2017/12/22

聖書を読むのはつまらない?!(3)

~神のことばを再び読みたくなる秘訣





Sandy Mayle



←その(1)    ←その(2)

(続き)

私は、前の月に選んだ聖句を用いても祈り続けます。
なぜなら、たとえば自分の舌の用い方について教えられたことや、イエス様が人々と関わっていかれた例といった、示されたことを忘れたくないからです。
1年の終わりには、各月に学んだ聖句や祈りのポイントを記した小さなカード集が完成していることを期待します。
そうすれば、この年に学んだ事柄の「選り抜きバージョン」を常に持ち歩くことができるでしょう。

もしみことばに対する新たな愛がほしいと祈るなら、神様のあなたに対する答えは私とは全く違うかもしれません。
神様はあなたの必要と、あなたに対するご自身の計画に特別の道に導かれるでしょう。

一番大切で心にとめるべきことは、神様がみことばを開く時に私たちに喜びを与え、聖霊が導かれて、神の子どもたちがみことばから隠された宝を探し出し、かけがえのない富んだ鉱脈を見出すことです。
神様は私たちに必要なものをそこに備え、私たちを導きたいと願っておられます。

また、神様は、私たちがただじっと自分のポケットに宝を入れたままでいてほしくないのだと確信します。
神様は私たちを通して働きたいとも願っておられ、新たに見出した富を他の人々と分かち合ってほしいと思っておられます。
神が語られる中には個人的な必要や益になる「秘密」もいくつかあるでしょうが、多くは与えられた交わりや贈り物や宣教のわざを通して流し出していくべきものです。
驚くことに、流し出していく時に、私たちはさらに豊かさが増すのです。
聖霊の導きに従い、神のことばに信頼して飛び込むのはなんと素晴らしいことでしょうか。

新たな情熱は強くなったり弱くなったりします。
私自身も確信のある聖句を与えられなかったり、何を聞く必要があるのかわからなかったりします。
ですから、先に書いた3つの祈りを絶えず祈り、神様にみことばへの情熱をくださるよう求めます。
みことばへの情熱は神が与えてくださるもので、私はそれを大切にし育てていきたいのです。
みこころなら、もう二度と聖書に飽きることがありませんように。


←その(1)    ←その(2)

*Sandy Mayle:フリーランスライター。Discipleship Journal や Pray!誌他様々な記事がある。夫と共にペンシルベニア州エリ―在住。3人の成人した子供と3人の孫がある。

聖書を読むのはつまらない?!(2)

~神のことばを再び読みたくなる秘訣





Sandy Mayle



←その(1)


(続き)
当初は、じっくりと、12の月ごとの主題をリストアップし、年間計画をたてたいと思いました。
しかし、神様は違う方法で進めるようにと願っておられるようでした。

次月の聖書研究をどうするかは、神様がご自身のタイミングで与えてくださるように感じ、そうしました。
時々、月の終わりが近づくのに、次は何をするのかまだわからないこともありましたが、聖霊様がいつも適切な時に私を導いてくださいました。

現在まで、それはわくわくする信仰の旅路となっています。
昨年(2017年)の月ごとの主題をいくつか挙げましょう。

・1月:舌(ことば)について(私には限度が必要)。主に箴言からの学びで、日々祈りに用いることのできる大切な節が与えられました。

・2月:何かをやりすぎることについて(私の人生でずっと問題である)。ガラテヤ書と、「Go Small(少しずつ進もう)」(Graig Gross, Adam Palmer共著)という本から学びました。

・3月:主にある年齢の重ね方(私は老いていませんが、やがて老いていきます)。聖書の登場人物、バルジライ、カレブ、シメオン、アンナについて学びました。また詩篇の中のいくつかの節とビリー・グラハムの「Nearing Home(天国に近づいて)」という本も読みました。先輩の信仰者から得たものは、長いリストになるほどたくさんあります。

・4月:人々と関わることについて(私は人付き合いがよくありませんが、神様は私の努力が必要だと知っておられます)。マルコの福音書から、イエス様が3年の公生涯で人と関わっておられることを学びました。私が身に付けるべき勇気とあわれみの表し方を見ました。

・5月:私のうちにおられる神様について(なんとすばらしい事実でしょうか)。これを書きながら、イエス様が文字通り私たちのうちにおられることがどれほど素晴らしいかと驚いています。同時に私自身がさらに「神ご自身の満ち満ちたさまにまで、満たされますように」(エペ3:19)とチャレンジを受けます。

一つの箇所から次の参照箇所に移り、これらのトピックについて聖書がなんと言っているかを見出し、注解書や聖霊に導かれて選んだ信仰書を読み、明らかになった真理が私の霊を癒し整えてくださるようにと祈り、心を新しくし、生活が変えられるのは、まるで宝探しをしているようです。

