2023/03/27

スチュアート・ブリスコー師の生涯を覚えて


女性を励まし続けた素晴らしい人物、
スチュアート
シェリー・エッサー


私たちJust Between Usにとっては、スチュアート・ブリスコーがいなくなって心に大きな穴が空いたようです。
このミニストリーの創始者ジル・ブリスコーの夫だっただけでなく、スチュアートは私たち自身、このミニストリーにとっても家族の一部のようでした。
実際、私たち女性のミニストリーの中で、彼は唯一の男性でした!
30年以上にわたって、彼は私たち編集部と世界中の女性たちを絶えず励まし、応援してくれました。

かつてスチュアートは「牧師、夫、父として、私は誰の賜物も土に埋めてしまいたくない。特に女性の賜物は」と言いました。
「真実を繰り返すが、私は女性が賜物を用いる自由を否定しないようにと注意している。
それだけでなく、私が出会う女性たちには、神の召しと賜物に従って歩めるよう、全力で励まさねばならないと感じている。
男性としての私の人生の大部分は、賜物のある女性のケアをし、育て、励まし、成長を助けるために用いなければならない。
なぜなら、やがて申し開きをしなければならないのは彼女たちだけでなく、私も彼女たちの賜物について説明を求められるであろうからだ。
私は賜物を埋めたというのでなく、励まし続けたと申し開きをしたいのだ。
賜物は決して無駄にすることができないのだ。」

妻のジルが、働き人の妻たちによい情報を提供したいと最初に思い描いた時、スチュアートは全面的に賛成し、ジルが書く賜物を用いるのを一番に応援しました。
当初から彼は女性たちー妻ジル、娘ジュディー、JBUミニストリーチームのスタッフやボランティアもーの賜物を尊重し励ましました。
私たちが神の御国の働きには大切だと感じさせてくれ、私たちはそれに向かうことができました。

彼が時おり編集部に姿を見せ、いつも働きがどのようかと尋ね耳を傾けてくれたのをとても懐かしく思います。そして、ウィンクしながら、次に自分が何を書けばよいのか尋ねてくれた姿も。
彼がJBU誌に書いてくれた記事を数えてみたら、66もありました(ウェブサイトのみの投稿を除く)。
91歳で召される年まで、彼は書き続けてくれました。
以前スチュアートに、読者にとって難解な信仰や文化のトピックについて、神学的な見解を書いてくれないかと頼んだことがありました。
彼は即決し、「締切はいつだい?」と言いました。

私は編集部で、ああでもない、こうでもない、と執筆や編集についておしゃべりするのが大好きでした。
彼の知恵、霊的深さ、誠実さ、聖書理解と伝え方の技術は、何十年にもわたって力強く神に用いられ、私たち皆に恵みを与えてくれました。
それだけでなく、彼はみことばやイエス・キリストご自身を私たちに指し示す以外のこともしてくれました。
いつも、彼と会う時にも彼の記事にも素晴らしい英国ユーモアがあふれており、私たちはそのユーモアが大好きで心待ちにしていました。吹き出すような冗談や愉快な話の思い出が残っています。
私たちは皆、親しみをこめて彼のことをスチュアートと呼びました。彼との楽しい時間が大好きでした。
彼のユニークで茶目っ気のある少年のようなやり方で、私たちも同じようにするのを助けてくれました。


彼の人生のモットーは「僕はどんなひどい困難にもあわない」でした。そして、その通りでした。
私たちがこの働きで難しい時期にあった時、彼の前向きなものの見方に助けられました。
恐れて落胆している子どもを励ます父親のように、彼の牧者としての存在は、神様がこの小さな働きと私たち自身をを持ち運んでくださるのだという励ましでした。
彼は正しかったのです。
彼の楽天主義はいつも私たちを励ましました。それだけでなく、彼が私たちを大切にし信頼してくれたことも私たちにとっては励ましでした。
私たちは表に出ない経験、取るに足りないものである経験を、幾度となくしてきました。
しかしスチュアートは私たちを見ていてくれたのでした。

スチュアートが女性、私たちを人生への贈り物と考えてくれたことに感謝します。
彼は情熱と誠実さをもって女性を励まそうとしてくれ、私たちはその受け手となってきました。
彼が編集部を去るときにはいつも、私たちの賜物と召しが受け入れられていると感じました。
スチュアートならではの素晴らしいやり方で、彼は私たちが神の国の働きを続けられるように励ましてくれました。
彼は、この働きに大きな助けを与え続けてくれました。

ありがとうスチュアート。
あなたは私たちの賜物を埋めておかず、常にそれを喜び励ましてくれました。
そして、あなたが愛し、話し言葉・書き言葉の両方を持って深く仕えたイエス様に目を向けるようにしてくれました。
これからも、あなたの遺してくれたものは、私たち皆のうちに実を結ぶでしょう。


