを投稿