聖書箇所を読み、聖霊様が明らかにされることをジャーナリング(記録)していると、しばしば主題を貫くいくつかの大切な聖句に至ります。
それらの聖句がその月の私にとっての中心箇所となります。
私が一日を通してどう祈り、思いをどこに集中すればよいのかを示してくれます。
月の終わりまでに、私はその月の初めとは違った人物になっています。

(続く)

聖書を読むのはつまらない?!(1)

~神のことばを再び読みたくなる秘訣





Sandy Mayle



文字が読めるようになって以来、私は聖書を読んできました。
様々な訳(英欽定訳、新英欽定訳、新世界訳、リビングバイブル、ニュー・リビング訳、メッセージバイブル、等々)を用いてきました。
幾度となく聖句を読み、多くの書を掘り下げて学び、聖書の人物について研究し、主題別の学びをし、様々なことに関して聖書がどう言っているのかを学ぶクラスにも出席してきました。

さて、自慢ではなく、恥ずかしいことを告白します。
時々、私は聖書に飽きてしまうのでした。
みことばは絶対だと信じ、また私に語られていることは必要なことだと知っている一方で、もし聖書を新鮮な視点で読み、新しくわくわくする事柄を何か見出し、みことばがいきいきする方法を再び見つけられたらいいのに、と思ってきました。

私はそういう思いで近年葛藤を覚え、何ヶ月もすごしました。
毎日1節を取り上げて読んでいく、通年のデボーションの本を使っていました。
それもよかったのですが、年があけてしばらくすると、聖書そのものをもっと深く愛せるようになりたいという思いが強くなり、聖書そのものをもう一度読んで味わい、学ぼうとしました。
確かに、神様は私にみことばを愛するよう願っておられるのです!

私は自分のマンネリと神様への願いを告白し、短い祈りを書きました。
「どうか、あなたのことばに対して目が開かれますように」と。
すると、聖霊様は詩篇119篇を読むよう導いてくださいました。
この詩篇こそ、神のことばを愛し、176節にわたって詩人がそのことを告白した詩です!
詩人は私が望んでいるような、みことばへの情熱と渇きを持っていました。

そこで、私は3つの聖句を祈りの項目に加えて、毎日祈り始めました。

1.「私の目を開いてください。私が、あなたのみおしえのうちにある奇しいことに目を留めるようにしてください」(詩篇119:18)。
2.「私はあなたのみことばを見つけ出し、それを食べました。あなたのみことばは、私にとって楽しみとなり、心の喜びとなりました」(エレ15:16)。
3.「どんなにか私は、あなたのみおしえを愛していることでしょう。これが一日中、私の思いとなっています」(詩篇119:97)。

これらの言葉が真の思いとなるよう、私は繰り返し求めました。
一晩では何も起こりませんでした。

しばらく経って、新年が近づいた時、あるアイデアが明確になりました。
2017年は毎月、さまざまな聖書の書、人物、トピックから聖書の学びをする、と。
そして、主がみことばから語って下さったこと、教えてくださったこととを記していくようにとも導かれました。
注解書などの参考書も読み、主が言われることは何でも行動に移し、学び、変わり、12の違った方法で2017年は成長しようと思いました。

聖書研究を新たな視点と方法でするという思いに伴って、みことばに対する新しい愛と探求したいという興味がわいてきました。
聖書をどのように読むか、と読む意欲とは、まさに祈ってきたことへの答えでした。

では、その聖書研究プランは、どのようなものだったかというと・・・
(続く)

その(2)→    その(3)→


2017/09/27

漠然とした願い(3)

←その(1)    ←その(2)                 

神の促しを聞く

実際のところ、私は何をしているのか自分ではわかりません。
ただわかっているのは、神様が私に漠然とした、でも揺るがない願いを与えてくださり、そして私がそれに耳を傾けた、というだけです。
(神様は私たちすべてに、促しによって語ってくださるのです。)
神様は私を助けるために、賜物豊かな人を送ってくださいました。そして私たちは組織作りをしようとしたわけではありません。
ただ、人々を愛し、神様のなさることを見ようとしているのです。

あなたが影響のある分野で、人々をただただ愛することについて何ができると思われますか。
ぜひそれをしてみてください。
あなたの足の先を水の中に入れてみてください。
おそらく、あなたに神様が語っておられるのです。
私は人生をこれで終わりにしたくなかったですし、神様のうながしにもし応答しなかったらどうなっていたかと思います。
そしてまた同時に、神様からの促しと思われる漠然とした願いに応答することには、退職もないのです。

神様があなたが過去にしてきたすべてを用いて次のことをなさる、ということを軽く見ないでください。
私の年齢になる前には、あなたはもう少し知恵を身につけるでしょう。
神様は何も無駄にはされない、偉大な再活用(リサイクル)をなさる方です。
あなたのキャリアであれ辛い経験であれ、神様はすべてを益として用いられます。
あなたは何をしてこられましたか?また何をしてもらってきましたか?
神様がこれから用いることのできることではありませんか?考えてみてください。

さて、あなたは墓標に何を刻んでほしいですか。
私は「彼女はイエスのために何ができるかを知らなかった」と刻んでほしくありません。
退職して悠々自適の生活がだめだ、と言っているわけではありませんので、誤解しないでください。
どうぞ思いきり、旅行や孫との時間を作ってください。
(私の友人たちは、私がそれらがこの上なく好きだ、と口をそろえて言うでしょう。)

けれども、この世界が困難のために叫んでいるのは、イエスが望まれる状態ではないことを少し考えてください。
また、聖書にはそもそも「退職」がないのです(これについては別の記事が書けるでしょう!)
あなたにも、イエスの愛に基づいた願いが起こされますように!