スチュワート語録:

「結婚生活の秘訣は'ABC’、すなわち『誓いを土台にした調整(Adjustments Based on Commitment)』ですね。」
(2018年春号)
「この世界は混乱していますが、それがすべてではありません。神が働いておられ、神のご計画が果たされていくのです。私たちは一人がひとつずつ、神のなさっていることに参加するよう召されています。」(2016年秋号)

「人生で変化を通り成長する度に、多くの素晴らしい経験とそれほどでもない経験を通るでしょう。
しかし覚えておくべきは『静まりそれを背負うこと』です。
なぜか?それは、あなたが支配しているのではなく、あなたはやってくることのすべてをコントロールすることができないからです。
でも、神にはできます。そして、神は約束された通り、それらを支配してくださるのです!」
(2019年秋号)

「生まれた時のことを覚えていますか?恐らく答えは『いいえ』でしょう。
今生きているから、ああ生まれていたんだなとわかるのです。
同じように、もしキリストがあなたのうちに生まれているなら、彼の人生があなたの人生に反映するようになります。次第にはっきりとしてきます。
あなたが通る経験の中で、イエス・キリストにさらに似た者となっていくはずです。」
(2013 年冬号)

ほっこりしよう!~心のヒュッゲ~



あなたの心はヒュッゲですか。ほっこりしていますか。

Sandy Mayle


毎年、私は冬が待ち遠しいです。
それは、エリー湖(アメリカ北部の五大湖の一つ)で氷釣りをするためではありません。
湖が凍り、その影響でこの地域が時々大雪になるのが楽しみなのでもありません。
極寒のエリー湖に飛び込む毎年の行事(ブルブル、説明するだけでも寒い)のためでも、あるいは氷点下のプレスクアイルでの慈善ゴルフのためでも、もちろんありません。

そうではなくて、長く暗い夜に、暖かい小さな家にこもって、薪ストーブをあかあかと燃やし、アップルシナモンの香りのするキャンドルをともし、柔らかいひざかけにくるまって、時にホットチョコレートを用意するのが楽しみなのです。

オランダっぽいかもしれません。それはちょうどヒュッゲの光景だからです。

ヒュッゲ(元の発音はヒュッガhoo-gah)はオランダ語です。
英語ではぴったりする訳語がありませんが(日本語もですね、訳者)、マイク・ヴァイキングという人が著書「ヒュッゲ365日『シンプルな幸せ』のつくり方 」 で説明を試みています。

「ヒュッゲとは...心が整っている状態を言い...ヒュッゲは空気感や体験に関することばで...愛する人々と共にいることです。家庭にいるという安らぎ。世の荒波から守られていて、私たちが鎧を脱ぎ捨てることができる安心感です。」

オランダの人々は世界一幸福な国民として長くランクインしてきました。
彼らはヒュッゲを生活のあらゆる面で取り入れています。
長く暗くて寒い冬の土地柄で、一面のキャンドルや暖かいストール、ふかふかの靴下、柔らかいひざかけ、ホットコーヒー、ケーキ、チョコレートを、仲良しや家族と共に楽しむことで、ヒュッゲを実践しています。
生活をシンプルにし、小さな幸せを喜ぶこともです。

ルイーザ・トムゼン・ブライツは「ヒュッゲの本(The Book of Hygge: The Danish Art of Contentment, Comfort, and Connection)」の著者であり、ヒュッゲを「現実の生活の中心に聖所を据える実際的な方法」だと考えています。

聖所を据える
オランダの人々は、実際にしばしば文字通りの小さな聖所を据えます。
それは個人的なヒュッゲの場所(Hoogah-crow)あるいは「心を整える居場所」で、ふかふかした毛布(もちろんそばにキャンドルも)、そして理想的には暖かい飲み物とお気に入りの本または自然の景色が見える場所のことです。
それを読んで、自分はそうしたヒュッゲの場所があるだろうかと考え、そしてすでに一つあるとわかりました。
それは私の書斎の肘掛け椅子、柔らかいひざかけとサイドテーブルのある場所です。テーブルには聖書や本、ペン、カード、明かりと紅茶の保温ポットをおいています。

霊的なヒュッゲを経験する
毎朝、聖書と心を神の前に開き、私は霊的なヒュッゲを経験しています。
それはきれいな靴下やぱちぱちと燃える暖炉やコーヒーにも勝るものです。
大好きな人々と共にいるのにも勝ります。
そして理想的な夜の、一時的な満足よりずっと勝っています。
私は父のそばにいる暖かさに包まれ、父なる神の輝くことばを読み、父の霊の甘い飲み物をのみ、父なる神との長い会話を楽しみます。

しかし、そんな快適な毎朝の父との居場所を越える、さらに優れたヒュッゲの場所があります。
私の霊は毎日24時間、神ご自身のうちにヒュッゲの状態にあります。神様は私の「現実の生活の中心にある聖所」です。