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漠然とした願い(2)

←その(1)                  

握りしめず、神の計画を探る

次は、個人指導してくれる人を見つけなければなりません。
人材探しはウィスコンシン州で7月にイチゴを摘むようなものでした(非常にたやすいこと:訳注)。
私が声をかけた人はみな「やります!」と言ってくれました。
すぐに、27人の子どもに対して、10人の常駐の指導者と5人の待機要員が与えられました。
最初の年の9月には、オアシス・プロジェクトにいる子どもたちの68%は学年相当より低い読解力しかありませんでした。
1月までに学年以下の読解力の子どもは20%になりました。
最初の年には1つの学校の27人を指導しましたが、次の年には3つの学校の70人の子どもを、32人の常駐の指導者と10人の待機要員で教えました。
ボランティアの人々の教師在任年数を合わせると、900年にもなりました。

子どもたちは学力的に向上しましたが、もっと大事なことは、子どもたちが指導者から受ける愛に満ちたサポートによって社会的に、また情緒的により自信を得たことです。
喜びや愛、励ましによってできた絆は、祖母と孫との関係に似たものです。
子どもも、指導者も、その顔を見ればわかります。
世代を超えて結びつきが生まれています。

現在は非営利団体として登録しています。これは、働きを拡げるための資金集めが容易になるからです。
また、助言をくれるすばらしい理事会があります。
それに加えて、退職した教師たちが新たな目的と喜びを見出しています。
少ない資源で多くの要求に応えてきた学校の教師たちも、今はより熟練した善意ある助け手に支えられて、目安がつくようになり、目標達成に近づけるようになりました。

でも、それだけではありません・・・。
オアシス・プロジェクトは個人指導の事業を広げるだけではなく、
恵まれない家庭のためのカウンセリングセンターを始めること、
思春期の10代が居場所にできる楽しく安全なティーンセンターを始めること、
そして地域内の選挙権を持てず、困難の中で落胆してしまった人々への情報センターを生み出すことなども願っています。
これまでに、私たちはコミュニティーの中に根ざし、愛と信頼を培ってきました。
志の似た友人同士が共に働き、社会を応援すること、人々を愛することで知られてきました。
良い行動は、良い知らせ、すなわち福音への扉を開きます。
イエスのように、私たちも人々のいるところで人々と会っているのです。
教会や、教会に行っていない人も、みな同じことのために働いています。
「ですから、私たちは、機会のあるたびに、すべての人に対して、特に信仰の家族の人たちに善を行いましょう」(ガラテヤ6:10)。

(続く)

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漠然とした願い(1)




夢は大きく、神様の促しに耳を傾けながら。


Jan Frans


あなたは自分の墓標に、どんな言葉を刻みたいですか?
私は定年退職する前からそれを考えてきました。
引退したクリスチャンの友人たちが、旅行や孫と過ごす完全な自由を楽しんでいるのをフェイスブックで見かけます。
それらをうらやましいことだと思いつつも、「私はそれでよいのか」と自分に問いかけます。

私は、同じ質問を大学2年生でクリスチャンになった時に自分にしました。
無視しようとしましたが、その問いは私の耳に大きく響いてきました。「それでよいのか」。
その日のうちに、私は聞いた福音に応答し、イエスに従う決心をしました。後戻りはしませんでした。

あっという間に43年が経ちました。
私は教師を退職したところでした。
これからどうする?それでよいのでしょうか?

引退した最初の年は、リップ・バン・ウィンクル(W.Irving作『The Sketch Book』の主人公。20年間眠り続けた後で目覚めた)のようにただただ眠り、思春期の11,12歳を長年教えてきた疲れをとりました。
でも、私は変わることのないこの漠然とした願いを持っていました。
在職中、恵まれない家庭の子どもたちは学力的に落ちこぼれることが少なくなく、それは子どもたちの将来を左右する結果になると思われました。
助けを必要とする地域の人たちのために、クリスチャン・地域のリーダー・志のある市民が一緒になって何か始めることができないか、と夢見ていました。
落ちこぼれた子どもたちへサポートと希望を与える方法を生み出して、地域への愛を示したいと願っていました。
「引退した教師たちは個別指導者やメンターとして子どもたちによい影響を与えることができるのではないかしら」と思いました。

世間では、クリスチャンは何かに賛成するよりも何かに反対運動を起こすことで知られているようで、そのことにも悲しみを覚えていました。
私は、人々のいるところに出て行かれ、人々を愛された福音書のイエスの姿をいつも愛してきました。
クリスチャンと、信仰のあるなしにかかわらずよい志を持った人々とが共に行動できるようにしたいと思い続けてきました・・・でもどのようにすればよいかわかりませんでした。


立ち上げる

退職して2年目に、私が住むミルウォーキー地方で非営利団体の活動をする友人と協力することになりました。
私たちは、イエスの愛が驚くべき方法で広がっている非営利の活動現場のいくつかを視察しました。
私が学んだことは、始めは、だれも自分たちが何をしているかわからなかったということでした。だれ一人として!
彼らはみな普通の人々でしたが、勇気をもって冒険することを選びました。
全員が、何かよいことをしただけであり、神様がしていくにつれて必要を与えてくださったのでした。
それで、私は自分の夢を暖め続けました。

引退生活3年目になって、紅海が二つに分かれるとは想像もしないまま、つま先を水の中につけてみることを決心しました。
私は地域監督庁に勤めるクリスチャンのところに行き、両親が経済的困難で個人指導を受けさせるゆとりのない家庭の子どものために個人指導センターを始めたいと話しました。
彼女は地域のトップの一人のところに私を送りました。
その人は、かつてこうした子どもたちに個人指導をする人材をあちこち探し、あきらめかけていたところでした。
私たちは意気投合し、「オアシス・プロジェクト」が誕生しました。
希望と将来が必要な人たちにとってのリフレッシュできるよき場所となってほしかったので、この名前をつけました。 (続く)

                       その(2)→   その(3)→

2017/06/28

「ここに来る前に死んでいます」(3)

犠牲と希望の証し エミリー・フォアマン(Emily Foreman)

← その(1)      ← その(2)

(続き)

真実はこうです。
世界には、ムスリムの信仰を持っている、と自称するテロリストがいます。
私たちの生活を変えてしまおうとする過激派がいます。
キリストに真に従う者として、私たちはどう反応すべきでしょうか。
彼らを追い出してしまえばよいのでしょうか。
安全を追い求めることと正しいこととは、異なる場合があります。
危険を冒しても、自国よりまず神の国を優先するということが大切ではないでしょうか。
私はアメリカ人であることを誇りに思ってはいますが、それ以上にまず天国の市民としての忠誠を第一にします。
自分自身に死ぬならば、国境を越えて神様に栄光を帰すどんなことにも、私たちの命をささげることができるのです。

私は信仰と恐れのはざまで葛藤し悩んだ時、ステファンが北アフリカに戻る数日前(殺されるわずか1か月前)に集会で語ったメッセージを読み返します。

ジェイムズ・カルバートがフィジーの人食い人種への宣教師として出向いた時、船長は彼を止めようとして言った。
「そんな野蛮な人種の所に行ったら、あなたも一緒に行く人も命を失いますよ」
カルバートはそれに対して、
「ここに来る前に、私たちはすでに死んでいます」と答えた。
今晩、もう一度私たちは自分に問いたいと思います。
あなたは死んでいますか?自分自身に、自分の願いに、そして恐れに。
そしてキリストの内に生かされていますか?

人々があなたの人生を、また私の人生を見た時に、キリストだけを見ることができるように、というのが私の願いです。
自分のものでないかのように、私たちの人生を生きようではありませんか。
この世にあってはまさしく寄留者でありましょう。
この世においては異邦人でありましょう。
私たちの国籍は、天にあるのです。


ステファンはこの言葉のとおりに生き、そのとおりに死にました。
そしてこの言葉のうちに今も生きています。
ステファンを失ったことは忘れられないですし、それは私たちを完全に変えてしまいました。
でも、ステファンが現地から飛び立つ前に死んだことによって、神様に栄光が帰せられ、多くの魂が永遠に変えられたという、その約束を私たちはつかんでいます。
私たちは引き続き、ステファンが死ぬ直前に書いた問いに答え続けなければなりません。
「そのためになら死んでもよい、人生をささげてもよい、行動してもよいと思うものがありますか。」
目的のない人生を歩むのは、死ぬよりも悪いことです。


「ここに来る前に死んでいます」(2)


犠牲と希望の証し エミリー・フォアマン(Emily Foreman)

←その(1)


(続き)                

ところで、驚いたことに、「ステファンは撃たれる直前にムスリムの信仰告白をしていた」といううわさが広がっていることがわかったのです。

初めは何ということを、と思いました。
けれども、やがて、それはステファンの死に直面して葛藤するムスリムの友人たちがいかに多いか、ということの現れだとわかりました。
友人たちは、何とかして自分たちが信じていることをステファンも死ぬ前に受け入れたのだ、と思いたかったのです。
ステファンが地獄に行ったなどとは考えたくなかったのでした。