外側には暗闇があふれているかもしれません。
嵐が吹き荒れているかもしれません。
争いが起こるかもしれません。
子供たちが反抗するかもしれません。
健康が脅かされるかもしれません。
しかし、そうした嵐が外側で激しくなればなるほど、内面は神の元でより深く憩うことができるのです。

避け所と力を見いだす
神が私の本当のヒュッゲの場所です。魂がシェルターに守られます。
神は、私の「避け所 また力。苦しむとき そこにある強き助け(詩篇46:1)」です。
神は、私の「避け所の岩であり、いつでもそこに入って休むことができます(詳訳 詩編71:3)」。
昼夜いつでも、何が周囲で起こっても、内面は神の所に実を避け、世のすべての重荷を彼の上におき、臨在に包まれ安らぐことを知るのです。

親密さを見いだす
神が私のヒュッゲの場所であり、私は神との親密さを楽しみます。
神こそが文字通り私を囲み満たしてくださるのです。
「だれでも、イエスが神の御子であると告白するなら、神はその人のうちにとどまり、その人も神のうちにとどまっています(1ヨハネ4:15)」。
私の内面は優しい真理の光に照らされており、聖霊の炎に暖められており、すぐそばにおられる神に抱かれています。
私が心を神に注ぎ出すと、神は私にみこころを小さな声で語ってくださいます。
「目が見たことのないもの、耳が聞いたことのないもの、人の心に思い浮かんだことがないものを、神は、神を愛する者たちに備えてくださったーーーそれを、神は私たちに御霊によって啓示してくださいました(1コリント2:9-10)」。

神のわざを覚える
神が私のヒュッゲの場所です。
私は「主の数々の恵みを見極め(詩篇107:43)」、神は私を知っていてくださいます。
「神よ、あなたの私への御思いはなんと尊いことでしょう。それは数えることができません(NLT訳、詩篇139:17)」!
神と私はお互いの存在を深く喜んでいるとわかります。
私は彼のうちにいることを喜び、神は私を喜んでおおっていてくださいます。
私だけでなく、神に身を寄せる人はみな同じです。
「どうか あなたに身を避ける者がみな喜び とこしえまでも喜び歌いますように。あなたが彼らをかばってくださり 御名を愛する者たちが あなたを誇りますように。主よ まことにあなたは 正しい者を祝福し 大盾のように いつくしみでおおってくださいます(詩篇5:11-12)」。

そして、私の霊的なヒュッゲの最高の場所は、そこから決して外に出る必要がないのです!
時々恐れて、私は逃げ出してしまいます。
迷いや不注意から、あるいはわがままからそうします。
それでも、神は忍耐強く、私を彼のところに呼び戻してくださいます。
心のまことの家にまた帰り、休むことができるのは、なんと言う幸いでしょうか。

あなたには避け所、聖所が必要でしょうか。
魂のヒュッゲの場所が必要でしょうか。
柔らかくて暖かい、快適で安全な場所が必要でしょうか。

もしまだそんな場所がないと思うなら、神様に罪の赦しを願い始めてください。
イエス様はすでに十字架で代価を支払ってくださったのですから。
あなた自身とあなたの人生を、神にまったくささげてください。

もしすでにそうされているにもかかわらず、人生の現在の季節が冷たく暗いなら、
改めて神の前に降伏し従順になってください。
神があなたの心の本当の家、明かり、炎、慰め、魂の友であると告白してください。
そうするなら、神様は両腕を広げてあなたをご自身の元に迎えてくださいます。

そして、神こそがあなたのヒュッゲの場所となります。


*Sandy Mayle:フリーランスライター。教会では音楽、祈り、女性のミニストリーにも仕える。夫のデイブと共にペンシルバニア州エリー在住。


Sandy Mayle, Copyright 2023 . Translated from Just Between Us, 777 S. Barker Road, Brookfield, WI 53045 

 Just Between Us Japan は、アメリカの Just Between Us Magazine の日本語版サイトです。 女性の働き人、伝道者の妻、教会の女性リーダーたち、 そして人間関係や宣教、生活の課題に関心のあるあなたのための情報です! 英語版では季刊誌が発行されています。日本語ウェブサイトは、日本の宣教にかかわる女性を励ますため、2007年7月に発足しました。 記事の翻訳を中心に、有益な情報を発信していくことを目的にした非営利の活動です。 
 英語版ウェブサイト:https://justbetweenus.org/

2023/01/03

感謝の心を育てる、シンプルな方法

Ginger Harrington

日々、以下の中から一つを選んで試してみては:

  • 祈りながら、難しい状況がきても心が準備できているようにする
  • 一日の初めと終わりに、感謝することにする
  • 否定的なことを言うのをやめて、かわりに感謝することを選びとる
  • 「~すべき」と言うかわりに「~したい」と言う
  • 自分自身と他人とがともに不完全、不十分な者だと認め、神に信頼する
  • 結論を急がない。最悪を想像しない
  • 神から受けたゆるしと恵みを他の人にも与える
  • 自分がしてほしいように他の人にする
  • 人生への過度な期待を手放す
  • できていないことよりも、できていることを見つける
  • 自分に批判的な人との間に境界線(バウンダリー)をひく
  • 感謝を思い出させてくれる聖書箇所を暗記する
  • 「感謝」という聖なる習慣を身につけられるよう、聖霊の助けに信頼する
(著書 "Holy in the Moment" より)



Ginger Harrington, Copyright 2023. 
Translated from Just Between Us, 777 S. Barker Road, Brookfield, WI 53045 

2022/09/19

握っているものを手放す


~降伏するとき、自由を見いだす~

 ジル・ブリスコー



ここ数年のパンデミックで、読者の誰もが喪失体験をしたことでしょう。
私は英国在住の家族を失いましたが、ある喪失はそのように見えるものではないでしょう。

ここ数ヵ月をふりかえると、教会で集まれなかったことや旅行できなかったことも喪失体験でした。
隔離の必要も、共に行うという慣れ親しんだやり方を手放さねばならないということでした。
でも、助けはーー聖書にあると知っています!

長年私は毎日聖書を読むように訓練されてきました。
私をキリストに導いてくれた友人のジェニーが、「聖書を読んで眠気が来てから、枕に頭を乗せるのよ」というのがいまだに聞こえます。
私はベッド脇のテーブルに聖書を置いて、一日の最初と最後に聖書を手にとることにしてきました。
最近、インド人の友人が「聖書を読む前には、スマホを手にとらない」という決心をしました。まあ、私はベッド脇にスマホを置いていないので、聖書を一番に手にすることができるのですが。

導きや助けが必要な時には、みことばが自分の魂に語りかけるまで聖書を読むようにと教えられました。
例えば、英国からアメリカに移住することは、私たちの人生にとって最大の変化の一つでした。
夫は「家具を全部売ろう。そして他の物も全て」と言いました。
「教会のリーダーたちが、向こうで住む所を備えてくれているから大丈夫さ。」

初めは簡単に思えましたーー全てをただ売るだけなら。でもそうではありませんでした。ある物を処分するのは簡単でしたが、すべてがそうではありませんでした。
結婚式にもらったプレゼント、特別に大事にしていた思い出の品、子供のおもちゃや人形。
私たちは一人あたり2つのスーツケースの携行が許されており、一つは衣類、もう一つには所持品を入れました。
自分でも恐ろしくなりましたが、私の手はすでに処分しようとしたり譲ってしまったりした物をしっかりと握りしめていたのです。
「主よ、私の手を開かせてください。握りしめないように助けてください」と祈りました。

神様は、私がそうできるよう助けてくださいました。そしてそれ以降も変わらず。神様はピリピ2:5~11から語ってくださいました。


キリスト・イエスのうちにあるこの思いを、あなたがたの間でも抱きなさい。

キリストは、神の御姿であられるのに、
神としてのあり方を捨てられないとは考えず、 

ご自分を空しくして、しもべの姿をとり、 
人間と同じようになられました。
 人としての姿をもって現れ、

自らを低くして、死にまで、 
それも十字架の死にまで従われました。 

それゆえ神は、この方を高く上げて、 
すべての名にまさる名を与えられました。
 
それは、イエスの名によって、
天にあるもの、地にあるもの、 
地の下にあるもののすべてが膝をかがめ、 

すべての舌が
「イエス・キリストは主です」と告白して、
 父なる神に栄光を帰するためです。

イエス様は私たちが想像できるだけのものを手放し、この世にこられ、私たちの代わりに十字架にかかってくださいました。
イエス様がそうされたことを心から喜び、彼が私に全てを与えてくださったのだから私は彼の元に全てを置きたいのです。


ーーーーーーーーーーー
ジル・ブリスコーは英国リヴァプール生まれ。60年以上夫婦で歩んできた(訳者注:夫のスチュアートは2022年主の御元に召される)。Just Between Usの創設者であり、ウィスコンシン州南東部に在住。


Jill Briscoe, Copyright 2022 . Translated from Just Between Us, 777 S. Barker Road, Brookfield, WI 53045 


 Just Between Us Japan は、アメリカの Just Between Us Magazine の日本語版サイトです。 女性の働き人、伝道者の妻、教会の女性リーダーたち、 そして人間関係や宣教、生活の課題に関心のあるあなたのための情報です! 英語版では季刊誌が発行されています。
日本語ウェブサイトは、Just Between Us の情報を英語だけでなく日本語でも提供し、日本の宣教にかかわる女性を励ますため、2007年7月に発足しました。 記事の翻訳を中心に、有益な情報を発信していくことを目的にした非営利の活動です。 
英語版ウェブサイト:https://justbetweenus.org/