それがわかって、私は深く慰められました。
そして、イエス・キリストに従うことが神に近づく唯一の道であり、ステファンは肉体を離れて主のみもとにいるほうがよい(2コリント5:8)と信じていたのだ、と話す多くの機会を得ました。

2週間の滞在が終わり、現地を離れる準備をしなければなりませんでした。
でも、こうして現地を「訪問する」だけというのは違和感がありました。
そこは依然として私たちの住む場所のように感じられました。
涙を流しながら、私は主がもう一度心に語ってくださるのを感じました。
「まだ働きは終わっていない。蒔かれた種に水をまくため、私は続けてあなたを用いたいのだ」と。
心の痛みと平安とが同時にやってきました。
苦しみと喜びとがこれほど見事に共存し得るということを、決してその時以上に理解することはできないでしょう。

私はしばしば「この悲劇的な事件で最も犠牲になったあなたたち家族が、どうして戻ってきて住み続けることができるのですか」と尋ねられます。

答えはシンプルです。「夫を殺した人のことは知りません。でも、あなたやこの愛する国に住んでいる人々のことは知っています。
私はその人々を愛していますし、もっと重要なのは、その人々を心の底から愛しておられる神様に私は仕えている、ということです」と私は答えます。

もちろん、事件を忘れることはできません。ステファンの死は心にぽっかり穴をあけました。愛する者を失うのは、体を切断されたようなものです。
いやされ、何とか歩み出すでしょうが、心の穴は埋まることがありません。

心の痛みを覚えます。でも、いやしも体験しています。
同じく静かないやしは、子どもたちの上にも起こっています。
父親がいないのはとても寂しいですが、同時に父親を誇りに思っています。
そして、彼の子どもであることを誇りに感じています。
子どもたち一人ひとりは、それぞれ異なるいやしの過程を通りましたが、神様は誠実なよきお方でした。

私たちは喪失を体験しましたが、豊かなのです。
マルコ10:29-30でイエス様が「わたしのために、また福音のために、家、兄弟、姉妹、母、父、子、畑を捨てた者で、 その百倍を受けない者はありません。今のこの時代には、家、兄弟、姉妹、母、子、畑を迫害の中で受け、後の世では永遠のいのちを受けます」と言われたように。

私たちには、北アフリカの地で神様が遺産として与えて下さった多くの兄弟姉妹、家族がいます。また、本国アメリカでも神様は遺産というべき人を増やして下さっています。

神様は、私のムスリムの人々への愛を増し加えてくださっています。
北アフリカで長年ムスリムの人たちと生活を共にしてきたので、アメリカでもムスリムの人と友達になることは容易です。
多くの時間を使って、楽しみながら文化的・宗教的違いのあるムスリムの移民や難民の人たちと深い友情を築いています。
その人たちがアメリカの文化や生活様式になじもうと葛藤していることを分かち合う時、私のその人々への重荷は深まります。

かつて本国でホストファミリーとなった時、外国人として米国に来て、言語や全く異なる文化・習慣の中で何とか暮らしていこうとするムスリムの友人に深い共感と憐みを感じました。
もっとも、彼女と私の違いは、私は彼女の母国では両手を挙げて歓迎された経験を持つということでした。
私たちがいろいろな面で違っているとわかりつつ、ほとんどの人は友人になろうとし、文化を教えてくれました。

悲しいことに、米国に来るムスリムの移民の人たちは、そのような扱いを受けていません。
ホスピタリティーの代わりに、アメリカ人たちが自分たちを恐れ疑っているということを多くの人が知ります。

モロッコからの移民である友人ミリアムに、「アメリカ人たちと会話するようにしたら、あなたが平和で親しみやすい人だ、とわかってもらえるのに」と言ったことがあります。
彼女の答えは私を恥じ入らせました。

「アメリカ人は私のような者にここにいてほしくないのよ。
冷たい視線やののしる言葉に私は耐えられるけれど、子どもたちがそういう扱いをされるのを見ると深く傷つくの。
母国の文化では、ホスピタリティーを受けるのはとてもよいことで、もしそうでないならそれは家族全員の恥なのよ。」

ミリアムの家族を思うと、胸がはりさけそうでした。彼女たちは私が知る中で最もやさしく、平和を好み、憐み深くて、神を純粋に愛している人々です。

(続く)







2017/06/20

「ここに来る前に死んでいます」(1)

犠牲と希望の証し   

エミリー・フォアマン
Emily Foreman

早朝、まだ辺りが静かな中、地域のモスク近くの道路に銃声が響きわたりました。
過激派アルカイダにより、若いアメリカ人宣教師ステファン・フォアマンは殺害されました。

キリスト教が禁じられている国に福音を伝える、という働きにエミリー&ステファン・フォアマン夫妻が神から召された時、二人はそれが命がけの犠牲を伴うものだとわかりました。
「ここに来る前にすでに死んだと思っています」と二人はよく話していました。

エミリーと4人の子どもが残されました。~夫を亡くした後も、イスラム教国で福音を伝えなさいという召しと共に。
夫ステファンの死、それは始まりでもなければ終わりでもありませんでした。
彼は無駄に死んだのではありませんでした。
ムスリムの人々への神の愛と夫がすすんで犠牲となったという事実に励まされ、エミリーと子どもたちは北アフリカでの宣教を続け、母国のクリスチャンたちが信仰の目をもってムスリムの人々を見ることができるように働いています。

*   *   *  


現地を訪れた時、夫の死について私たちが受けた最も深い慰めは、現地の友人たちが私たちの必要を考え、言葉をかけてくれたことでした。
友人たちも心を痛めていました。
なぜなら、自分の国の人物が自分の知り合いを虐殺し、知り合いの子どもは父を失い、その妻が未亡人となってしまったのですから。
友人たちは自分自身の感情と心の痛みと闘い、何とかして私たちに寄り添おうとしてくれました。
私も友人たちと共にいたいと切に思いました。

私たち家族は、親しくしていたアミルとジャメイラ夫婦をまず訪問しました。
彼らは駆け寄ってきてくれました。
アミルは家族の一人一人を抱きしめ、特に子どもたちを長い間抱きしめてくれました。
ジャメイラはすすり泣きながら、床に倒れそうなぐらいぎゅっと私に腕を回してくれました。

私たちの滞在中、アミルはステファンが殺された日の夜、雨の降る中でこの出来事をどう受け止めたかを離しました。
「僕の兄弟同様であった人は主の元に行ってしまった。しかし、僕たちは彼の遺産を伝えなければならない」
とステファンは強い口調で言いました。

それからしばらく口をつぐみ、静かな、しかしこれまで見たことのなかった勇気を持って私を見つめました。
「君も知っているように、僕は自分の命だけでなく、妻や子供の命をなくすのがこわかった。でも、今その恐れはない。
ステファンは死ぬほんの数日前に僕のところに来て、この同じ部屋で座っていた。
彼は熱があったが、声にはいつもに増して喜びがあり…」
少し切って彼は続けました。
「僕にこう話した。『アミル、僕はあとどのくらい生きられるかわからない。明日死ぬかもしれない。病気であれ過激派に殺されるのであれ、人生はとても短い。だから、まだ生きて息をしているうちに、神様に従わなければならない。死んでしまったら、もうやり直すことはできないのだから』」と。

その後も私たちは様々な人を訪問しました。
ムスリム・クリスチャンを問わず、どの友人も同じように涙を流しながら、ステファンが生前に語った言葉やしたことを話してくれました。
私はムスリムの友人が表す慰めや共感に、私は何度となく驚きました。

私の電話番号を知らないはずの多くの現地の人から、慰めの電話ももらいました。
「あなたの夫は、偉大な神の人でした」とその人たちは言いました。
「ムスリムの中には、彼に匹敵するほど偉大な人はいません。私たちの国は大切な人を失ったものです」と成功したビジネスマンの一人は私に話しました。

ある政府の役人が会いたいと言って来られました。
お茶を出した後、私を見つめ、彼は目に怒りを浮かべて言いました。
「どうして、あなたたち家族は、夫を殺した人物を赦すことができるのですか?
あれはムスリムではない。死刑に値する奴らなのです。」

私は、彼が私たち一家のために怒りを表してくれたことに感動しました。
そして、私たちはイエス様に従っており、イエス様は敵を愛し迫害する者のために祈るよう教えられたのだ、と話すことができました。
彼は黙って聞いていました。

とにかく、多くの人にはこのことが理解できないようでした。
「でも、どうやって赦すことができるのですか?」
「夫の命を奪った国に、どうして再び帰ってくることができたのですか?」
「赦し」という概念が、彼らには全くなじみのないもののようでした。
人々は純粋に驚き、当惑していました。

でも、ステファンの死はこの人々に深い印象を残したのです。
そして、今日でもまだ、私たち家族が赦しを示したことが人々の口にのぼっているのです。
(続く)


                その(2)→      その(3)→




2017/02/22

「それを良しとされた」~苦しみの中でも人生を楽しむ (3)




カラ・ティペッツ 
Kara Tippetts




 ←その(1) 

 ←その(2)

  • 弱さの中にある強さ
「 あなたが水の中を過ぎるときも、わたしはあなたとともにおり、
 川を渡るときも、あなたは押し流されない。・・・
 恐れるな。わたしがあなたとともにいるからだ。」
(イザヤ43:2・5、新改訳)