2022/06/30

「余白」をつくる

健康的なバウンダリー(境界線)を引くには


Chrissy  Callahan





「ノー」と言うのは、どうしてこれほど難しいのでしょう。
私は困っている人を見ると助けたくて、ついやり過ぎてしまいがちです。
でもいつも「イエス」とばかり言うと、動機は素晴らしくても逆の結果を生んでしまいます。

女性として、私たちは時間やエネルギーの使い方にバウンダリー(境界線)を引くのに葛藤を覚えます。
いつも人々から頼りにされているなら、何も考えず「イエス」と答えているかもしれません。
時には自分が「ノー」と言ってもよいということさえ、意識していないかもしれません。

しかし幸いなことに、私たちは健康的な「余白」を作ることを学べるのです。
始め方は以下の通りです:


・断るべきことを断ることで、私たちはすべきことをよりよく行うことができる。

すべてをこなしたいと思う(時にはそうしないといけないというプレッシャーを感じる)反面、現実にはすべてに「イエス」というと燃え尽きる危険性があります。
そして、燃え尽きを経験すると、失敗したような思いになり、余計に敗北感を味わいます。
もともと現実的でないことに、なぜ自分をうち叩いて向かわせ、失敗してしまうのでしょうか。

もちろん、自分の責任を放棄しろと言っているわけではありません。
必要なことがありますし、神様はそれをする力を与えてくださいます。
しかし、しばしば私たちは自分が負わなくてよいことまで負ってしまうのです。

使徒6章の教訓が私は好きです。ここにひとつの実例があります。
ギリシア語を使うユダヤ人のやもめたちが、毎日の食事の配給でなおざりにされているという苦情が出ました。
十二弟子は看過できない問題だと気づきました。
けれども、彼らの返答に注目してください。

「私たちが神のことばを後回しにして、食卓のことに仕えるのは良くありません。そこで、兄弟たち。あなたがたの中から、御霊と知恵に満ちた、評判の良い人たちを七人選びなさい。その人たちにこの務めを任せることにして、私たちは祈りと、みことばの奉仕に専念します(使徒6:2b~4、強調筆者)」。

未亡人たちに食事を配給するのは必要な価値ある仕事でしたか。もちろん。
けれども、十二弟子がすべき仕事でしたか。いいえ。
それをしたら、弟子たちは神様が彼らにしてほしいと思われた仕事ができなくなったでしょう。
そして、福音を効果的に人々に届けることができなくなったでしょう。

必要かつよい事柄に「ノー」というのは難しいですね。
でも、弟子たちが「余白」をつくると決断したことによって、隠された宝に気づくことができたのです。


・「ノー」と言うなら、他の人が「イエス」と言う機会を与える。

十二弟子自身がやもめたちへの食事配給をしなかったことで、他の人がその仕事に「イエス」という機会が与えられました。
これにより、いくつか素晴らしいことが生じました。

1. 弟子たちは、押し寄せる全ての良いことをこなすことと、神が特に彼らにしてほしいと思われることをすることとの違いを知りました。

2.やもめたちへの食事配給のために選ばれた7人は、新しい奉仕への機会が与えられました。

私の好きな聖書箇所の一つは第一コリント12章です。
パウロがキリストのからだの各部分がどれほど大切かを語っています。
「もし、からだ全体が目であったとしたら、どこで聞くのでしょうか。もし、からだ全体が耳であったら、どこでにおいを嗅ぐのでしょうか。しかし実際、神はみこころにしたがって、からだの中にそれぞれの部分を備えてくださいました。(1コリント12:17~18)」

このように質問してみてはどうでしょう。
もしすべてが一人(あるいは限られた人だけ)で行われたら、からだの強みや多様性はどこにあるでしょうか。
もしすべてを私たち自身でやってしまったら、共同体として成長する機会はどこにあるでしょうか。

やもめたちに食事を届けるという責任は、弟子たちにとってもちろん真剣に取り組む課題でした。
ですから、誰か他人に託して終わり、とはしませんでした。
そして、その責任を不平をもらした人に託すこともしませんでした。
それどころか、力と神の知恵と誠実さをもってその必要に適切に対応するため、7人の信頼できる人たちにその役割を託したのでした。

選ばれた7人の一人ステパノは、後に信仰ゆえに尋問され、石打ちにされました。
この結果がどんな違いを生んだか想像してみてください。
弟子たちは全部を自らこなそうとして働きを限定し狭めてしまうこともできましたが、
そうではなく、自分に与えられた召しにとどまりました。やもめたちは信仰ゆえに死も恐れず、しっかり勇敢に立った人物によって必要が満たされたのでした。