神様が共におられることが、なぜ私たちにとって受け入れがたい概念なのでしょうか。
自分が強いので、神様と距離をおきたいのかもしれません。
その強さがなくなり、取り去られ、あるいは揺らいだ時、私たちは神様に共にいてくださいと願います。
しかしそれまでは、神様とは安全な距離を保ちたいと考えます。
なぜなら、立ち入られたくないし、じゃまをされたくないし、日常生活であれこれ指示されたくないからです。
試練がやってきた時、私たちはイエス様にすぐそばにいてほしいと思います。
しかし試練が去ると、「ありがとうございました、イエス様。もうここからはやっていけます」と言うのです。

試練が神の主権のうちにあるのは、私たちが強い時には神に全き信頼をするのが難しいからです。神様の優しさです。
試練はしばしば強い人のところに起こり、苦い怒りをもって迎えられます。
怒りを引き起こすのは試練そのものよりも、強さをなくしたことについてです。
正直に言いますが、私は最も辛い治療の時、この苦しさがなくなるようにとではなく、
私に力が戻ってくるようにと叫び求めました。
もっと正直にいうと、今でもそれが私の祈りです。
試練の日を少なく、ではなく、強い日々をもっと、と。

私たちは強さを好みます。そのために生きています。
だからそれをなくすと、神様がよい方であることに疑いを抱きます。
しかし、自分自身の歩みを見る時に、強さをなくしたのは恵み、イエス様のそばに近づくための大きな恵みです。
今はまた、よくなること、少しずつでも前進を願って別の治療に入っています。
取り戻した力をどのように用いましょうか。
そしてまた苦しみがやって来た時、私の心は受け入れる準備ができているでしょうか。

「イエス様、この新しい試練の時にあなたに頼ることができて感謝します。
 この中にあって、誠実であらせてください。
 あなたが良い方であることを思い、苦しみをあなたと共に通らせてください」
と祈ることができれば幸いです。


←その(1)      ←その(2) 

「それを良しとされた」~苦しみの中でも人生を楽しむ (2)







カラ・ティペッツ 
Kara Tippetts




 ←その(1)

  • 恵みのドレス

先週の一日は、私の余命を示す記事を読んで、何も手につきませんでした。
記事そのものは愛の心で送られてきましたが、私の狭い心は統計データが示す、私の余命の長さだけしか読み取れませんでした。
それまでは、夫ジェイソンと私は悲嘆し泣きもしましたが、平安に満たされていました。
ところがその夜、私は眠れず、心が沈み、子ども一人ひとりの年齢に私の余命を足してみて、平安を失ってしまったのです。

でも、次の日、それはそれは大きな恵みが訪れました。
起きた時は気分がよくありませんでした。
それで近所の人に、息子のレイクをその日世話してもらえないかと頼みました。
しばらくして一人の友人が、夕食を持っていってあげようかと電話をくれました。
私は、それならうちに来て準備してほしい、そして娘のジェインに本を見せてやってほしいのだが可能だろうか、と尋ねました。
彼女はOKと言って来てくれることになりました。
次いで、散歩で同じ道を歩いている女性に電話をしました。
彼女は午後1時に来て私を散歩に連れ出してくれました。
痛みのただ中にある私の心を彼女は楽しませてくれ、私の人生への麗しい希望を与えてくれました。
そのひと時を通して、私は平安が戻ってくるのを感じました。

帰宅し疲れ切っていたので、昼寝をしてもよいかと夕食を作りに来てくれた親切な友人に尋ねました。
彼女は私を階上まで連れて行き、ベッドに寝かせてくれました。
しばらく休んで目覚めると、私に髪があるうちに最後の家族写真を撮るため、写真家のジェン・リンツが来ていました。
私は目をこすりながら階下に行き、何を着て撮影しようかしらと言いました。
すると、料理をしていた友人が、
「あなたは私の服が素敵と言っていたわね」
と言いました。
彼女は自分の車から着替えをかかえて戻ってきました。
そして文字通り自分の服を脱いで私にプレゼントしてくれたのです。

そうです。
私にはこんな素晴らしい友人たちがいるのです。子どもの世話をしてくれ、掃除をし、夕食を作り、家族写真を撮り、散歩中に励ましを与え、自分の着ている服を差し出してくれる友人たちが。

私はその服を「恵みのドレス」と呼んでいます。
友人がプレゼントしてくれてから、まさしく3日間ずっとそれを着ています。
辛い気持ちの時はそれを着ます。
きっと抗がん治療の初日にも着るでしょう。

昨日は髪を全部切りました。
たとえ髪が抜けても、子どもたちがあまり驚かないですむように。
だからその「恵みのドレス」を着ました。
カットの後、その服のまま眠ることにしました。
髪を切ることはそれほど辛いことではありませんでした。
これまで何度もショートヘアにしたことがありますから。
それよりも、切らなければならない理由が辛かったのです。
短く切ったら、次のステップはすべて抜け落ちることです。
着心地のよいグレーの綿のドレスのように、恵みがその日必要なのです。
きっと恵みが与えられると、私は信じています。

私はとても愛されていると感じます。
私たち一家は守られ、祈られています。
奇蹟のような平安がまさしく現実に表されています。
私はただがんだけに向き合っているわけではないと知っています。
知っています。
(続く)


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「それを良しとされた」~苦しみの中でも人生を楽しむ (1)






カラ・ティペッツ 
Kara Tippetts




4人の子の若い母親であり、妻であるカラは2013年に乳がんと宣告されました。
それ以来、彼女は肉体的・精神的な痛みと闘いながらも、人生の希望を持ち続けることを学ぶ過程を歩き始めました。

彼女は「日々誠実に歩む(Mundane Faithfulness)」というブログを始めました。それは、葛藤の中にある人たちに、苦しみの中での真理を伝えたいと願ってのことでした。
ブログと彼女の3冊の著書は、辛い時を信仰の力によりいかに過ごすかという知恵を記したものです。それらは多くの人に感動を与えました。

カラは2015年3月に生涯を終えました。
以下はカラの最後の著書「それを良しとされた(And It Was Beautiful、未邦訳)」からのいくつかの抜粋です。同書には、日々神様だけが与えることのできる力によって、よく生きよく死ぬことが書かれています。

カラはこう述べています。
「私はただよく生きようとしているだけです。
私はがんを憎みません。・・・ええ、時々はいやだなあと思います。
がんが私の先生のようだと思える前にはいやでした。
神様は良い方で、私の生涯の日数や髪の毛の数まで数えることのできる全能のお方です。試練を許すだけでなく、共に試練を通ってくださる方です。」

カラの文章を通して、日々の何気ない瞬間であれ暗い日々であれその真中にいつもイエス様がおられること、人生が驚くほど美しいものであること、そして神様は常に良い方であることに励ましを受けることでしょう。



  • やりたいことリストのない人生


私は、この地上の人生のうちにやりたいこと、見たいこと、達成したいことはそれほど多くないと自信を持って言えます。
長い間、自分の農場を持ちたいと夢見ていました。
自然の土地と四季のリズムが作り出す普通の日々が想像できました。
けれども、それ以上にやりたいことリストを作って達成度をチェックすることは望みませんでした。
私は中古車に満足し、少ないワードローブに満足し、素敵な持ち物や休みがないことにも満足しています。
誤解しないでください。
もちろん私は素晴らしいコンサートが好きですが、同時に台所で有機食材を並べたパーティーも大好きです。
ごちそうは好きですが、同時に裏庭で焼いたホットドッグも大好きです。
山登りは好きですが、同時に友人たちと近所を散歩するのも大好きです。

先週、この人生の旅路が長く違った道になるかもしれないと聞いたとき、私は夫の方を向いて泣きました。
彼に、一日、一日とこの地上への執着がなくなってきたと話しています。
車で道を走っていても、落ち込んだり、心よりもお金が大事だと思わせることに出会います。
看板広告は何を買い、何を考え、誰に投票するべきかを訴えてきます。
しかし、地上で私を結びつけているつながりは人間関係です。
病気によって、このつながりがさらに実体を持った大切なものになりました。
私の心を支えているのは人々なのです。

試練を通し、私たちが神について信じていることがこの世の考え方とぶつかることが明らかになります。
ある人は私の病気のことを聞き、神が良い方であるということに疑問を感じ始めたと言いますが、それを聞くと少し悲しくなります。
私は苦しみを通して信仰が幼子のようにより素直になったと感じています。
試練を通して、神がより大きくなったり素晴らしく思えたりするとは限りません。
けれども、先が見えない歩みの中で神様への思いがよりシンプルになります。

先週、これからどうなるかわからない中で、私は息子レイクを抱っこしていました。
すると、私は彼の最初の失恋の時にそばにいてやることができないのだ、という思いに打ちのめされました。
その瞬間、恐れが心を支配し、もう少しで倒れてしまいそうでした。
上の娘を見て、この子たちの思春期を誰が支えてやれるのだろうと考えると、窒息してしまいそうでした。

なぜ私が?どうしてこんなことに?
子どもたちが私を必要とするとき、私は共にいてやれないのだろうか?

真理はこうです。
私たちのだれも、自分の生涯の長さがわからないのです。
だから、日々の糧が与えられるよう祈り、与えられて感謝をささげるのです。
今日、私には部屋を走って抱きついてくれる幼い息子がいます。
「5回キスして」というと10回もキスしてくれる幼い娘がいます。
外出して友達に会っても、私と手をつないでいてくれる10代初めの娘がいます。
その日にあったことを事細かに喜んで話してくれる二番目の娘がいます。
私の好みの味のコーヒーを入れてくれる夫がいます。

やりたいことリスト?いいえ、私には必要ありません。
私はとても豊かです。
人とのつながりこそが必要なことなのです。
そして、今日一日のすばらしい贈り物に目を止めるのが、私のリストにある唯一のことです。 
(続く)