・「ノー」と言うことを学ぶと、他者のバウンダリー(境界線)を尊重し励ますことができる。

あなたの周りに、同じように「余白」をつくろうとしている人がいますか。
共に歩むなら、その旅はさらに楽しく、互いに恵みと励ましを与え合うものとなります。

奇妙なことに、私たちは他者から「ノー」と言われると、それが良い理由からであっても拒絶されたように感じたり、フラストレーションを覚えたりします。
けれども、健康的なバウンダリーを実践することで、私たちは他の人たちが持つ健康的なバウンダリーを尊重し励ますことも学ぶのです。

共同体として強められよく成長するには、私たちがお互いを必要とするというのは美しい事実です。
自分自身を訓練することはできますが、時には状況により頼む必要もあります。
理想的なのは、共に成長していくことですが。
そうすれば互いにアカウンタビリティーが果たせますし、そして自分自身ですべてやってしまうよりも共同体がより深く根を張り成長することができるでしょう。

おそらく、あなたはこの新しい1年に起こるすばらしい計画を持っているでしょう。でもそれは絡まったスパゲッティーのようにごちゃごちゃしていると思えるかもしれません。
健康的なバウンダリーをつくり過ごすために必要なのは、その一歩を踏み出すことだけです。
完璧ではないかもしれませんが、それでよいのです。
徐々にふさわしいバウンダリーがつくれるようになります。

私たちの訓練は自分に対してだけにとどまりません。
共に学ぶように召されているのですから、その知恵を続く人にも伝えてください。
すでに自分の生活の中に「余白」をつくることを身に付けたありのままの女性たちこそ、私に同じようにすることを教えてくれた人でした。
彼女たちは完璧にそれをしていたわけではありませんでしたが、たえず成長しており、難しさについても喜んで正直であろうとしました。

何を選びとるか、より意識的に判断することを学ぶにつれて、キリストのからだ全体は、それぞれの部分が召されていることについてより集中できるようになります。
そして私たちがともによく生きられるようにさせてくれます。

今日、どんな「余白」をつくりますか?



2021/10/05

同時多発テロで息子を失って

~ トッド・ビーマーの母、この20年を振り返る

Greg Asimakoupoulos


2001年9月11日以前、「911」といえば緊急電話番号でした。けれども、世界貿易センタービルにハイジャックされた2機が突っ込んでからは、その3桁の数字は意味が全く異なってしまいました。

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20年前(2021年8月現在)に、9・11は全く違う意味になりました。そして、9・11の出来事に関連して、決して忘れられない悲劇として覚えられる語も生まれました。「ツイン・タワー」「グラウンド・ゼロ」「ユナイテッド・93便」、そして「レッツ・ロール!」。

「レッツ・ロール(Let's  Roll)!」とは、ユナイテッド93便に乗っていた33歳のクリスチャン、トッド・ビーマーが言った言葉でした。ビジネスマンだった彼は、他の乗客と共に、コックピットのテロリストに向かって行動を起こしたのでした。

93便は首都に向かうためにニューアーク空港を離陸した後、テロリストによってパイロットが殺害され、操縦が乗っ取られ、本来の目的地から外れて飛行しました。

トッドと乗客たちの勇気ある行動によって、テロリストの攻撃の狙いは外れました。93便はペンシルベニア州シャンクスビル郊外の農場に墜落し、乗客乗員全員が死亡しました。

トッドの母ペギーはメリーランド州ポトマックの一主婦でした。

雑用で車に乗っていたとき、ラジオで世界貿易センタービルとペンタゴンへのテロのニュースを耳にしました。もう用事はどうでもよくなりました。家に戻る途中、4機目がペンシルベニアの田舎で墜落したことを知りました。

「まさかトッドがそのうちの1機にのっているとは思いませんでした」ペギーは回顧します。「だって、私の知る限り、息子夫婦は会社から与えられたイタリア休暇を楽しんでいるはずだったからです。」


トッドは予定の前日妻のリサとともに帰宅し、テロ当日はカリフォルニアに移動することにしていました。それを母親には連絡していませんでした。テロの後リサからの電話を受けて、ペギーはそのことを知りました。9月11日の出来事は個人的にも、また永遠にも彼女の人生を変えました。

息子が93便に搭乗し死亡したと正式に連絡があった後のことです。ペギーは息子トッドが最期の時に信仰を働かせた様子を知りました。それは彼女と夫のディビッドが彼に見本を示してきた信仰でした。

トッドは43人の乗客と共に死に向かっていた時、妻に電話をしようとしました。ところが繋がらず、電話オペレーターと話しました。彼女が後にその会話と彼の言葉をリサに知らせてくれたのでした。

トッドはオペレーターに主の祈りを祈ってほしいと言ったそうです。彼と妻リサは、聖書研究の小さなグループでちょうど主の祈りを学んでいるところでした。

キリストが模範を示されたその祈りは、トッドにとって初めてではありませんでした。母親の膝で、トッドは聖なる神が愛の父なる方であることを学び、日々の必要や赦しを祈っていたのでした。

筆者はこの20年間、チャプレンとしてビーマー一家と親しくしてきました。インタビューを通して、若い夫・父・そして信仰者だった人物の遺産が、母からの愛に根ざしていたとわかるでしょう。

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トッドの死から20年間、あなたの信仰の歩みには何か変化がありましたか。

ペギー:神様をさらに近く感じるようになり、神様に信頼できることをより感謝するようになりました。

私たちも多くのアメリカ人が感じたように、息子の生き様に励まされました。息子は正しいことを正しい時にする、という見本を残してくれました。デイビッドも私も自分の信仰や、キリストにある希望について励ましを分かち合う機会を多く頂きました。


読者に向けて、国のためにどう祈ればよいと思われますか。

ペギー:9・11から何年も過ぎるに連れ、思い起こす機会がだんだん少なくなっています。月日の経過と社会の変化でそうなるのでしょう。忘れ去られてしまうのかしら、と少し心配になります。夫も私も、この国が神様のご計画に反する国とならないでほしいと願っています。米国は眠った状態でした。9・11で揺り起こされました。しかしまた眠っているようにも感じるのです。神様が私たちを居眠りから覚めさせてくださいと祈る必要があります。

国として、私たちは文化だけでなく神も遠ざけたがっています。選挙で選ばれた人たちが、行動も法制定も神様の真理に従ってできるようにと、私たちは毎朝祈ります。また、神様とみことばにもっと信頼し、神の真理を人生の道しるべとできるようにとも祈ります。


あなた方ご夫婦は、トッドの足跡が風化しないように何かなさっていますか。

ペギー:トッドは、家のそばにあったミッションスクールのウィートン・クリスチャン・グラマースクール、ウィートン・アカデミーに通いました。毎年、母校のウィートン・アカデミーではトッド・ビーマー・ゴルフトーナメントを開催して学校の資金集めをしています。現在私たちは離れたオハイオ州に住んでいますが、夫はよく参加します。

保護者会にも多くの友人がおり、トーナメントの折には会って近況を分かち合います。

もちろん、トッド自身の子どもたちとも思い出の数々を話しますよ。


トッドの奥さんのリサとお子さんたちはどうされていますか。

ペギー:皆元気にしています。リサは母親として立派に子どもたちを育てました。

リサとトッドはウィートン大学で出会いました。学校の方針が彼らの信仰に根ざした価値観を育み、結婚に導いてくれました。素晴らしいキリスト教主義の学校には、孫たちの教育でもお世話になりました。3人の孫は両親と同じようにウィートン大学に進みました。

祖母だからほめるわけではありませんが、孫とリサはとてもよい人物です。彼女たちがいてくれることでとても祝福されています。


20年目の節目の年、9月11日をどのように過ごされますか。

ペギー:これまでの9月11日は家族で過ごし、メディアや大きなイベントへの参加は控えてきました。今年は例外です。私たち夫婦はシアトルに行き、息子の名にちなんだ校名がつけられた公立の学校で話をします。そのトッド・ビーマー高校での講演後はワシントン州カシミアに移動し、20周年の式典に出席します。夫デイビッドはそこでも講演します。


トッドの人生と信仰で、特に記憶に残してほしいことは何ですか。

ペギー:トッドは信仰の人、神に信頼した人、そして正しいことをいつもベストを尽くして行う人でした。ほとんどは日常の小さなことでしたが、家族や友人にとっては大切なことでした。いつも最後まであきらめませんでした。多くの人の記憶に残る、あの人生最後の日にも、祈って正しい、大切な行動をしました。

トッドの好きだった聖書のことばの一つはミカ6章8節、「主はあなたに告げられた。人よ、何が良いことなのか、主があなたに何を求めておられるのかを。それは、ただ公正を行い、誠実を愛し、へりくだって、あなたの神とともに歩むことではないか」でした。


もし、人生で最悪の出来事に直面している人がいるなら、その人への希望と励ましの言葉がありますか。

ペギー:神が考えてくださっていると信じて、と言いたいです。神が与えた自由意志を濫用して、人間は完全な被造物から堕落してしまいました。この世界に罪が入ったため、時には良い人に悪いことが起こります。私にとっての最悪な日の9・11とその後、私は日々力と慰めが与えられるようにと祈りました。

イザヤ書26章3節の祝福は本当です。

「志の堅固な者を、あなたは全き平安のうちに守られます。その人があなたに信頼しているからです。」

どんなに困難な状況に直面しても、真実なる神様を見続けてください。神様はあなたのことを心配し、日々助けを与えて下さる方です。


グレッグ(Greg Asimakoupoulos):シアトル郊外の退職者クリスチャングループ、カバナント・リビング Covenant Living at the Shoresのフルタイムチャプレン。「恵みに憩うSheltering in Grace」「不確実な時代の希望Hopeful Insights for Uncertain Times」などの著書12冊がある。妻ウェンディとワシントン州マーサーアイランド在住。

Copyright 2021  Greg Asimakoupoulos, She Lost Her Only Son on 9/11.  Translated from Just Between Us, 777 S. Barker Road, Brookfield, WI 53045



Just Between Us Japan は、アメリカの Just Between Us Magazine の日本語版サイトです。女性の働き人、伝道者の妻、教会の女性リーダーたち、そして人間関係や宣教、生活の課題に関心のあるあなたのための情報です!
英語版では季刊誌が発行されています。日本語ウェブサイトは、Just Between Us の情報を英語だけでなく日本語でも提供し、日本の宣教にかかわる女性を励ますため、2007年7月に発足しました。記事の翻訳を中心に、有益な情報を発信していくことを目的にした非営利のミニストリーです。英語版ウェブサイト:https://justbetweenus.org/

2021/07/25

このような時のため!

 


ジル・ブリスコー  Jill Briscoe 




Just Between Us誌 2021夏号より



夫のスチュアートは90歳、私は86歳になりました。私たち夫婦は長年、教会や宣教のために世界中を旅する恵みに預かりました。

現在はコロナ禍の中にありますが、それでも出かけ、旅を続けています…違った方法で。テクノロジーを通して、家にいながら旅をして、近くや遠くの方々に届くことができています。

このような時のために、神様はご自身に仕え大宣教命令に向かうための方法を私たちにくださっていたのです。


ところで、外出を制限された中でどのように近所や人々に救い主イエス・キリストの愛を届けることができるでしょうか。

神様は、私たちに他の人々を愛するように命じておられます。「私たちは愛しています。神がまず私たちを愛してくださったからです」(Ⅰヨハネ4:19)。

他の人を愛しイエス様を指し示す最善の方法の一つは、祈ることだと知っています。だって、私たちは皆、どこにいてもひざまずくことができるのですから。

昨年(2020年)の4月、私たちは皆、世界のどこにいてもひざまずくことができる、という事実を実感しました。それは、イギリスにいる義弟からの電話を取った時でした。彼は悲しい知らせがあると言いました。私のただ一人の姉、大好きな姉がコロナウイルスに感染したと話しました。

ショックでした。姉は80代、当時はパンデミックが始まったところで、私がアメリカから姉のところに駆け付ける方法はありませんでした。姉に再び会うことも、会って別れを言うこともできないと思うと、私の心は張り裂けそうでした。絶望し、落胆していた時でした。そうだ、私は祈りによって遠くからでも姉のすぐそばにいることができるのだ、ということを思い出しました。


主は祈った時の会話を思い出させてくださいました。主は「あなたの会話の題名は何ですか」と私に問われました。

「あ、そうですね」と私は答えました。「『ひざまずけば、どこにでも行ける』という題です。」

「ジル、そうだよ」という静かな小さい声を私は聞きました。主は言われました。「では行きなさい。そして覚えておきなさい。あなたはいつでも、どこに行ってもひざまずくことができるのだ」と。


それで、私はそうすることにしました。父なる神様の御手にゆだね、彼女を励まし地上の人生の終わりに近づく時に神様の愛で包んでくださいと祈ることによって、私は姉を愛することができました。人々のために祈ることは神様の愛を示す特別な方法です。


第1コリント13章で、愛について使徒パウロが描写し定義しています。愛の一つの特徴は「すべてを耐える」(Ⅰコリ13:7)ことです。「耐える」とは、コートや上着のようなものです。着る人を包み、覆い、温める、大きな暖かいコートのことです。

愛はちょうど大きな天の毛布のようなものです。私たちの疲れ傷ついた世界が投げ出した、愛を必要とする人を包む毛布です。

私は姉を祈りという愛の毛布で包むことで愛を表すことができました。

姉が召されたのはそれから約1か月後でした。毎日私は電話で愛する姉と話しました。そして毎回、「すぐまた会いましょう、お姉ちゃん、すぐまた会いましょう」と言いました。ええ、本当にすぐまた会えるのです。

皆さん、覚えていてください。私たちはひざまずいて祈ることで、どこにでも行けるのですよ。

愛をこめて、ジル

バランスのとれた人生とは Balancing Act 

JBU誌の編集スタッフが語る、 人生の季節をよく生きること 聞き手 Ann M. Cook 私たちは皆、バランスを取るのがなかなかうまくいきません。 家族の世話、ミニストリー、介護、奉仕は、私たちが抱えるほんの一例です。 たいてい、これらをすべて同時にこなさねばなりません。 JB...